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4 真祖と龍王

 


「それ、これならどうだ?」

「くっ、待てよ。これでどうじゃ」

「引っ掛かったな。これで詰みだ」

「また負けたわ。完敗じゃ」


 眼前の()()が俺の前に置かれた石造りの盤に顔を伏せ、それによって吹き飛んだ駒が地面に落ちて小気味良い音を奏でる。

 少女━━━龍王は腰にまで流れる美しい銀髪の毛先を指先で弄りながら、頬を膨らませて咎めるように俺を睨み付けてくる。


「穴熊は卑怯じゃろう」

「卑怯じゃねえよ。防御は最大の防御だ。現にお前は負けてる」

「ムキィィ。何じゃと!? もう一局やるぞ。今度こそ貴様に勝ってくれるわ」

「またかよ‥‥‥」


 俺のため息を意に関せず、龍王は盤上に駒を並べていく。俺と龍王がやっているのは将棋。今までの戦績は約三万戦無敗。

 そろそろ飽きてきたのだが、龍王は俺に勝ち越すまで将棋をやめる気はないらしく、手加減しようものならひどい剣幕で喚かれるため心底困っていた。


 俺が龍王と会った日から千年以上の時が過ぎ、俺と龍王は殺し合いを止めた。

 理由は数百年前から勝負がつかなくなったからだった。最初は龍王が圧倒的なまでに俺を圧倒していたが、百年、二百年と経つと俺も流石に成長するもので、反射神経や戦闘中の身のこなし、魔力操作に磨きがかかっていき、遂に俺は龍王と互角に戦えるようになった。

 最初は龍王と本気で戦えることに喜び、嬉々として殺しあっていたのだが、そこら辺で俺の成長も頭打ちになり始め、互角なものだから勝負がつかなくなった。


 そんな泥仕合を何十年か続けて、そろそろ止めようということでお互いの意見が一致。その日から俺達の戦いは別の姿へと形を変えた。

 俺の教えた囲碁やオセロ、龍王から教えてもらった異世界のゲームを使い、日々勝負し続ける日々が、将棋を教えるまでは続いていた。

 だがしかし、『龍王』という単語だけ聞けばとんでもなく強そうなものだが、目の前の龍王には将棋のセンスが圧倒的なまでに欠如していて、いくらやっても俺に勝てなくなった。それ以来、もう何十年も毎日将棋をやっているのだ。


「ほれ、貴様も駒を並べぬか」

「悪い。ちょっと腹が減ったから抜けるわ」

「むむ。仕方がないの。早う帰ってこいよ。まったく、魔力を食えぬとは情けないの」

「それができるのはお前ら【龍種(ドラゴニス)】だけだ」


 龍王は自然に体内に魔力を取り込んで生き長らえることができるため、魔力の溢れるダンジョンにいる限りは腹が減ることはない。しかし、俺は【吸血族(ヴァンパイア)】であるため定期的に血を吸いに龍王のいる玉座の間から出なければならない。


 席を立ってヒラヒラと手を降りながら玉座の間から出た俺は、一度背後を振り返り龍王がついてきていないことを確認すると、すぐに階段を上る足を加速させた。


 俺は今日この日より、このダンジョンから逃亡する。この世界に来て千年。俺は一度もダンジョンの外に出ていない。

 龍王の話を聞いていると、このダンジョンの外には世にも美しい世界が広がっているという。


 折角この世界に来たのだから、ダンジョンでシコシコ龍王と駒を打ち合うのではなく、世界を見て回りたい。数十年ほど前からその思いは強くなっていった。

 そして今日、俺は遂に脱出をする。俺が飯を食うのは獣型の魔物が出る中層であるため往復にそれなりの時間がかかる。その往復の時間までにダンジョンを脱出すれば、龍王には気付かれずに出ていけるという寸法だ。


 千年来の知り合いに黙って背を向けるという事実に後ろ髪を引かれる思いがあることは事実だ。それでもやはり、俺は外に出てみたかった。


 ダンジョンの道は全て暗記している。最短距離で走ればすぐに大門が見えてきた。そこはかつて、俺が龍王に負け続けていた頃、何度も何度も転送させられた苦い思い出の残る門。

 今までは此方に入ってくる側であったが、今は此方から出ていく側だ。


 懐かしい音と共に門が開き、俺は広い空間に出た。そこから小道を進んでいると、次第に上り坂になっていき━━━━遂に俺の前に一筋の光が差し込んできた。


 自然と走る体が加速した。日光に全身が包まれ、数千年ぶりの光に眼球が悲鳴を上げて目を覆う。そして、ゆっくりと目を開け━━━━その光景に言葉を失った。


 岩肌の続く長いトンネルを抜けると、そこは異世界だった。


 そこに広がっていたのは圧倒的なまでに幻想的な光景。


 心地よい風に揺れて音楽を奏でる草原の緑の絨毯が地平線の彼方にまで続いていた。


 絨毯に宝石の如く散らばる万の美しい色の花々の香りが鼻腔を擽った。


 広がる湖面が陽光を反射して煌めき、時折魚が跳ねて水音が聞こえてくる。


 背後には雲を貫く巨木が、世界を守るかのように根を下ろしている。


 澄み渡る(そら)は何処までも続き、


 浮かぶ大小様々な浮遊島から降り注ぐ水が霧となり虹を架けている。


 それは、前世では見ることのできない光景。映画の中でしか広がることのない光景を全身で感じ、その幻想的な光景に心を奪われた。


「美しいじゃろう?」


 眼前の光景に意識を奪われて気づかぬうちに、隣に立っていた龍王が口角を上げながら問いかけてくる。


「ここは聖域。背後に聳え立つ世界樹に守られる世界の起源。全ての生物はこの地より生まれ、この地へと帰ってくる。こここそ、世界の中心にして、万物の(ことわり)そのものじゃ」


