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3 龍王

 


「━━━妾の<叡知>はそのためにある」


 俺を見下ろす龍王は、さも当然とばかりに、それでいて自慢気にその大きく裂けた口角をつり上げた。


「<叡知>とはただの能力に在らず。我が二万年の生によって育まれた知識を記録し、他者に授ける能力じゃ。そして当然ながら我は魔法の知識を持っておる。なに、久しぶりに笑わせてもらった礼じゃと思えば良い」


 龍王がそう言った直後、俺の頭に膨大な情報が流れ込んできた。その叡知の奔流は俺の脳内で渦を巻き、様々な文字や映像が螺旋を描きながら俺の視界を包み込む。

 そのあまりの濃密さに意識が遠退き、俺の鼻から一筋の鮮血が垂れ、洞窟の地面に赤い花を咲かせる。


「どうじゃ? まさに魔法の全て、世界の理じゃ」


 情報の渦が静まり、立ち眩みに似た点滅する視界に目を瞬かせながら、俺は頭痛の酷い頭を抱えて踞る。まるで頭蓋骨が永遠に振動している気分で吐き気すら覚える。

 しかし、時間をかけて少しずつ落ち着いてくるうちに、魔法の使い方や応用方法が、長年使ってきたかのように鮮明に分かることに気がついた。

 一瞬のうちに記憶を書き込まれるという不思議な体験だ。今ならば俺は魔法を使える気がした。


 掌を天井にかざし、胸の奥に意識を傾け、体内に渦巻く力の流れをかざした右手に集中させる。すると胸の奥がカッと灼熱を帯び、その一点の熱が俺の想像した道を通って掌に伝わってくる。


「『火球(ファイアボール)』」


 ポフッというコミカルな音を立てて、殺傷力の無さそうな小さな火の玉が俺の掌の上に浮かんだ。火を見つめて力をより込めれば青色に変化し、掌を握れば火花が弾けるように霧散した。


「出来たではないか。ま、可愛らしい炎じゃがの」


 満足げに龍王が笑いながら、火をつけたり消したりしている俺を見つめる。


 感覚は分かった。この胸の奥の熱が魔力で、動かすのが魔力操作だ。俺に足りなかったのは、魔力を感じることとその操作。そして魔法の名前だ。

 いくら同じ魔法の映像を頭に思い浮かべても、発動する魔法の名前を口に出さなければ発動しなかったのだ。


 だが、今の俺には<叡知>によって授かった全ての魔法の知識がある。俺は黙って立ち上がると、掌を閉じたり開いたりしながら大量の魔力を右手に込める。

 そして、手刀の形にして大きく腕を振り上げると、眼前の龍王の方向へと振り下ろした。


「『火炎斬(フレアスラッシュ)』」


 不意討ちで発動された俺の魔法は、手刀の軌跡の直線上に灼熱の刃を作り出し、その先にいた龍王の鼻先に直撃した。衝撃に顔を仰け反らせた龍王の悲鳴が洞窟を揺らす中、俺は指先を器用に動かして次々に魔法を発動していく。


大地脈動(グランドクエイク)』により龍王の右後足の地面を凹ませて体勢を崩させ、『岩牙剛剣(ロックスカリバー)』で地面から大きな岩の棘を隆起させて龍王の腹に突き刺した。

 その鋭利な剣先は龍王の腹を貫くまでには至らなかったものの、巨軀を持ち上げ大きく浮かせた。

 その懐に瞬時に潜り込み、そのまま一撃を食らわせようと魔力を練ったところで俺の視界が白銀で覆われる。

 丸太のように太い屈強な腕によって繰り出される爪の斬撃が俺の眼前に迫り、紙一重のところで体を反らせて避けたものの、肩口から鮮血が飛び散り、その衝撃に体が宙を舞い地を滑る。


「貴様、何のつもりだ。常識的に考えて、今の流れから攻撃しようとは思わないじゃろ」


 深淵から唸るような低い声で龍王が問いかけてくる。俺は肩を押さえながら立ち上がると、更なる魔法の準備をしながら不敵に笑った。


「俺のことを馬鹿にしてくれた礼だと思いな」

「ほざけ。少し魔法が使えた程度で意気がったこと、あの世で後悔するが良いわ」


 俺と龍王が交差した。


流岩群(アステルロック)

「甘い」


 俺の放った無数の岩石の流弾を龍王は蝿を追い払うように前足で払い除け、その勢いで俺に爪を振るう。炎を纏った龍王の爪に俺の反応は遅れ、体を大きく焼き切られて地に伏せる。

 文字通り焼かれるような痛みに体が軋みを上げる。傷口が焼かれているため偶然にも止血効果を発揮していたが、それを無くしても満身創痍の瀕死状態の俺を、龍王が哀れむような視線で見下ろした。


