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15 海を司る者

 


 大仰に体を仰け反らせて驚くヴェルディに一つ溜め息をついて、俺は彼女の顔を指差す。


「向こうの世界で千年生きてきたが、特にここ数年間でお前への文句は死ぬほど溜まってんだよ」


 いや、数年間ではなく一年間か。ダンジョンから出て俗世に関わり始めてから不平不満は募る一方だ。


「いや~、まさかアリスさんがダンジョンに千年間も籠るとは想定外でしたね。見ていて面白かったですよ」

「面白かったですよ、じゃねえよ。て言うか、俺こと見てたのかよ」

「勿論です。こちらの世界は良くも悪くも何もありませんから、貴方の暮らしを見ているとワクワクして、暇潰しには最高でしたね。私だけでなく、他の神も見ていたりするんですよ」


 まじか。神々が頭揃えて俺の行動を観察してるとか、実験動物にでもなったようで不快感しか感じないんだが。


「まあまあ、そうおっしゃらずに。少なくとも、前世よりは楽しい世界でしょう?」

「そうそう、きっと楽しい筈だよね。僕も君のことをいっつも見てるけど、毎日生き生きしてるもん」

「‥‥‥楽しくないと言えば嘘にはなるな」


 楽しいか楽しくないかと言えば楽しい。少なくとも今は貴族という特権階級として好き勝手やれてるし。まあ、ヴェルディのせいで計画が狂ったが。


「いいじゃないですか。すぐに挨拶に来てくれるって約束でしたのに、来なかったアリスさんがいけないんですよ」

「そうだそうだ~。僕も楽しみに待ってたんだぞ。ブーブー」

「ブーブー」


 何故かブーイングの嵐が飛び交う。いや、その前に一つだけ突っ込ませて欲しい。


「いや、お前誰だよ」

「あれ、気がついちゃった!?」

「普通に気づくだろ。なんかクソヴェルディ以外の声が聞こえると思ってたらいつの間にいたんだよお前」

「待ってください。クソヴェルディとはどういうことですか」


 透き通る蒼玉色の髪を肩まで伸ばした小麦色の肌のボーイッシュな少女は、騒ぐヴェルディを手で押し退けつつ、矢鱈と格好いいポーズを決める。


「初めましてだね。僕はレイン。海と生命を司る神様、まあ海神様だよ。一応は上級神ってことになるかな」


 暴れるヴェルディを押さえつけながら宙に浮き、逆さまに浮遊したまま器用に胡座を組むレインは、人懐こそうな笑みを浮かべてVサインを向けてきた。

 やはり神というのはやはり一癖も二癖もある連中らしい。


「え、僕もそんな変わり者扱いなの?」

「いや、だって‥‥‥ねぇ」


 宙をフワフワと漂うレインは、アロハシャツにハイビスカスのような南国の花の首飾りを巻き、さらにはサングラスまでかけているのだ。いかにも南国で焼きましたとでも言いたげな小麦色の肌も含めれば、海神というよりもサーファーと言われた方が納得がいくかもしれない。


「むぅ。いいじゃないか。僕は結構気に入ってるんだけどなぁ」

「格好なんてどうでもいい。実際は━━━━」

「私を無視しないでください。まだクソヴェルディ扱いをしたことの反省を━━━━」

「「クソヴェルディ、しゃーらっぷ」」

「むきぃぃいぃぃ」







 ◇◆◇◆◇◆



 怒りに顔を真っ赤にして掴みかかってきたヴェルディと取っ組み合うこと数分。それからヴェルディを落ち着かせることに暫くの時間を有し、やっと静かな空間が戻ってくる。


「━━━で、だ。お前が俺を名指しで呼んだことで、俺は教会のお偉いさんに名前を確実に覚えられたんだ。気になる奴から要注意人物へと一気にランクアップだ。Do you (どぅーゆー) understand(あんだーすたん)?」


 俺の計画的には、権力者に目を付けられることを避け、最高のタイミングで最強の一撃を加える予定だったのだ。しかし、ヴェルディのせいで全てが台無しだ。

 枢機卿と直接顔を合わせることになってしまったうえに、使徒だとばれて教会の良い意味での要注意人物となった。何をするにも、また更に外からの目を気にする必要が出てきたというわけで、行動に制限さえ生まれる事案だ。


「だいたいもっと言うならな。この体には制限が多すぎる。昼間は外をろくに歩けないし、ニンニクも食えない」

「あくまでも<耐性>ですから。死なないというだけで苦手なものは苦手になります、とご説明したと思うのですが」

「いや、それはない。俺はそんな説明は受けてないぞ」

「う~ん。ヴェルを擁護するわけじゃないけどさ。あんまりチートを与えすぎると世界のバランスが崩れちゃうから、神としても限度があるんだよね。その分【真祖吸血族スペリオルヴァンパイア】の<血液魔法>は強力だし、陽光下では弱体化するけど戦場を選べば最強であることに間違いはないからね」


