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21 バルキス王国戦争

 



「大将、大将!!」


 それはケーバチェ要塞に着いて十日以上過ぎ、いつになったら命令が出るのかと苛立ちが積もっていた時だった。


 その日の昼過ぎ、俺は勢いよく開かれた扉の音と、俺を呼ぶ声によって強制的に覚醒させられた。

 安眠が妨げられたことに若干腹を立て、眉間に皺を寄せながら目を開けると、司会一面に狼面が映りこむ。


「大将!!」

「マルコス、俺のことは殿と呼べと言っているだろう」

「そんなこと言ってる場合じゃねえです。至急、辺境伯の部屋へとの命令です。デヴィエルの旦那は先に向かってるようで。何でも遂にことが動いたとのことです」

「‥‥‥わかった。すぐに行く。お前は軍の用意をさせておけ」

「畏まりました」


 マルコスの狼頭を押し退け、最低限の身だしなみを整えてヴェルガリンデの部屋へと走った。


 今までよりもさらに慌ただしい廊下を抜け、扉の前の護衛への挨拶もおざなりに部屋に入ると、既に一同揃っていたようで、最後に入ってきた俺に視線が集まる。

 ヴェルガリンデは勿論のこと、彼女の軍の将軍数人とゾイサス、デヴィエルとゾイット、そして王国軍の将軍が数人だ。


「遅れて申し訳ございません」

「いや、卿は種族的に仕方がないことだろうから不問にする。今は卿を叱責している暇すら惜しいのでな」


 純白の鎧を身に纏ったヴェルガリンデはいつにもまして真っ白だが、神話に出てくる戦乙女を彷彿とさせられるほど美しく、なにより彼女によく似合っていた。


「さて、諸君。先程城から使者が来た。長く待たされたがようやく出発できるようだ。明日の朝、我等はこの要塞を出てバルキス王国へ侵攻する」


「待ちくたびれましたな」

「まったくです。先にバルキス人の首を跳ねに行ってしまおうかと思いましたよ」


 将軍等が次々に笑いだし、剣や鎧の金属音を鳴らして士気を鼓舞する。しかし、小うるさくなった空間も、ヴェルガリンデが槍の尻を一度床に叩きつけただけで元の静寂に包まれる。


「出発は明日の早朝。既に我等に変わって要塞に入る軍は到着しているため、朝霧に紛れてこの要塞を出る。そして、すぐにここ、ジュークフェル城を落とす」


 壁の地図のジュークフェルと書かれた部分に短剣が突き立てられる。

 バルキス王国側の国境沿いにはリーラ河という大河が流れており、その河を渡らなければバルキス王国内へは侵攻できない。つまり、ジュークフェル城はバルキス王国への入り口のようなものでここを落とすことは攻勢計画においては必須の条件となる。


「リーラ河の川幅は約八百メルほどで流れは緩やかだが泳いで渡るには大きすぎる。よって必然的に橋を渡らなければならないのだが、城は向こう岸にあり、橋を渡るのは困難を極めるだろう」


 橋を渡らなければ城は攻めることすら敵わず、その城は橋の真横にあるのだから敵軍は必ず橋を渡ることとなり城壁から橋を渡る敵軍を狙いたい放題という、敵軍(俺達)からしてみればなんとも面倒なことになっている。


「このような小城で兵を失うのは勿体無い。であるからして、ここはハミルトン卿の見せ場を作ってやろうと思う」

「んん!?」


 まさかとは思うが‥‥‥と、ヴェルガリンデの顔を見ると悪戯小僧のように悪い笑みを浮かべていた。これは間違いなく悪い予感が的中したということで、早速大仕事が舞い込んできたことを光栄に思いつつも面倒なことになったと漏れ出るため息をグッと堪えた。