「愚かな。実に愚か極まりないのぉ。力も無き脆弱な身でありながら、魔法が使えれば妾に勝てるとでも思ったのか?」


 視界がぼやけ、思考が纏まらず龍王の言葉は上手く耳に入ってこない。


 本当にしくじった。魔法が使えても俺は戦闘の素人なのだ。上手く立ち回ることが出来ないのに何故勝てると思ったのだろうか。

 あの瞬間は勝機が見えたのだが、どうやら俺はここまでらしい。

 最後に血反吐を吐き、意識を闇へと手放した俺に龍王が呟く。


()ね。次はない」





 ◇◆◇◆◇◆



 咳き込みながら体をくの字に折り曲げて目を覚ました。悲鳴を上げる体に鞭を打ち、上体を起こして周囲を確認する。見たところ洞窟の中であることに変わりはないが、先程の空間とは大きく違い、眼前には大きな門がある。

 錆び付いた禍々しい黒門は、さしずめ地獄の扉だ。


 死んだと思っていたのに生かされていることにも驚いたが、とにかくまずは『慈愛の光(マザーソレイユ)』を発動し、全身の傷を回復させようと試みる。暖かい陽光に包まれながら、俺は先ほどの戦闘を振り返っていた。


 龍王は強い。その力も圧倒的だが、物理攻撃の効かないあの頑丈な鱗が最も厄介だった。しかし、思い返してみれば最初の炎は少し効いていた。

 それは熱伝導はあるということであり、【火】と【光】の特に雷系を使って重点的に攻めてみる価値はありそうだ。

 また、龍には逆鱗があるという伝説がこの世界にも適応されるのであれば、あの龍王にも体の何処かに逆鱗(弱点)がある筈だ。


「何となく挑んだ戦いだが、やられっぱなしってのは癪だな。さて、次を挑みにいくとするか」


 この世界では自由を認められているのだ。


 俺が立てた、まず最初の目標━━━『りゅうおうをたおそう!!』


 腕を回して傷が治ったことを確認した俺は、立ち上がって禍々しい扉の前に立つ。軋みを上げて開いた扉の中に体を滑り込ませ、長く続く洞窟の回廊を走っていく。

 



 ◇◆◇◆◇◆




 扉の先に入っても光景は変わらない。岩肌が続く常闇の世界が永遠に続いた。目が見えているのは確かだが、不気味なものには間違いない。

 道中、蟲型の魔物が絶え間なく襲ってきた。大きな蜘蛛や(さそり)、蠅、蟷螂(かまきり)が俺を食い殺そうと寝る暇もなく襲ってくる。ゴキブリの群れに襲われた時など軽く発狂しそうになった。


 俺はそれらを魔法で撃ち殺す。すると緑色のおぞましい体液を撒き散らして蟲が散り、鼻孔を刺激的な臭いが貫く。唯一の救いといえば蟲共は知能がないため、とにかく適当に襲ってくることだろう。これで戦術などを取られたんじゃ俺はとっくに食い殺されていたことだろう。


 腹が減れば蟲の脚をちぎって焼き、口にいれた。蜘蛛は鶏肉のような味がした。それ以外は食べる気にならない味だった。

 

 横に入り組む洞窟内を永遠と歩いていると、下の改装に降りられる階段を見つけた。それは二階層、三階層にも同じ仕組みが続き、この洞窟は下に向かって階層構造になっていることがわかった。

 ただ、出てくる魔物は変わらず、気色の悪い不気味な巨大蟲が永遠と襲いかかってくるだけ。魔法の操作技術や節約方法等を学ぶ機会にはなったものの、光のひのじすら見えない空間をただひたすら蟲と戯れながら歩くというのも嫌気が差してきた頃だった。


 十階層をすぎると魔物の分布が変わったのだ。今考えるとここはただの洞窟じゃなくてダンジョンなる場所なのだろう。そうでないとこんなに魔物が湧かないと思う。

 それに、簡単に言っているが一匹一匹がそれなりに強く、蚊を叩いて殺すように流れ作業の戦闘ではないのだ。時には大怪我を負うし、死にかけたことだって数え切れないほどなのだ。


