5 旅立ち
白銀の巨龍の背中に乗って大空を飛翔する。浮かぶ無数の浮遊島群の隙間を潜り抜け、架かる虹を越え、日の昇る地平線の先へと俺達は向かう。
陽光に照らされた白銀の鱗は眩しいほど煌めき、俺は太陽の光に不快感を覚えている。
「顔が青いようですが大丈夫ですか?」
「いや、思ったよりも日光がキツくてな。ちょっと目眩がするだけなんだが‥‥‥」
<種族弱点耐性>があると言ってもどうやら日光を浴び続けるのと不快感を感じるらしい。耐性を得ているため体が灰になって消えるようなことはないが、二日酔いにも似た不快感は拭いきれない。
千年も日の光を浴びずに生活してきたからであって慣れると楽になるのかもしれないため、少しずつ体を慣らしていく必要があるだろう。
「で、王になるとは言ったもののどうすればいいんだろうな」
「そうですね‥‥‥」
ムムムと唸るティナの敬語は未だに違和感を感じるが、主従関係があるから仕方がない。
「お前、龍王だろ? 何か策があるんじゃないか?」
「龍王とは王であって王ではありません。ですから━━━」
「あぁ‥‥‥やっぱり二人の間では敬語は止めてくれ。正直気持ちが悪い。こう、何て言うか、背筋がゾクゾクするというか」
前言撤回だ。やはりこいつに敬語は似合わない。
「失礼なやつじゃ。これで良いかの?」
「ああ。それでこそティナだ」
「まったく‥‥‥。まあ、妾もむず痒かったからお互い様じゃの」
笑い会う俺達は浮遊島群を抜け、大海原の上を飛ぶ。
「で、だ。俺としては先ずは貴族になって領地を得るところからスタートしたいんだが、どう思う?」
「まあ、それが妥当なところじゃろうな。いきなり玉座を得るのは妾にもできん。そればかりは地道な努力が必要じゃろう」
「で、どうやって貴族になる?」
「いつの時代も、平民が貴族になるのは赫赫たる功によってじゃが、他の道も多いぞ。例えば━━━━」
「ん? どうした?」
俺は、突然口を閉じて固まったティナはどうしたものかとモジモジ悩みながら、恐る恐ると言った口調で俺に問いかけてきた。
「何と呼べば良いのだろうか」
「は?」
「いや、貴様を何と呼べば良いのかと思ったのじゃ。今までは貴様としか呼んだことがなかったからの、その‥‥‥」
「アリスと呼べば良い」
「本当か?」
パッと嬉しそうな顔をした━━━龍の顔からは表情を読み取れないため声音から読み取った━━━━ティナ。
何というか萌え死にそうな気持ちを覚えた俺は、そんな甘い気持ちをティナに悟られてはならぬと話を変えるべく、彼女に話の続きを急かした。
「例えばじゃ。アリスは【吸血族】の中でも最高位たる【真祖】じゃ。他種族ならいざ知らず、【吸血族】にとっては絶対的な権力となる。【従属】は【純血】には逆らえず、【純血】は【貴種】には逆らえず、そして【貴種】は【真祖】に逆らえぬ。それを利用し、【吸血族】の貴族を従えてその貴族位を簒奪するという方法じゃ。武力による強奪を忌避するなら、娘と結ばれて平和的に得ることもできよう。その、妾はあまり好まぬがゴニョゴニョ‥‥‥」
「ん? なんだって?」
「何でもない。他には、訳ありの貴族より貴族位を奪い地道に爵位を上げていき、いつの日か玉座に座るという方法もある。貴族とは上位になればなるほど婚姻を結び権力を磐石なものにする習性がある故、面倒事を忌避するのであれば貴族位を奪うのは地方の木っ端貴族が妥当じゃ。勿論、玉座に座るまでに時間はかかるが、その間に名声を得つつ力を蓄え、様々な工作を張り巡らすことも可能じゃて、玉座に座った後の手間が幾らか省けよう」
俺は腕を組み目を閉じて思案する。武力で起こった国は武力によって滅ぼされるのが世の理であるならば、突然国を簒奪するのは避けるべきだ。どうせ王となるならば永遠に繁栄して欲しい。
それならば、取るべき道は先ほどティナが挙げた二つの策が良いのだろう。
「貴族のあてはあるのか?」
「ない。街に降りて情報を集める必要があろう」
「そうか。それなら最後の策を採用する。多少手荒にしても構わないから都合の良い貴族を探し出せ。俺はその間に資金調達をしておく。まずはできるだけ大きな街に降りよう。首都か商業の中心地だ。国中の情報が集まってくる場所が狙い目だ」
「そう言うと思うて王都を目指しておる」
商人とは様々な情報を持っているものだ。つまり、商人が集まるところには情報が集まるということ。
「国外は視野に入れるのか?」
「場合によっては検討するが最初の範囲はこの国の中だけだ」
「了解した」
