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2 異世界転移

 


 気づくとそこは真っ暗な洞窟の中だった。どうやら【吸血族(ヴァンパイア)】というのは夜目が効くらしく、昼間のように鮮明に見えている。


「おいおい、こういうのは最初は始まりの町みたいなところからスタートするんじゃねえのかよ」


 当たりを見回すとかなり広い空間であるようだ。横もそうだが、特に天井が非常に高い。なにやら大きな置物がある以外は特に何もなく、俺は思わず口に出して毒づく。


「これはまずいな。どこか出口を探さねえと餓死して拘置所送りになっちまう」


 俺は焦りを覚え、洞窟内の探索を始めようとする。【吸血族(ヴァンパイア)】は血を飲むだけで生きていけるとはいえ、周囲に何もないのでは話にならない。餓死して即座にあの空間に戻り、ヴェルディに哀れみの目で見られるのだけは勘弁だ。


「あ、そういえば鑑定眼があったな」


 なんとなく思いつき、適当に拾った石ころを試しに鑑定してみる。


 名: 石

 情報: 特に何の変哲もない石ころ。


 どうやら拾った石は特に何の変哲もない石ころであるらしい。しかし、少しだけ面白かったので、周囲の物を手当たり次第に鑑定してみた。



 名: ハナベル草

 情報: 世界中どこを探しても見つかる草。使用価値は存在しないただの雑草。


 名: ポックリ苔

 情報: 食べたらポックリ逝く毒性のある苔。


 etc、etc‥‥‥。


 周囲に存在する様々な鑑定情報が頭に流れ込んでくる。しかし、もしかしたらと一塁の望みを賭けていろいろ鑑定してみたが食える物は存在しなかった。一瞬、ハナベル草なる草でも食おうと思ったが考え直す。腹を壊したら大変だ。


「あ、俺は鑑定できるのか?」


 俺は自分の鑑定を試みる。


 名: アリス・カワサツキ

 年齢: 38歳

 種: 魔人種(サターネ)

 族: 真祖吸血族スペリオルヴァンパイア


 自身への鑑定は確かに成功した━━━が、その結果に思わず二度見し、脳が思考を停止した。

 一瞬の間が空き、そして絶叫する。


「オイ待てゴラァ。何だの名前はァァ。名前を切るところがおかしいだろォ。俺は有栖川皐月だ。アリスカワ・サツキだ。言いかえても、サツキ・アリスカワだ。断じてアリス・カワサツキなんかじゃねえぇぇぇ。これじゃあ女の名前じゃねえかァァ」


 俺は気が狂ったように(実際に狂っている)叫び散らす。実際にはアリスという名の男は存在しなくもないのだが、俺にとってアリスとは不思議の国に迷い混む少女のインパクトが強すぎて、アリスと言えばあの少女を連想してしまうのだ。


「あのアマ。ふざけんじゃねえェ。今すぐ訂正しやがれ。いや、よしわかった。このポックリ苔食って今から会いに行ってやるよ。首を洗って待っ━━━━━」

「やかましいわァァァ」


 喚きながらポックリ苔をむしり撮ったところで、洞窟内に俺以外の生命体の声が響きわたる。その声はあまりにも大きく、閉鎖的な洞窟という空間条件と相まってとんでもない響きとなり、俺は脳を直接揺さぶられたような目眩には襲われる。


「あ? 誰だ、てめえ。俺は今から神を殺しに行くところなんだよ。邪魔すんならお前も殺すぞ。てか、どこのどいつだ俺に話しかけてくる野郎はァ」


 未だに目眩と耳なりが酷い頭を抱えながら周囲を見渡すが、人影はない。あるとすれば何やら巨大な光る置物だが━━━


(わらわ)を殺すじゃと?」


 置物の方から再び声がして、その置物がゆっくりと動いた。いや、顔を上げた。声に不機嫌さが滲み出ており、俺を射殺すような視線からは濃密な殺気の奔流が感じ取れる。


 本来ならここで何かを言い返す所なのだが、俺は突如眼前で起こった光景に視線を奪われ、同時に言葉を失っていた。

 それは地球にいたならば非現実的な光景であるが、ここは異世界であるためこの光景も納得できる筈なのだが、脳では分かっていてもなかなか理解が追い付かない。


「妾を殺すじゃと? 嗤わせるな矮小な存在よ。大体、矢鱈と大声で喚くから起きてみれば誰じゃ貴様。人の城に無断で入り込んできよってからに。しかも聞いておれば神を殺すじゃと? 嗤いすぎて殺す作戦か?」


