第12話:いつもの仕事、いつもの帰宅、いつもの・・・?
☆前回のあらすじ
昨年の秋大会の準決勝を思い浮かべていた結花。女性監督として日々悩むことの多い日々ではあったが、漸く掴んだ甲子園のキップへの前哨戦。
先制点を奪い試合では善戦したものの、采配ミスが響きチームは最終的に準決勝で敗退となる。
試合後、学校へ引き上げた彼女に待っていたのは、転勤のきっかけとなった転勤先の学校長だった。
メインストーリー、小星結花視点の続きになります。
選手達の帰りを見送りながら、ふと物思いに耽っていた彼女は声を掛けられ現実に戻る。
「…い。……先生!」
「…あ。ごめんなさいね」
野里さんに呼び止められた私は、ふと現実にかえり辺りを見回す。
「先生。雑談が終わったらぼーっとし出したから、どうしちゃったのかと思いましたよ。機材はうちらが片付けたので、先に帰宅しますね」
すると、残っていたマネージャーの3人が、私へ向けて並ぶと一斉にお辞儀をする。
「はーい、おつかれさま。…またどこかでね」
「はい、またどこかで!」
私の労いに答えてくれたのは、今年卒業したマネージャーだった白石さんだ。彼女は私がこの部活に就任した当初から本当にお世話になった生徒でもある。
本来であれば、昨年の秋には部活動を引退するのだが、自宅が近所である事と両親が自営業でそこに就職する事が幸い。そのお陰で、余裕がある限りぎりぎりまで部活に居て貰って、部活動のサポートとマネージャーの指導をしてくれたのだ。
私がこの部活に就任した当初、周りがなかなか認めてくれなかった時に、最初から私の味方になって色々と助けてくれた子でもある。感謝という言葉しか出てこない。
*********
「さてと、私も帰…仕事しなきゃ」
部活動を終えた子供達全員を見送り、後片付けのチェックをひと通り終えた私は、仕事へと戻る。
同じ学生なら皆と同じ様に帰宅出来るけど、次の授業の用意や溜まっている仕事がまだ終わっていないのだ。
ユニフォームの独特な臭いも相俟って、汗の匂いは特にしないのだが、練習終了間近にははりきってノックをしたこともあり、少々肌がべたついていた。
「シャワーぐらいは浴びようかな…」
こう思うのも当然の事だった。
*********
「小星先生。ちょっと宜しいですか?」
「はい、なんでしょうか」
シャワーを浴びて職員室に戻り、自分の机で仕事をしていたところ。私は教頭先生に声を掛けられる。
「急で悪いのだけど。明日明後日の一般入試のお手伝いをお願いできないかしら」
「あら、欠員でも出たのですか」
3月初めに卒業式を終えたうちの高校は、そのまますぐ次年度の入学者を選抜する一般入試がある。
恒例行事の為、うちの高校に所属している教員が数年に一度担当になるのだが、昨年担当した事と異動の件がある私は、その業務を今年する予定はなかった。
「当番の1人だった荒井先生が急用で出勤出来なくなったので、試験監督を1人補充する感じですね」
「明日明後日ですか…。…分かりました」
異動の用意は粗方片付いているから、入試関連が終わった後からでも十分間に合う。
なので、頭の中で予定を確認した後、私は返事をするのだった。
「異動の用意で大変でしょうけど。並行してお願いしますね」
私が一呼吸置いてから返事をした為か、教頭は私にそう一言付け加えては、自分の机へと帰っていくのだった。
…業者の人に連絡入れておかなきゃ。
明日は教材を担当している業者の方に、夕方来て貰う事になっていたのだが、その時間がそもそも曖昧だったのだ。
「もしもし。私、堀別北高の小星というものですが…。…はい。担当は既にご帰宅…。そうですか。では、担当の者に明日…そうですね、午後4時頃此方へお越し頂くよう言伝をお願い致します。はい、都合が悪ければ私の携帯に。はい、では失礼します」
