第11話:番外編1・昨年秋大会振り返り
☆前回のあらすじ
高校の硬式野球部の監督である小星結花は、3年間教えていた野球部に最後の指導をしていた。
部内で注目する選手に普段しない指導をするなど、本人自身何か思う所があるようである。
そんな最後の指導を終えた結花は、自身のこれまでを振り返りながら、転勤の原因になったある出来事をぼんやりと思い浮かべていた。
メインストーリー、小星結花視点の続きになります。
彼女が転勤を決めたその日の出来事とは。
昨年の秋大会の準決勝。これに勝てば漸く春の選抜への挑戦権を得るという大事な試合。
「甲子園までもうすぐだよ!」
「気合入れてくぞーーーーーー」
「「「「「オーーーファイ!!!」」」」」
私の一言→主将→全員へとリレー方式のこの掛け声。
私個人としては、女性監督としてそもそも注目を浴びているのが正直思う所があるので、これ以上目立ちたくはないのだけど。
円陣の時の掛け声に関しては、主将から頼まれてチーム全体の士気が高まれば良いかという思いで私はやっている。
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「観客がこれでもかって位ウチの応援席にいる…。数試合前まで疎らだったのに」
殆ど期待されていなかったウチの硬式野球部も、夏の大会の時にベスト8を取った辺りから漸く注目され始めて来た。
まぁ、たとえ今まで注目されていなくてもベスト4になった今じゃ流石に注目されるのは必然か。
夏の北海道予選時の参加校は、毎回100校程度だが。ウチと同じ札幌支部には甲子園候補が何校かいて、その何校かで毎年北北海道代表を争うのが、ここ最近の通例だった。
しかしそこに、風穴を開けたのがウチのチームだ。
常連校から勝ちをどんどん捥ぎ取って進んだベスト4をかけた試合…。最後の最後で投手のやりくりに失敗し、前の試合で投手を使い切ってしまったウチらは負けてしまった。
試合後に引退する3年生達へ向けて挨拶をしていた時、引退する投手に言わせてしまった事をふと思い出す。
彼らの方が悔しい筈なのに、堪えきれなかった涙を彼らより先に流してしまった私は、そのまま涙が止まらなかった。
そしてそんな私を慰めてくれたのは、これから引退する3年生だった。
「僕らが不甲斐なかったんです。監督は悪くありません」
前主将のその一言から始まり、私に声を掛けてくれる教え子たち。
「そうだよ。俺なんか中学の頃そもそもコントロール悪すぎてずっと控え投手で真面に使って貰えなかったんだぜ? それを3年の最後は大事な場面で投げさせて貰えて…おまけに自分の責任回は無失点だったんだ。監と…先生には感謝してる」
硬式野球の元投手の私が教えてあげられる事と言えば、正しい投球の仕方とかそんなのだけだったけど。
それでも一人の野球人生に大きく関われたのは良い思い出だと思っている。
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私達の先攻から始まったこの試合。初回に相手投手の立ち上がりを攻め2点を先制。
今日の為に事前に登板させると明言しただけあって、エースの猿渡君がこれ以上無い出来で、ヒット3本を許すものの4奪三振で3回を無失点だった。
”前評判では堀別北高校猿渡投手の出来と、旭川中央高校の打線。これらの結果次第と目されておりましたが、今の所は猿渡君の方に軍配が上がっている様です”
”ええ、猿渡君の調子が今日は良いようで。1回戦、3回戦の時よりも直球の伸びがいいですねえ。そのお陰で旭川中央の打撃が今一歩繋がりません”
地元のテレビ解説を試合後に軽く見たのだが、その様に言う程3回までは非常に良かった。
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秋の地区予選参加校は、毎年部員不足で悩まされる学校が多々あり毎年参加も減る一方ではあるが、北海道は依然として200校余りの参加校を誇る。
その為、2回戦から出場したうちのチームは、これまで4回勝ち進んできた。
既にこの地区で4強までに入っているうちのチームは、対外的にみれば21世紀枠というワイルドカード的なものを使って甲子園へと出場できる可能性はあるのだが。
「うちの学校とか特色さえ碌に何もないから、そんな事を考えるのは望み薄だよね…」
なんてぼやいてしまう程、うちの学校には目立ったものが何もない。要はちゃんと決勝で勝って出場権を得ないと甲子園へ進む事など先ず出来ないのだ。
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「監督。ちょっといいですか?」
「どうしたの?」
捕手の荒井君が私に声を掛けてくる。まぁ、いつものことだ。
「猿渡の調子が今の所は問題ないとは思うんですが、いつもよりやたらと汗をかいているのと。監督が前に言ってた、投手は疲れてくると体の流れ方が可笑しくなるでしたっけ。あれ正に今なってる最中なんで、もしかしたらそんなに長くもたないかもしれないです」
「わかった。杉谷君と古川君に早めに用意させるから。交代の判断は2人で決めましょうか」
今は10月半ばだけど、時期の割に気温が高い。普段からストーブを焚いて室内練習をさせたりしているから、そうそうバテたりはしないと思うけど。それでも彼は、スタミナに関して常に不安を抱えている。
「俺は速球が持ち味なんで、それで何とかします」
なんて彼は口癖の様に言うけれど。球速140を僅かに超える程度なのと、1年生なだけあってまだメンタルが心許なくて正直ちょっと不安。
今日の相手は北北海道の甲子園常連校だし尚更だ。
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打線は水物とはよく言うけれど、投手はそれ以上に水物なんだよね…。
最初の打者である4番を三振にしたのまでは良かったのだけど、次の打者に待球作戦を取られて此方の三振狙いを読まれ結果四球…最悪のケースからはじまり。そこから単打を打たれ、送りバントで2アウト2塁3塁。慎重になり過ぎたうちのバッテリーは勝負球を見逃され再度四球。
4回裏2-0。2アウトランナー満塁。
流れが非常に悪い。この回の勝負球を二回も四球にしてしまったのは、かなりの痛手だ。
ていうか、この回何球投げたっけ…?
