第2話:突然の別れ
今回はもう一人の主人公である黒木彗太の物語です。
俺が初めて先生と会ったのは、まだ自分が中学に上がったばかりの頃だ。
「ストライク・ワン!」
左打者の腰元にストレートが決まると同時に、自分の頬から汗が滴り落ちる。
春先の穏やかな日差しが降り注ぐこの季節。学年の入れ替えにより新チームを作るべく、俺達のチームは動いていた。
そんな中、入学早々に期待の新人として一目置いてくれた監督の期待に応えたい俺は、本日の先発ピッチャーとしてマウンドに上がっていた。
「3人でいこー!」
サードから掛け声が聞こえる。スコアボードには0-0と白チョークで刻まれている。
「ストライク・ツー!」
5回を回って未だ0-0なのは、自分と同じく新戦力と期待された新1年生の3人をクリーンナップに添えたものの、2打席ずつまわったが3人合わせてヒット1本全く出ず。おまけにチャンスを潰してばかりだった為なのが大きい。
一方、俺の投手成績は。
「ヒズ・アウト!」
この三球三振により、5回を投げて被安打2、四死球0、三振は7。誰が見ても文句なしの成績だ。
投手成績と打者成績を比べるのは違うかもしれないが、俺とあいつらとのチーム貢献度は、傍から見れば雲泥の差だった。
「次の回はお前からだろ? ほら、お前のバット」
「あぁ、有り難う」
俺は肩を軽く回しながら、チームメイトから差し出されたバットを逆の手で受け取る。
第1打席でヒットを打っているのもあり、次の打席でももう1本打ってあの3人とは更に差をつけたい所。
打撃の方でも、もっとアピールしなくちゃな。
そんな事を考えながら、打席へと向かう矢先の出来事だった。
「黒木ー! ちょっとこっちに来い!」
メガホンを口にあてながら監督が俺にそう叫ぶのだ。
「なんすか監督。別に俺の体どこもおかしくないですよ」
(折角バッターボックスに向かおうとしたのに交代?)
つい今しがた行ってこいってジェスチャーしてくれた筈なのに。
体は寧ろ絶好調だ。その気になれば完投ぐらい普通に行ける。
そんな不満げな態度を出来るだけ出さない様に、ゆっくりとベンチへと戻るそんな俺を。
「呼び戻して済まんな。実はな…。今、お前の母親から電話があってな」
「…え?」
「いいか落ち着いて良く聞け」
*********
「ハァハァ…」
”お前の父親が仕事場で倒れたらしい。一人で作業中に倒れたらしく、発見が遅れて危険な状態だそうだ。それで今、手術中らしい。近くの総合病院に運ばれたらしいからすぐ行くんだ”
球場からそう遠くない、近くの総合病院へと走りながら、監督の先程の言葉を思い出す。
(そういえばさっき、試合中に遠くから救急車の音が聞こえたな。もしかしてあれに父さんが…?)
そして漸く見えてきた病院の入り口。その中へと俺は駆けていく。
「開くのおせえなぁ…」
ほんの1秒足らず待っていれば開く自動ドアの開閉時間も、正直待ち遠しい。
大丈夫大丈夫。ちょっと倒れたってぐらいだ。
自分に言い聞かせる。
最近働き過ぎだから、きっと軽く眩暈がした程度とかで。
明日になったらきっと、ひょっこりベッドから起き出して元気にしてるさ。
今朝だって、あんなに元気で仕事に出掛けた筈の父さんが…。
「彗太…」
そんなわけ…。
「…え? ちょ、ちょっと! 母さん、何で泣いてるんだよ」
しかし、そんな俺の思いをぶち壊す様に。
「………」
椅子に座ったまま涙を流していた母さんの姿を見た俺は、否が応でも父さんが亡くなったという現実について、受け入れざるを得なかったのだった。
*********
それから暫く時間が経った頃。ふと、あの2人の事が気になったので、母さんに聞いてみる事にした。
「ねえ母さん。円と啓司は?」
俺の弟妹はまだ5歳と3歳だ。ここに居ないという事は、何処かに預けているという事だろうけど。
「ええと。ちょっとだけ無理、言ってもらって…。普段預けている保育園に…。あ、お父さんに電話しなきゃ…。お義母さん方には何て言…。あ、その前に二人を迎えに行かな」
「あー、もうわかったから! 母さんは自分の親に先ず電話して、今後どうすればいいか指示して貰いなよ。円と啓司は俺が迎えに行くから」
頭の中が依然と混乱したままの母さんに、自分が出来る事を踏まえた上で提案をする事にした。
「うん、ごめんね彗太。お願いするわ…」
「あ、あぁ。わかったよ」
先程から涙の止まらない母さんを見ているお陰か、逆に自分は冷静になれたのだと思う。
*********
病院の出口へ早歩きで向かいながら、俺はある場所へと電話を掛ける。
「もしもし、黒木です。…監督。先程は申し訳ありませんでした」
先程野球をすっぽかして病院に来てしまった事を先ず謝る。
相手が目の前に居る訳でもないのだが、何となく頭を下げてしまうのは何でだろうな。
”おぉ、黒木か! 連絡が無いから心配したぞ。そんな事は気にするな。それで親父さん、大丈夫だったか?”
「いえ…。病院に着いたときには父はもう…駄目でした」
俺の一言の後。電話越しの監督から息の漏れる音が聞こえる。
次に何を言おうか悩んでいるんだろうというのが、手に取るようにわかる。
”それは残念だ…。ところで黒木。お前は…大丈夫か?”
「正直よくわかんないです…。母さんが自分の分まで泣いてくれたから。取り敢えず今は泣かないでいられるってぐらいなんで」
”そうか。俺の親父も自分が高校生の時に亡くなってなぁ…”
今思えば、俺は話し相手が欲しかっただけなのだろう。
そうでもしないと、ただその場で座り込んで、何も出来ず泣いてしまいそうだったから。