「ククク。どうやら何か予想したようだが、おそらく卿の考えた通りだろう。この城は卿に落としてもらう。いや、正確には卿に協力してもらうといったところか」


 将軍等の視線が俺とヴェルガリンデを行ったり来たりする。細身の俺が本当にできるのかと訝しげに思っているのが半分、噂のハミルトン卿とは何者なのかという警戒が半分だろう。


「ハミルトン卿は見ての通り【吸血族(ヴァンパイア)】だ。まず、我等は全速力でジュークフェル城の対岸に陣を敷き、ハミルトン卿に門を開けてもらう。出来るだろう?」

「夜であるならば」

「だそうだ。ハミルトン卿が城に忍び込み、城門の上の兵を始末して門を開ければ、あとは橋を渡るだけで我等の勝ちだ」

「自分で言うのもおかしな話ですが、私は信用にたるので? 私の成功が作戦の鍵になっているようですので、私が失敗すればこの作戦は全てが台無しになりましょう」


 べつに失敗するとは露も思っていない。霧になって城になれば見つかるなどまずあり得ないし、そのまま城門の上の兵士を血の眷属で速やかに殺害、その後は誰にも邪魔をされることなく門を開けるだけの簡単な仕事だ。

 だが初めて俺に会った将軍達は違う。彼らからしてみれば、俺は言ってしまえば胡散臭い野郎であり、そんな野郎を信じることが前提の作戦など無謀に思えることだろう。


 それ故の俺の先程の発言だ。敢えて俺が一歩引いてみせることで彼らが作戦反対の言葉を発しやすいようにし、尚且つヴェルガリンデによる俺のフォローを待つ。


「卿の心配は尤もだ。口に出さないだけで心の中ではこの作戦に反対する者も多いだろう。だが敢えて私はこの作戦を選ぶ。何故ならば成功すれば兵の損耗を限りなく減らせるうえに、戦が長引かないという数多くの利点があるからだ」


 ヴェルガリンデはそう言うと、槍の尻で強く床を鳴らした。静かな部屋の石造りの壁にその音はよく響きたが、ヴェルガリンデの声は鳴り響く鈍い反響音を易々と掻き消してしまう。


「ハミルトン卿が信じられぬ者は私を信じろ。私はハミルトン卿のことを信じて前に進む。貴様らはヴェルガリンデ=ド=ペンデル=ブルガリオを信じてその背中についてこい。そうすれば万事上手くいく」


 ヴェルガリンデは真の将軍だ。この場にいる全員を小僧扱いできるほどの年齢で、それだけ長い間戦場を駆け、武勇を轟かせてきた。

 そんな彼女を信頼しろと言われて、信じられない兵士は殆どいないことは言うまでもなく、そしてそれはこの場でも同じこと。


「今の時点での話は以上だ。何か異論があるものはいるか」


 答えは沈黙。それ即ち否定の意。


「そうか。ならば今すぐに仕事をしろ。少しでも遅れる軍がいたら私が貴様らの首を叩き斬ってくれるわ」

「「「「オォォオオオオォォォォ!!!」




 ◇◆◇◆◇◆



「急げえぇ」

「馬に鎧を着せろ」

「お前の剣欠けてるじゃねえか。何考えてやがる」

「いや、昨日の夜に酔っぱらって壁を斬りつけたらつい」


 兵士達の喧騒が鳴り響く夜明け前のケーバチェ要塞。


 朝霧に紛れての出軍とあって、今はまさにその三時間前。兵糧を荷竜が引く竜車に積み込み、騎馬や騎竜に鎧を着せ、自らも武器を持って隊列を組むべく中庭を走り回り、各々の所属する軍の旗を見つけてその列に並んでいく。