ティナのいるダンジョンに転移したことでティナという最強の駒を得るという形の成果を得ることができた。そんなヴェルディがこの国を転移先に選んだということは、差別意識以外にも何かしらの理由がある可能性は高い。
盲信するわけではないが、多少の信頼は置けることがわかっているのだし、出来る限りは利用させてもらおう。
「人の国に住む【龍種】ってのは多いものなのか?」
「おるかもしれんが極めて少ないじゃろうな。妾が降りて、騒ぎになるほどではなかろうが、珍しがられることは間違いなかろう。そもそもの個体数が少ない種であるうえに他者に合わせることを好まぬこともその要因じゃろうな。さて、そろそろじゃぞ。この雲の下がフェルメノス王国の首都、カリスティオじゃ」
「ずっとダンジョンに引きこもってたくせに良く知ってるな」
「いや、知らんかったが、ダンジョンから出たと同時に分身を幾らか送り込んだのじゃ。情報収集も兼ねてな」
ティナが急降下し、雲のトンネルを抜けた。降り立ったのは木々の生い茂る森の中だ。
「街の前に降りて無用な騒ぎを起こす必要はない。下手なことをすれば貴族位を得た後に不快な勘繰りを働く奴も出よう」
「夜に忍び込むことにするか。俺は蝙蝠や霧に変身できるし、ティナも確か姿を消せる魔法があったよな」
「ああ。『不可視化迷彩』のことじゃな。あるぞ」
「じゃあそれで決まりだ。俺は、どうせやるなら徹底的にしないと嫌な性分なのさ」
◇◆◇◆◇◆
夜になり、森の外に広がる平野を抜けて王都を目指す。外套を身に纏いフードを目深に被ったティナの頭上を蝙蝠に変身して飛んでいる。
王都の城壁を越え、街の一角に降り立った俺達は、姿を現すために路地裏のさらに奥へと入り込む。
「取り敢えず宿を取って拠点の確保をするか」
「そうじゃの。久しぶりに飛んで疲れたわ」
ティナと同じ外套を身に纏った俺は、彼女を従えて人気の無い街を歩いていく。石や煉瓦で作られた街並みは中世ヨーロッパのそれ。
水路が通り街路樹が並んでいる大通りは、夜であっても賑わっているが、昼に来ればさらに沢山の人で溢れかえるのだろう。
ふと頭を上げれば、街の中心に鎮座する白き巨城の姿がある。いつか手にいれる城の姿を目に焼き付け、俺はいかにも普通そうな見た目の宿に足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
夜は食堂としての賑わいを見せているその宿に入ると、元気そうな恰幅の良い女性がやって来た。
「旅人さんかい?」
「ああ。空いている部屋を一つお願いしたい。期間は取り敢えず十日で」
「あいよ。できればフードを外してくれるかい? 万が一の時のために顔を見ておきたいんでね」
一瞬悩んだが、ここで断れば逆に怪しまれる可能性があるため、ここは素直に見せておくべきだと判断した。俺達は謂わば不法侵入者であるため、憲兵に顔でも覚えられれば今後の方針に関わる。
それならば下町の普通の宿屋の女将に顔を覚えられる方が幾らかマシであるだろう。
俺は素直にフードを外し、女将に素顔を晒す。整った顔と美しい金髪、そして血赤の瞳が初めて衆目の前に晒された。俺がフードを外したのを確認したティナも大人しく従ったようだ。
「これはまた、【吸血族】だったのかい。そっちの娘は【魔角族】かい? 珍しいカップルだねぇ」
女将は驚きつつも俺達の顔を数回往復し、覚えたよと得意気に頷きながら俺達を二階の一室に案内してくれた。
部屋は決して広いとは言えないが、最低限のものは揃っており、綺麗に掃除もされていた。埃だらけでダニの湧くベッドを覚悟していた俺は、ホッと肩の力を抜いた。
外套を脱ぎ捨て、気配を探って女将がいなくなったことを確認してからベッドに座り込む。柔らかいとは言えないが綺麗なだけマシというべきだろうな。
貴族になった後は体が沈むベッドで寝たいものだ。いや、種族的には棺で寝るべきなのだろうか‥‥‥。
「そういえば、【魔角族】ってのはお前のことだよな」
「そうじゃ。妾の角と【魔角族】の角と似ておる。翼と尾を隠しておけば区別をするのは難しい。勿論、詳しい者が見れば違うとすぐに分かるのじゃろうし、瞳は決定的に違うのじゃが、たかが宿屋の女将ごときではその違いもわかるまい。まあ、あやつが勝手に勘違いしたまでじゃ。敢えて訂正する必要もないじゃろう?」
ティナは不敵に笑い、俺が脱ぎ捨てた外套まで綺麗に畳むと、ソファに寝そべってすぐに寝息を立て始めた。
俺もまたベッドに寝転がり目を閉じるが、やはり【吸血族】であるからか眠気が襲ってくることはない。
どうせ寝ないのであれば酒場で情報を得る方が良いだろうと、俺は眠りについたティナを起こさぬよう、ソッと静かに空気に溶けた。