 それは龍だった。見上げるほどの巨軀の龍が俺を見下ろしている。

 前世でも見たことのないような煌々と輝く白銀の鱗に肢体を覆われ、太く強靭な四肢の先にはあらゆる物を簡単に切り裂くであろう夜闇のような黒く美しい漆黒の爪が生えている。

 肩であろう場所から広がるのは白銀の翼。黄金という表現では足りない幻想的な金色の相眸。


 無意識のうちに鑑定眼が作動する。



 名: ティゼルレオナ

 種: 龍種(ドラゴニス)

 族: 白銀族シルバリックエンペラー

 年齢: 17142歳

 スキル: <龍王の咆哮><龍魔法><鑑定><飛翔><叡智><精神苦痛耐性><異常状態無効>



 眼前の龍王の俺を見下すような言葉を聞いてやっと正気に戻る。そして大声でその挑発に噛みついた。

 たとえ相手が龍王だとしても一度振り上げた拳を戻すのは俺のプライドが許さないのだ。


「口だけは達者みてえだが、てめえのほうこそ雑魚なんじゃねえのか? 立派なのは図体だけで惨めに吠えることしか脳の無い犬っころだったりしてな」


 嘲笑が止み、鱗に覆われたこめかみに青筋が浮かんだ気がした。


「ほう、言ってくれるわ。そこまで言うなら妾を殺してみよ。抵抗はするまいて。まあ、だとしても出来るとは思えぬがの

「そうかよ。それならあの世で後悔するんだな」


 俺もそうだが龍王もまた短気であったようで、売り言葉に買い言葉でみるみるうちに展開が進んでいく。


 だが致し方なし。


 俺は手をかざし、早速魔法なるものを使おうと試みる━━━が、俺の右手には何の変化もない。詠唱はいらないと思うのだが、何も知らない状態で魔法を使えと言われても使い方が分からなかった。取り扱い説明書を出してほしい。


「おい、まだか。まだ使えんのか? 口だけは貴様だったのか?」


 龍王が挑発するように嘲る。


「うるせえ。魔法なんか今まで使うことなかったからやり方がわからんだけだ。やり方さえわかれば俺にだって使えるわボケェ」

「あれだけのことをぬかしておいて、やり方がわからんときたか。この妾にあれほどの妄言をぬかす人間じゃ。さぞかし強いのじゃろうと思っておったが‥‥‥。そうかそうか、魔法の使い方がわからんのか。あぁ、腹が痛いわ。死ぬ。死ぬるぅ」


 龍王の爆笑に、俺はあまりの怒りに赤面する。そしてまた、龍王が赤子を諭すように話しかけてくるものだから更に殺意が込み上げてくる。


「よいか、矮小で無知な存在。魔法も使い方は簡単じゃ。魔法を想像して、力を込める。たったそれだけじゃ。それにも関わらず‥‥‥。ククク。また笑えてきたわ。貴様、神殺しではなく芸人を目指せ。その方がよほど未来があるわ」