 十階層から出てきたのは蟲ではなくて鬼。ゴブリンにオーク、時々オーガといったような、醜悪な容姿の悪鬼達が襲いかかってくる。

 肉だと期待したのだが、ゴブ肉は不味く一言で言うならば臭い。オーガ肉は食えなくもないといった感じ。

 食べられるのはオーク肉だ。脂身が多過ぎるものの食えないことはなかった。


 しかし、十階層からは俺は新たな力を行使できるようになる。それこそ<血液魔法>だ。青やら緑の体液を撒き散らす蟲とは違い、オークやゴブリンには赤い血液が流れていた。


 はっきり言ってクソ不味かったが、俺はその血を積極的に飲み、<血液魔法>の極意を独学していった。


<血液魔法>は非常に便利だ。血液の貯蓄さえあれば行使でき、魔力が不要、真祖特典により能力も高い。

 流動する血液が宙を舞い、ある時は鬼の肉を斬り裂き、ある時はその攻撃から身を守ってくれる。鬼は絶え間なく湧いてくるためコスパは最高だ。

 飲めば飲んだだけ体内に貯蓄できるというのも素晴らしい。


 そのため、俺は龍王との決戦の時のためにと、積極的に狩りながら階層を下りていった。


 ある階層を越えるとゴブリンがいなくなった。その代わりに、より強力な魔物であるサイクロプスやトロールなどが出現するようになる。

 奴等はゴブリンよりも知能が高かったが、その体格から体捌きが鈍かったこともあり、それほど苦労はしなかった。

 血もそれなりに飲める味になった。


 鬼が出る階層は長く、最終的に三十層にも及んだ。


 それ以降は獣が中心になった。洞窟は道の入り組む迷宮ではなく広い空間が連なるような構造に代わり、湧き水や苔などが生い茂り始めた。


 群れる狼や空から毒を撒き散らす蝙蝠が面倒だった。俺も狼や霧に変身できるのだが、やはり人型の方がやり易く、緊急回避時以外では返信は使っていない。


 獣達は最初の方に出現していた蟲とは比べものにならないほど強い。しかし、その血液は普通に飲める味だし、種類によっては美味しいと思えるものも多い。

 昼夜さえ分からない洞窟生活で、食という気晴らしを見つけたことは俺のそれ以降の探検に大きな影響を与えてくれた。



 獣の階層は六十階層にまで及んだ。ダンジョンと言うと階層ごとにボスがいそうなものだが、このダンジョンではそういう存在は見つけられず、下に降りる階段を守護するものはいない。



 六十階層から下は魔物の強さが更に大きく変わった。出てくるのは爬虫類。竜と呼ばれているらしい奴等は、攻撃も防御も桁違いだ。

 それに加え、爬虫類であるのに頭が良く、群れで連携して攻撃してくるのだから最悪だ。


 でっかい赤イグアナみたいなサラマンダーが特に強かった。火が効かないし皮膚は硬くて攻撃が通りにくいのだ。


 あと、全身棘だらけのパルプルルとかいう蛇も強かった。奴等は毒というよりも酸といった感じの液体を全身から放出するため近寄れないのだ。

 その液体はすぐに気化して目に入れば激痛に襲われるし、棘まで飛ばしてくるしと攻撃性のオンパレードだった。

 あんなに棘だらけなのに名前にプルルという柔らかそうな単語が入っているのが妙に苛立たせてくれた。


 爬虫類層を抜け、九十九階層に到達した時。そこに現れたのは入り口にあった物と瓜二つの大扉。


 俺がその前に立つと軋みを上げて門が開き、螺旋階段を下りるとそこにいたのは白銀の巨龍。



「また来たのか人間」


 龍王が呆れたような声でそう呟く。


「今度は負けないぞ」

「二度目はないと言った筈じゃ。此度は殺す」




 ◇◆◇◆◇◆


 龍王に肉薄した俺は即座に魔法を発動する。この戦闘においては一瞬の隙ですら命取りになる。故に、頭で考えるのではなく、自分の培ってきた戦闘本能に身を任せることこそ、この戦闘に勝利する唯一の方法だ。


「『雷電の激昂(ライジング・サン)』」

「『絶対監獄アブソリュート・パノプティコン』」


 (いかずち)の雨を降らせながら接近する俺の周囲に不可視の障壁が張られて行く手を遮られる。魔力の流れが途切れたようで龍王に降り注ごうとしていた雷が消滅する。


「『太陽の衣(ルミナス・ドレス)』」


 障壁をどうにかしようと体をぶつけていた所で龍王の突進の直撃を食らった。灼熱を超えた熱の光を身に纏った龍王の体に俺の体は容易に宙を飛び、数十メートルという距離まで吹き飛ばされる。

 硬い鱗により患部は焼け潰れ、強い脳震盪による朦朧とした意識の中、俺は悔しさに歯軋りしながら龍王を睨み付ける。


「無謀にも再び戻ってきたから何か面白い策でも思い付いたのかと思ったのかじゃが、随分と早いお寝んねじゃの」

「くっ‥‥‥」


 治癒をしてから再び立ち上がろうとするが、俺の回りには先ほどの障壁が貼られて魔法が上手く使えない。


「てめェ‥‥‥」

「去ね。三度目はない」

「待て━━━━━」


 慌てて叫ぶが時既に遅く、俺の視界は龍王のいる空間から、大きな門がある最上層の入り口へと変わる。

 また負けて転移させられたという事実は実に悔しく、苛立ちに身を任せるように髪の毛を荒々しく掻き乱し、血に濡れた前髪をかきあげる。


「またやられたのか‥‥‥」


 大の字で寝転がり、天井の岩肌を眺めながら俺は虚空に独白する。<血液魔法>を使う間もなく負けてしまった。


「あの障壁をどうにかしなけりゃなぁ」


絶対監獄アブソリュート・パノプティコン』はおそらく<龍魔法>であるため俺には使えない。捕らえられて魔法を封じられるのは詰まれたのと同義だ。

 あの場では使わなかったが<血液魔法>は使えないだろうか。あの障壁が<六属性魔法>を封じるものであったならば、それとは全く別の<六属性魔法>なら使えるということだ。


 ()()()()()()()()()()()


 治癒が終わった俺は立ち上がり、再び門の前に立つ。いつの間にか悔しさが消え去り、戦闘の面白さに胸を支配されている自分を笑い、そして、長く続く戦闘へと身を投じた。


 次こそは龍王に勝つために。







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