 俺はそんな兵士達の慌ただしい様子をハミルトン男爵軍の最前列で生暖かい目で見物していた。


「今頃急ぐようじゃ練度が知れるってもんだな」

「王国軍は兎も角、ブルガリオ辺境伯は流石と言ったところでしょうか。既に隊列が出来上がりつつあるようです」

「で、我が軍は?」

「既に整列済みでいつでも発てます」

「よし、それでいい」


 夜の闇に包まれる中、俺のように視界がはっきりしていないにも関わらず、迅速に対応できたことは実に満足だ。デヴィエルに練兵を任せて正解だったことが確信できる。


「しかし、まあ。今回の戦は大将が勝利の鍵たぁ、光栄の至りですな。我等も鼻が高いってもんですわ」


 マルコスが騎竜の上から大声で笑った。兜は被らずに重装鎧で身を包み、両刃の斧と大盾を持つ姿は迫力満点だ。

 加えてマルコスの乗る騎竜はゲジュル種という体格の良い竜であるため、彼の迫力をよりいっそう際立たせていた。


「マルコスの言うとおりです。殿がご成功なされれば、確実に勲一等間違いなし。領地拡大も夢ではないでしょう」

「バルキス王国は西部と同じくらいの面積だからな。滅ぼして併合したとして、この戦争に参加したのは俺とブルガリオ辺境伯の二家だけから報酬は凄いかもしれないぞ」

「ガハハハハ。そうなれば大将は子爵様か伯爵様ですぜ。いや、勢い余って公爵様だったりしてな」

「それはありえませんよ、マルコス。殿が公爵位を賜るには、少なくともペンデル家に匹敵する力を得ねばならないでしょうからね」

「じゃあ、その時までにもっと力を磨いておかなくっちゃなぁ」

「マルコス、ゾイット、静かにしないか。殿の御前だぞ」

「良い良い。無駄に緊張されるよりはましだ」


 我が軍の三人衆の戯れを聞いて笑いながら、俺は右前方にいるブルガリオ辺境伯軍に視線をやった。


「出発予定までどのくらいだ?」

「予定までは二時間弱ですが、準備が済み次第出発ということでしたので、そろそろではないでしょうか」

「そうか‥‥‥それなら今から一言言っておくか」


 出発前に一言あっても良いだろう。これは攻勢作戦であるうえに先の大勝利のおかげで兵の士気は高いが、その士気がこれからの長時間の進軍で失われないための布石を打つのは悪くない手だ。


「ハミルトン男爵軍傾注!!」


 マリアを反転させ、俺の背後に並んでいた兵士達に向かい合うと、それを合図にデヴィエルが声を張り上げ、一斉に俺に三千の視線が集まった。

 その様子、一糸乱れぬとはまさにこのことだ。三千の兵が直立姿勢を保ったまま俺の言葉を待つ姿に興奮を覚えながら、俺はそれが声に出ぬように意識して口を開いた。


「諸君、待ちに待った攻勢作戦だ。城から命令が下るまで少々時間が空いたが、まさか剣に苔を生やしたような愚か者はいないだろうな」


 姿勢を隅々にまで行き渡らせながら俺は兵士に語りかける。抑揚と強弱をつけ、兵の心を掴むように工夫を凝らしながら、俺は言葉を続ける。


「まず最初の目的地はジュークフェル城だ。城は全力で走って丸一日の距離にある。そこを落とせば小休止だが、どれだけ早く着くかが今後の戦況を左右するためそれまでは休憩は取らない。落伍者が出ることを想定したかなり無茶な作戦だが、我が軍からは一人も落伍者を出すな。自分の隣に遅れる馬鹿がいたら尻を蹴飛ばしてやれ。それでも遅れる奴がいたらお前らの大好きなマルコス様が直々に尻を蹴りあげてくれるそうだ」


 小粋なジョークは兵の士気の向上に繋がる。


 マルコスを弄ったことで、兵士達に笑い声が漏れ始める。暫く間を置いて兵士達に余韻を残した後、俺は次の言葉を繰り出そうとしたが、どうやら時間が来たらしく、ブルガリオ辺境伯軍が侵攻を開始する。


「時間だ。将校の首を挙げたものには褒美を取らせてやる。さあ、楽しいピクニックに行こうじゃないか━━━━出陣!!」




















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