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18 ケーバチェ要塞

 


「━━━━こちらへどうぞ」


 バレムントの背を追いかけながら廊下を進んでいく。


 この廊下も俺が来たときに比べれば随分と綺麗になったものだ。あの時は使用人がおらずクモの巣まで張っていたものだが、今では隅々まで磨きあげられ、美しい絵画まで飾られている始末だ。


 税収が上がり、尚且つ領地経営が安定したら、この領主邸は取り壊して新たに城を建てるのもいいかもしれない。マレンディがあるハレナス平原という小さな平野は、周囲を気高い山々に囲まれているため、交通の便こそ悪いが防衛には最適だろう。


 大森林の開発が進めば更に道も開けるだろうし、そう考えればマレンディがある場所は実に素晴らしい。まあ、それは開発が進めばという話で、治める者が無能なら金の卵を産ませることは難しいのだろうが。


「それで、良いのは手に入ったのか?」

「実際に見てからの方が良いでしょう。さあ、着きましたぞ」


 バレムントに案内されたのは領主邸の裏で、そこにあったのは掘っ立て小屋のような粗末な建物。


「おおぉ、こりゃすげえな」


 その建物は厩舎だ。しかし、そこにいるのは馬ではなく、もっと違う生物━━━━騎竜だ。

 肉食恐竜に似た姿で、馬よりも少し大きいかというサイズの体は固い鱗で覆われており、前足は短く後ろ足が長い二足歩行だ。

 腕というべき前足はやや短いが屈強で、伸びる長い爪は鉄鎧すらも引き裂くだろう。

 長くしなやかな尾は鞭のようで、その巨躯を支える足は太く強靭だ。

 鮮やかな蒼鱗は陽光に当たって煌々と輝き、風を切って走るであろうそのフォルムは芸術的なまでに美しい。


「持久力と速度は大陸一と吟われるラペイド種の中でも最高級の騎竜を取り寄せました」

「高かっただろう?」

「ええ。私の懐から捻出したわけではありませんので何も文句は御座いませんが」

「くくく。お前は本当に良い性格してるよ」

「恐れ入ります」


 それにしても美しい姿だ。前世ではまず見ることのできない生物を見ることができたどころか、これからこいつに跨がって駆けるというのだから面白いものだ。


 興味を掻き立てられて鱗を撫でると、クルルルルと気持ち良さそうに騎竜が鳴く。厳つい見た目とは真逆で人懐っこい性格なのだろうか。


「可愛いやつだな。名前はあるのか?」

「いえ。殿の竜なのですから殿のお好きなように」

「雌雄は?」

「雌です」

「雌か‥‥‥」


 名前を付けろと突然言われても即座に思い付くものではない。これから長く付き合っていくであろう相棒の名前なのだから意味不明なものを付ければ失笑を買ってしまうし、なによりこの騎竜に申し訳が立たない。


 頭の中に偉人や神話などの様々な名前を呼び起こし、数分かけて絞り出した名前は、


「‥‥‥マリアだな」


 嗤いたければ嗤うがいい。


 所詮、俺のネーミングセンスなどその程度だったということだ。いや、そもそも名前の貯蓄数が少なかったのだから仕方がない。


「では、マリアに鎧を着させますので、少々お時間をいただきます」

「時間があるなら半年分の血税を回収してくる。すぐに戻ってくると思うが、装備し終わってまだ俺が戻ってきていないなら呼んでくれ」

「畏まりました」


 これから行くのは楽しい楽しい戦争(ピクニック)だ。昼間の血液魔法のコスパを考えると、ストックが多いに越したことはない。

 初陣で死ぬなど草も生えない。俺が世界を統べるという野望を果たすまではあのクソ女神のもとになど戻ってたまるものか。




 ◇◆◇◆◇◆



 騎竜を初めとした竜は元は蜥蜴型の魔物の一種で、ヒトの手によって飼い慣らされ、よりヒトの生活の役に立つように改良されてきた歴史を持つ。

 長い歴史を持つが故に種類は様々で、一つ一つに役割が違う。


 荷馬車等を運ぶ荷竜は四足歩行で非常に大きな体を持ち、船を引いて泳ぐ海竜は水運には欠かせない存在だ。


 騎竜はその名のとおり騎乗用に作られた竜で、主に戦争に使われることからその種類の数は他の竜よりも群を抜いて多く、大きく分類しても百以上、細かく分ければ千に届くとも言われている。


 例えば最大級の騎竜であるダンゲル種は、速度と瞬発力こそ劣るが、それを補う体力と筋力は非常に脅威であるそうだ。


 そしてマリアのラペイド種は速度と体力に優れ、その鱗やフォルムの美しさから貴族や高級将校御用達の名竜である。


 そんなマリアの背に乗る旅は馬とは比べ物にならず、西部の山道も易々と越え、僅か八日という日数でケーバチェ要塞を視界に捉えた。


 牧歌的な大草原と聞いていたのだが、荒涼とした高原をマリアの背に揺られて進んでいく。前世では都会に住んでいればまず見られないであろう光景だが、この世界では良く見られる光景だ。