 なにが、芸人だ。バカにしやがって。


 俺は魔法の使用を試みる。想像して力を込めるということばの通り、メラを想像して手に力を込めて唸る。


「出らんのぉ」

「うるせえよ。使えるのは分かってんだ。ただ、魔法を知らないだけだ」


 そう。知ってさえいれば使えるのだ。何故なら<六属性魔法>をわざわざ取得しているのだから。

 自分を鑑定した時にスキル欄にもそれは確かに存在していた。だから、確かに俺が使えることには間違いはないのだ。

 しかし、それをいくら言おうとも龍王にはただの負け惜しみにしか聞こえず、龍王はさらに腹を抱えて嗤う始末。


 殺意を通り越して逆に悲しくなってきた俺はそのまま地面に大の字に寝転がった。


「どうした。おい、人間。寝てないで何か返事をしろ」


 龍が喚く。


「おい、聞いておるのか雑魚よ。おい!」


 まだ何か喚いている。が、俺はもう知らない。プライド? そんなもんとっくにポッキリ折れたわ。


「聞いておるのか。口だけ人間よ。どうした? おい‥‥‥‥無視するでないわァァァ」

「もう知らん」

「なんじゃ面白くないのぉ。まあよい。それはそうと、人間よ。斯様に弱き身で何故妾の城に土足で踏み込んだのじゃ。いや、よく踏み込めたものじゃの。不思議でしかたがないわ」


 つまらなさそうに嗤うのを止めた龍王が俺に問いかけてくる。


「ここは洞窟じゃねえのか? 城には見えねえぞ」

「う、うるさいわ。妾がすむ場所は如何なる場所であろうとも城じゃ。妾は【龍種(ドラゴニス)】の最強の個たる【白銀族シルバリックエンペラー】ぞ。早く答えぬか。龍王が城を土足で踏み荒らした罪は重いと知れ」


「お前龍王だったんだな。そのわりには馬鹿そうだが」

「な、ななななななななんじゃと。いや、待て。貴様、何故妾が龍王だと知っておる。誰から聞いた?」


 こ、こいつアホだ。見た目と中身が伴っていない。最高神の女神はネタ枠で龍王はアホなこの世界に不安を感じてきた。本当に世界が滅びたりしないよな。さすがにどれだけ強くなっても世界が滅んだら死んでしまうと思う。


 嗤うのは今度は俺の番だ。喚く馬鹿龍王を嗤いながら、俺は答えを教えてやる。


「お前、さっき自分で自慢げに言ってただろ。アホなのか? その<叡知>ってスキルは飾りかよ」

「アホじゃな━━いや、待て、な、何故貴様、妾が<叡知>を持っておると知ってるのじゃ 。こればかりは貴様には言ったことはないはずじゃ。誰から聞いた」

「鑑定した」


 さも当然とばかりの俺の言葉に、先程まで騒がしかった龍王は目を細めた。静かに俺を見定めるような視線を向け始める龍王に、今までの馬鹿さの滲み出る雰囲気はなくなっていた。

 暫くの間が空き、龍王は感心したように呟く。

 

「ほう。<鑑定>ときたか。人間にしては面白いものを持っておるの。少し興味が湧いたわ。しかしのぉ、視たならわかるとは思うが妾も<鑑定>を持っておる。視ておれよ。貴様の恥ずかしいステータスを晒してくれるわ」


 龍王がふて寝する俺を凝視してくる。


 しかし、俺は女神から<鑑定妨害>をもらっている。そもそも恥ずかしいスキルなど持ってはいないが、そもそも視られることはないのだから安心だ。名前を間違えるというクソみたいな仕事をしてくれたが、スキルについては全く問題がなかったのだ。