本来であれば、一日職員室で仕事をしている予定だった為、時間は気にしていなかったのだが。入試関連の仕事が入った為、対応できない時間が出てくる。それを防ぐために此方から時間指定をしたのだった。
時刻は19時過ぎ。担当の人は既に帰宅していた。
良いなぁ。私も帰りたい。
こんな事を思った所で、教頭がなかなか帰らないから、それが中々し辛いのが悲しい所ではある。
「仕事しなきゃ」
そう一言小声で述べて、私はいつも通り仕事へと精を出すのだった。
*********
「20時半…」
仕事をしながらふと壁に掛けてある時計を見ると、もうすぐその時刻になろうという所を示していた。
友人と21時過ぎに校門前で待ち合わせをしていた為、そろそろ出なければならない時間。
だが、自分の机の上をみると…。とても整理整頓というにはほど遠く、仕事の資料がいつもの様に散らばっていた。
「家でやろっと…」
なので、持ち帰って家で仕事をしなければならないのは既に必然だったのである。
教師を始めてからと言うものの、この呟きが平日当たり前の様に多くなったのは、教師の仕事が如何に大変かを物語っていると思う。
「お先に失礼します」
「はい。おつかれさま」
机に乱雑に置かれていた書類の類を、急いでバッグに詰め込んだ私は、まだ居残り仕事をしている同僚の先生に会釈した後、そそくさと職員室を出る。
忘れもの…ないね。
歩きながらバッグの中をみて忘れ物が無いか確認をする。この仕事をしてからというものの、過密なスケジュールが予め決められている為、その場で止まって確認をする時間がとても勿体なく感じる様になったのだ。だらだらしていると、その分自分のプライベートの時間が削られていくし。
「わっ」
そんな事を思っていると。ふと、廊下の曲がり角で書類を持った教頭と危うくぶつかりそうになるが。
「っと、すみません!」
教頭はその場で止まり、私は体を捻ってぶつかるのを素早く回避する。
先程のお陰かは分からないが、廊下の曲がり角の人との接触に対して、異常に反応速度が早くなったり、可笑しなスキルがいつの間にか身についていたという、何とも言えない話だ。
*********
「月が綺麗」
職員玄関から靴を履いて外に出た私は、ふと空を見上げる。何ともまぁ綺麗な満月だ。
月が綺麗ですね。なんてちょっと言われてみたかったりするけれど。こういう時ぐらいは思っても良いよね。
そうして少しの間、月を眺めていた私は、見上げた顔を元通り下の方へとゆっくりと戻す。すると目の前に居たのは。
「先生、今お帰りですか?」
私の教え子である黒木君だった。
「そだね~。って! 黒木君こんな時間までずっと学校に居たの? 仕事は?」
「仕事は今日は休みですね」
「そうなんだ?」
私は普段の彼の仕事を、詳しくは知らない。最近はめっきり、プライベートで関わる事が少なくなった為か、彼の母親から彼の仕事の話を、それとなく又聞きするぐらいでしか聞いてはいない。
でも、なんかちょっとした役を漸く貰えた様で、今ははりきって演じているらしい。
「じゃあ…車で家まで送って上げようか? 夏妃と待ち合わせしているから夏妃も居」
「結さん!」
「は、はい!」
彼の突然の割り込みに、私の身体は金縛りにあった様にびくっと動きが止まり、動けなくなる。
何時もなら私の方が年齢的にも立場的にも上なのだが、今の彼の目にはそんな事はお構いなしという、普段とはどこか違ったものを感じるのだ。
「「……」」
そう、例えていうなら蛇に睨まれた蛙…。いや、違うね。私は別に彼を苦手としている訳でも、恐れている訳でもない。
「俺と…俺と付き合ってください!」
そして、どっちかと言うと私が彼に対して茶化す事の方が多
「…ぇ?」
俺と付き合う…? は? 付き合う…!?
「ちょ、ちょっと待って!」
彼にとって私は、ただの知り合いのお姉さんという立場だとずっと思っていた。
そんな時、彼から当然告白された私は、彼への返答をどうしようかと、頭の中で必死に考えるのだった。