 龍王が誇らしげに膨らんだ胸を張り、そしてジッと俺を見つめる。


「俺が出ていくのに気づいてたのか?」

「当たり前じゃ。何年貴様と共にいたと思うておる。数十年ほど前から何やら思い悩んだ顔をしておったからの。そろそろかと思うておったところじゃったわ」

「そうか‥‥‥。お前の言うとおり、俺は出ていく。世界を見てみたくなったんだ」


 俺と龍王の視線が交差する。龍王は真剣な表情で俺の瞳を見据え、その奥に確固たる決意を見てとったのか、目を閉じ静かに頷き━━━そして俺の視界から消えた。否、跪いた。


「おまっ、何を」


 突然の行動に驚き慌てた俺が何をしているのかと問おうと口を開くが、それは龍王の口上によって阻まれることとなる。


「貴方様と出会って一三五二年と九十三日。私もまた、貴方様がお悩みになっておられることに気づいた時より、覚悟を決めておりました」


 両拳を地に付け、両膝は付いて足を折り、地面に額を擦り付けるまで(こうべ)を垂れる龍王。


「貴方様の瞳より、果てなき野望を、貴方様の心より飽くなき探求心を、貴方様の言葉より、民を従えるべき統率力を見ました」


 跪くというよりもひれ伏すという方が近い、龍王の姿。それは、側頭部より隆起する【龍種(ドラゴニス)】の誇りである双角と、背中から広がる一対の翼、そして臀部より伸びる尾を捧げる服従の姿勢。

 命より誇りを選ぶ【龍種(ドラゴニス)】が、仕えるべき主にのみ見せる臣下の礼。


「我は【龍種(ドラゴニス)】。【白銀族シルバリックエンペラー】が一柱、ティゼルレオナ。御身の前に平伏し奉り、御身に永遠の忠誠を誓います」


 頭こそ上げないものの、眼前にひれ伏す好敵手(とも)からは、確かな決意が見て取れた。ここで拒む理由など特に無く、礼には礼を持って接するのが礼儀というものだ。


「我は【魔人種(サターネ)】。【吸血族(ヴァンパイア)】の【真祖(スペリオル)】が一人、アリス・カワサツキ。汝が忠誠を是とし、ここに汝を我が(しもべ)と認む。面を上げて立て、ティゼルレオナよ」


 龍王━━━ティゼルレオナが立ち上がり、俺は彼女の前に歩み寄る。

 顎に手を添えて顔を傾け、髪を掻き分けて肩を出す。ティゼルレオナのきめ細やかな白磁の肌を見つめ、鼻腔を擽る雌の香りに吸血衝動が沸き起こる。

 その本能に身を任せ、白磁の肌に尖った犬歯が食い込む。


 ティゼルレオナの肩が跳ねると同時に、咥内いっぱいに広がる甘美な味わい。

 死んだ魔物ではなく、眼前の雌の生き血は例えようの無いほど芳醇な味がして、今まで口にした何よりも美味であり、俺はその汚れ無き純潔の血を勢いよく啜った。


「あッ、んんッ‥‥あぁッ、ん‥‥くぅ」


吸血族(ヴァンパイア)】の吸血は性的快楽を伴い、俺の顔の横で顔を耳まで真っ赤にしたティゼルレオナの吐息に甘い矯声が混じる。暫くして、内股を擦り合わせるように膝を震わせ、遂には腰が砕けたのか俺に体重を乗せて抱きついたティゼルレオナの肩から口を離した。

 彼女を乗せていた右の太股に湿った痕ができていたが特に気にすることなく、肩に残る吸血痕を一舐めすれば、瞬く間にその痕は消えていく。


 吸血による快楽の余韻に浸るティゼルレオナの情欲に濡れた瞳を覗き込み、白銀から血紅に変わった左角に爪を立てて傷を残す。


「ティゼルレオナ、いや、ティナよ」

「ふぁい♡」


 体を離すとパタンと尻餅を付き、未だに心が戻ってきていないティナに声をかければ、何とも気の抜けた声で返事をしてきたが、それで正気に戻ったのか慌てて片膝を付いて頭を垂れた。


「ティナ、お前には何ができる?」

「御身の御望みとあらば、世界すら滅ぼしてみせましょう」

「そうか‥‥‥」


 俺には野望がある。


 それは前世では絶対にたどり着くことのできない高みにあった。しかし、この世界でならば手に入れられる可能性がある。


「俺は、王になりたい。そして、この世界が欲しい」


 俺は王になりたい。人の世の頂点に立ちたい。


「これより先は覇の道。騙し、裏切り、全身を血で染める修羅の世界よ。それでもお前は俺と来るか?」

「是非もありません。我が忠誠は永遠に御身がために」














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