「茉由ちゃん。ちょっとスコアブック見せて」
「はいどうぞ」
えっと。4、8、3、2、6。この回だけで既に23球。完全にアウトだ。
「伝令送るわ、用意して」
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「結ちゃんから伝令~」
「お前、監督の前でそんな呼び方したら後がやばいぞ…」
「まあまあ、今は監督には聞こえないし」
「そりゃそうだ」
「んじゃ伝令内容! 最悪同点は覚悟して頂戴。まだ4回だから3点目だけは必ず阻止して近くの塁でアウトを取ってね。セーフティバントはこの際捨ててください。分かっているとは思うけど、2アウトだからホームに走られても焦んないでよ? 兎に角近くにいるランナーでアウトに出来るならそれ最優先で。基本を忘れずにね」
「お前結ちゃんの声色真似するのやめれ」
「辞めるとか無理だよ。だって俺の特技モノマネだもん」
「意味不」
「よしよし、んじゃーアウト1つ取ってこの回終わらせるべ」
「「「しゃあ!」」」
普段の試合でも、伝令の時は毎回いつもこんな感じで和気あいあいとしていたなんて私が知ったのは。
彼らが卒業後してから数年後。私を招いて集まった飲み会を開いた酒の席で知ったことだったりする。
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伝令で優先させたのは、早めにアウトを取らせる事だ。
もうすぐ球数が70球になろうとしている彼は、今回は普段よりも緻密な投球を要求されて相当疲れていると思う。
決勝が明日に控えている中、今日そこまで無理はさせられない。
それとも彼には今日多めに投げて貰って、明日に最終回付近で再度登板させる…?
いやいや、そんな悠長な事言ってる場合じゃない。今日勝たなきゃ明日の決勝はそもそもないのだ。
この時、監督としての私の悩みは尽きることがなかった。
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「プレイ!」
再開。相手は右打ちのラストバッター。調子の良いうちのエースなら、ちゃんと投げ切れば抑えられるとは思うのだけど…。
「ボール!」
初球インハイの直球。コースは外れたけどまだ球に勢いはある。
「ストライク!」
2球目。軽く仰け反らせてからの外角低めへカーブでストライク。コースが微妙に甘かっただけに手を出してくれなかったのが幸い。正直危なかった。
次は3球目。
真ん中に入ったスライダー。キレは良かったのだが如何せんコースが甘い。
鈍い金属音が観客の歓声に負けじと球場に鳴り響く。
この音はそう、比較的打球が詰まった時の当たりだ。
「キレてキレて!」
音が鳴った瞬間、ベンチから飛び出した私は、目一杯叫んでいた。
打った打者はスリーフットレーンを大きく外に膨れながら加速を始める。
球場がライト方向へ風速7mを記録しているが、ライト方向に大きく上がった打球は…。
キレなかった。ライトはライン際の内側でワンバン。すぐライトが補給をするがランナーは既に走り出している。そして。
「アウトォ!」
打ったバッターが2塁へと進むも、ホームへの返球を途中の2塁付近でカットしてタッチアウト。
辛うじて好守備をみせたウチは、漸く3アウトチェンジ。
同点にされたものの、この回は何とか終わるのだった。
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うーん。失敗したかな…。やっぱり投手変えたほうが良かった?
伝令でバッテリーに関しては、私はわざと何も言わなかったのだけど。
私が気にし出すとうちは不安がる子が多いから、アウトにする指示だけ伝えて何とかなるかなと思ったのだけど。
結果的に打たれたのは伝令のミス…なのかな。よく考えれば打たれる前提の話を伝令で伝えるって事は、バッテリーを信用していないにも等しい?
その時私は、試合はまだ終わっていないにも拘わらず、試合中の反省を何度もしていた。
「落ち着いて落ち着いて! まだ同点だよ!」
私は選手たちに檄を飛ばすも、一番落ち着いていなかったのは私自身だ。
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その後も健闘はしたが、結果的にウチは4-5でチームは負けた。
全体的に向こうの方に打席が多く回っていた時点で、既に実力の差が出ているのはわかる。わかるけど。
1点。1点差で負けるのはやっぱりどんな時でも悔しいな…。
「それじゃあ忘れ物はないかい? ロッカーに撤収するよ」
なんてそんな事を思っていようとも、彼らの監督である私はそんな事おくびにも出さずに堪えるので必死だった。
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その後、ロッカーで軽くミーティングをした私達は。球場を後にしたあと学校に戻り、着いた直後に校門で私が一言を述べた後本日の野球部の活動は解散となった。
「疲れた…。溜まってる仕事は明日に持ち越して私も帰ろうかな…」
そんな私も選手程ではないが、普段以上に頭を使ってあれこれ悩んでいたせいだろう。頭がどうにも重く感じる。
校門で選手たちが全員居なくなるのを見送って間もなく、自身も自家用車を使って帰宅の途に就こうとしたまさにその時だった。
「ちょっといいかね。掘北の監督さん」
初老の風貌をした男性が、私の元に歩み寄りながら声を掛けて来たのだ。
「なんでしょうか」
その男性こそ、私が転勤をする要因となった転勤先の学校長だった。