「くっ、貴様<鑑定妨害>を持っておるな。名前しか見えぬではないか。おい。今すぐに妨害をやめるのじゃ。人のものだけ一方的に視るなど卑怯であろうが」


 龍が卑怯だと罵ってくるが卑怯もくそもあるかと返してやった。<鑑定妨害>も実力のうちだし、散々俺を馬鹿にしてくれたお返しだ。

 もっと煽ってやろうと思い、寝転がったまま龍王に視線をやると、龍王は何やらブツブツと呟きながら再び目を細めている。


「それにしても貴様、雌じゃったのか。声から雄じゃと思っておったが、さすがに申し訳ないことをしたの。許せ」


 再び脳が思考を停止させた俺に対して龍王が柄にもなく謝罪してきた。

 そう言えば聞き飛ばしたが、龍王は俺の名前だけは見えたと言っていた。ステータスには性別に該当する情報はない。つまりこいつは俺の名前で性別を判断したわけだ。

 やっと理解が追い付いた俺は急いで訂正を試みる。女だと勘違いされるのは癪に障る。


「おい待て。俺は男だ。女じゃない。名前はアリスカワ・サツキだ。アリスじゃない。勘違いするな。もう一度言うぞ。俺は男だ」

「そうか。鑑定の妨害はできても書き換えることはできぬしの。まあ、貴様が雄だと思うなら雄でよいではないか。わかった。貴様は雄なのじゃな」


 龍王が優しい声音で語りかけてくる。絶対に何か不愉快な勘違いされている。


「違う。本当に男なんだ。勘違いするな」

「わかったと言っておろう、しつこいぞ」


 こんなやり取りを何度も繰り返していると、突然龍王がキレる。鼓膜をつんざく怒鳴り声が再び脳を揺さぶり、目眩に襲われて視界がクラクラする。


「あぁ、もう。貴様の性別などどうでもよいわ。重要なのは如何なる理由でここに来たかということじゃ。性別の話ではぐらかそうとするでないわ、こざかしい」


 俺にとって性別の誤解はかなり重要な案件であって決してどうでもよいことではなく、別にはぐらかそうとしたわけでもない。

 かなり苛ついているご様子の龍王には俺の抗議など関係ないらしく、怒鳴りながら俺に顔を近づけてきて、瞳孔が縦に割れた大きな瞳で俺の顔をギョロッと覗き込んだ。


「改めて問う。何故ここに来た人間よ。妾もそろそろ限界じゃぞ」

「知らん。気づいたらここにいた。」


 本当なのだから仕方がない。俺だって本当なら街の前とか、せめて大きな道に飛ばして欲しかった。

 実際のところ、俺自身すら自分の置かれている状況が完全には理解できていないのだ。それなのに理由を説明しろと言われても俺に何ができるというのだ。


「そうかそうか。気づいたらここにあったのか。あいわかった。分かっておる。若き頃は何かと格好つけたくなるのじゃろう? じゃがな、あまりそう恥ずかしいことを言いふらすものではないぞ。後々後悔するのは自分じゃて」


 こ、こいつ、うざい。


「本当に気づいたらここにいた。真実である以上これ以上はなにも語れん」

「はぁ‥‥‥まあよい」


 龍王はため息を付きながら俺から顔を離した。途端に先程までの殺気が消え失せ、当たりに沈黙の帳が下りた。

 どうやら死の危機は去ったようだし、俺としてはとっととこんな陰湿な空間からはおさらばしたい。


 だが、一つだけ気がかりなことがあるとするならば、何故ヴェルディは俺をわざわざこのような場所に送り込んだかということだ。俺は街ではなくこの洞窟に送り込まれ、そこには龍王がいた。偶然と片付けるには出来すぎている気がする。


 この状況はヴェルディによって意図的に作られたと仮定したとき、目の前の龍王はただのデカブツではなく、ゲームで例えるならばストーリーを進めるための重要NPCに変わる。


 俺はこいつから今後のヒントを得られる?


「なあ、龍王」

「ん? 何じゃ」


 俺は起き上がって胡座をかくと、俺を見ながら寝る体勢になっていた龍王を見据え、意を決してそれを口にした。


「俺に魔法を教えて欲しい」


 教えを乞うのだから頭を下げて固い洞窟の地面を見つめた。しかし、龍王からの反応はない。

 恐る恐る下げた頭を上げると、龍王が俺の真意を図るかのように訝しげに俺を見ていた。


「使えなかったではないか」

「違う。使えることに間違いはないんだ。ただ、魔法を知らないだけだ」

「魔法を知らんだけ、か‥‥‥。それはつまり、教えてやれば使えるようになるということかの?」

「ああ、そうだ」


 俺が肯定すると、龍王は仕方なしと嘆息して頷き、再び太い首をもたげた。


「ならば教えてやろう」

「できるのか?」

「勿論じゃ。妾の<叡知>はそのためにある」








 




















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