「あれが、ケーバチェ要塞‥‥‥‥」


 マリアを止めて目を細めれば、地平線の向こうに微かに見える城壁。

 おそらくそれがケーバチェ要塞だ。


「行こうかマリア。もうすぐ休憩だぞ」


 キュォッとマリアが小さく鳴き、止めた足を再び動かし始める。


 草ではなく砂利の転がる焦げ茶色の世界を進み、丘をゆっくりと歩み登っていく。


 要塞の城壁の大門は見るからに重く、城壁もまた四、五十メートル以上あるのではないかというほど高い。


「何者だ。外套を脱いで名を名乗れ」


 城門の前でマリアを止めると、城壁の上から声がかかった。真下からでは良く見えなかったため、声の主の姿を視界に捉えるべくマリアを数歩下がらせる。

 声の主は、当たり前と言うべきか兵士だった。紋章はペンデル家の双狼であり、どうやら敵の手に落ちて占拠されているなどということはないらしい。


「ハミルトン男爵アリス=ド=ザクスフォード=ハミルトンだ。疑うなら顔を確認させる故、我が家のデヴィエルという【闇精種(ドラウ)】の男を呼べ」


 王国貴族の証である短剣と我が家の旗を掲げながら声を張り上げた。空は雲っていて太陽の光は照っていないが不快ということに変わりはないため外套は脱ぎたくなかった。


 それでも脱げと言われれば脱ぐつもりでいたが、兵士は俺の掲げた短剣とラペイド種(超高級騎竜)であるマリアを見て本人である可能性が高いと思ったのか、俺にこの場で待っているようにと丁寧な態度で叫ぶと、そのまま顔を引っ込めて何処かへ行ってしまった。


「キュルルル」

「嫌そうな声を出すな。すぐに入れてくれる━━━ほら、見ろ。開けてくれたぞ」


 ギィィィと錆び付いた鉄の低い音が俺の鼓膜と大地を揺らし、耳障りな不協和音に抗議でもするように頭を数回振った。


 数分の時間と共に城門が完全に開かれた。マリアの腹を蹴って城門をくぐり、荘厳な鎧を身に纏った騎士達の道を進んでいく。


「殿!!」


 呼ばれる声がして振り向くと、騎士の群れから飛び出してきた数人の兵士がマリアの側に寄ってきて膝を付いた。鎧は他の騎士達と変わらぬ強固さだが、その色と紋章は違う。

 そしてその集団を代表して一歩前にて跪いているのは、銀の長髪と褐色肌の笹穂耳の将軍で━━━━


「デヴィエルか」


 マリアから降りてデヴィエルの肩を掴む。


「ははっ」


 顔を上げさせれば見たことのある顔だった。その頬には見たことのない傷が刻まれていたが。


「頬の傷はどうした」

「無様にも、敵の将軍に一撃貰いました」

「それで?」


 俺の試すような問いかけに、デヴィエルは悪戯小僧のような笑みを浮かべる。


「当然、倍にして返してやりました。今頃は狼か野犬の糞になっていることでしょう」


 そう言って親指で首をかき斬る仕草をするデヴィエル。彼には色々と言いたいことがあるが、今かけるべき言葉はただ一つであろう。


「良くやったな」

「恐れながら殿。この場合、配下の兵にかけるべき言葉は『迷惑をかけたな』ではないでしょうか。もっとも、殿がおられずとも、我が軍は赫赫たる戦攻を挙げて見せましたが」


 デヴィエルめ。初めて会った時は全力て平伏していたくせに、言ってくれるようになったじゃねえか。

 ムカつく言い方だが悪くはない。特に、役に立った部下に言われた軽口なら尚更だし、戦場での小粋なジョークは兵の士気にも繋がる。


「抜かせ。俺がいれば敵軍は一兵残らず駆逐していたぞ」

「では、これから存分にその勇姿を見せて貰いましょうか。楽しみにしております」

「小便チビるんじゃねえぞ」


 デヴィエルの肩を叩き、二人で声を揃えて笑い合う。


 これで再会の挨拶も済んだことだし、俺は一眠りしたいところなのだが‥‥‥‥そんな俺の心を読んだのか、デヴィエルは俺の前に立ち上がって要塞に向かって手を差しだす。


「ささ、ペンデル辺境伯がお待ちです。ずっと殿に会いたいとおっしゃっておいででしたので、ご挨拶は早い方が宜しいかと」


 逃げ出そうと背後を確認するといつの間にかデヴィエルの連れてきていた兵士によって退路を絶たれていた。

 霧や蝙蝠になれば逃げ出すことは容易だが、人目もあるためなるべく避けたい。


 どうやら逃げ場はないようだ、と俺はうんざりしてため息をついて兵士の一人にマリアの手綱を握らせた。


「やり口がバレムントと同じだ」

「ええ。殿のことについてはパーレ殿からしっかりとご指導いただきましたから」


 半年という月日は予想よりも俺に対して牙を向いてくるらしい。


 致し方なしと肩を落とし、デヴィエルの背を追いかけて要塞の内部を進む。実際のところ要塞とは名ばかりで、もはや城に等しいのだが。


 外と同じで要塞の中はどこも黒や灰色や焦げ茶色だ。街のように美しくなく、敵が門を越えたときのことを想定しているのか、ゲリラがやり易いように道はいりくんでいて複雑怪奇だ。

 空が雲っているからか薄暗く、松明が煤を撒き散らしながらユラユラと微かに道を照らしていた。


「ところでだが、その鎧の模様は誰が考えたんだ?」


 俺が指差すのは全身真っ白の鎧に刺繍された薔薇。


「薔薇は全盛期のザクスフォード軍の象徴です。吟遊詩人にもそう吟われております」

「そうか‥‥‥悪趣味だな」


 戦争が終わったら絶対にやめさせる。


 俺的に、薔薇は絶対にありえない。








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