 トロピカルジュースをストローで飲むレインが人差し指を天に向けてクルクルと回すと、ジュースもそれに合わせて渦を巻く。



「如何なる世界にも理というものが存在し、この世界の生命にも一つの理があるのさ。賢いアリスなら薄々気づいていると思うけど」


 生命の理。それはつまり━━━━


「強者になればなるほど大きな弱点を抱える。いや、弱点があればあるほど強いと言うべきか?」

「ピンポンピンポーン! 大正解!!」


 レインが満面の笑みで飛び上がり、スッと目を細めた。


「この世界において、生命の強さと弱点は比例関係にある。グラフの原点は【人間種(ヒューマ)】。彼らには長所も短所もなく、敢えて言うなら個体数が最も多いことくらいしか誇れるものがない。

 他にもいくつか例をあげてみようか。最強の種たる【龍種(ドラゴニス)】は、力において他者の追随を許さないが、生殖能力が極端に低く個体数は全種族の中でも最下位だ。

森精種(エルフ)】は魔法適正が高いが他種族に比べて腕力に劣る。

 種族とは、かくあれと神々によって創造されたその瞬間からそうあり、これからも変わらない」

「なるほど。それで【吸血族(ヴァンパイア)】は━━━」

「腕力や生命力、魔力等は高いが、陽光下では生存不可能ってわけさ。わかってくれたかな」

「ああ。くそったれな理論だけ」


 たとえ俺が異世界から送り込まれた唯一の存在だとしても、生命の法則から外れることはできない。他でもない『生命』を司る神であるレインはそう言いたいわけだ。


「そうだよ。現時点でもかなりグレーなんだから、我慢してくれると嬉しいな」

「わかったよ。どうならごねても何も利益はなさそうだしな」

「あの‥‥‥私を空気扱いしないでいただけませんか」


 俗に言う創造神話ってやつも、実際に神本人に聞いてみれば実感も湧くってもんだな。


「昼間に弱いなら血のストックを貯めればいいのさ。それを考えると、血税ってのはとっても良い考えだね」

「これから戦争になった時のことを考えるとな。畑から採れるわけじゃないし、人的資源は有限。少しでも俺が戦って損耗率を下げられるならそれに越したことはないだろう?」

「だねだね。そうやって工夫していく姿勢、僕は大好きだよ。だから油断しちゃダメだからね。人は慢心した時が一番危険なんだから。それこそ、貴族には暗殺が付き物だよ」

「暗殺ね‥‥‥。ぶっちゃけできるのか?」

「ちょっと僕の手を握ってくれないかい?」


 俺はレインの言うとおりに差し出された手を握る。するとレインは俺の手を握ったまま暫く目を閉じて何かを考える様子を見せる。


「何だったんだ?」


 せっせっせ~のよいよいよい♪と俺の手を降り回しているレインに咎める視線を向けつつ尋ねると、レインは大人しく手を離して俺の瞳を見つめてきた。


「君の体を見たんだよ。ヴェルの暇潰しに付き合わせたせめてもの礼として、生命神の僕なりのアドバイスをあげようと思ってね」


 ほう、アドバイスとな‥‥‥‥興味深い話だっただけに、俺はレインの方へグッと体を乗り出す。


「君の体は非常に強くあれと創造されている。でもね、さっきも言ったけど無敵じゃない。今後、アリスの最大の敵となるのは銀だ。普通の【吸血族(ヴァンパイア)】であれば銀の武器で傷つけられれば皮膚が灰となり死んでしまう。君はそうは作られていないけど、陽光下で銀による傷を得ようものなら確実に重症となる」

「‥‥‥本当かそれは」

「本当さ。あと、夜だったとしても満月の日は戦闘を避けた方がいい。【吸血族(ヴァンパイア)】は暗闇であればあるほど力が増すからね」

「重症ってのはどれくらいだ?」

「う~ん。程度にもよるけど、大きな傷だと苦しくて発狂するほどかな。皮膚が少しずつは灰になってボロボロと崩れる感じかな。勿論、<耐性>を持ってることに変わりはないからすぐに死んだりはしないし、回復魔法でどうにかなるけど」


 サラッと言ったが大問題だぞこれは。俺は、絶対に銀には気を付けようと固く心に刻み込む。

 生命神の忠告はありがたく受け取っておかなくては痛い目をみるだけだ。なにせ彼女はその道のプロなのだから。






 ◇◆◇◆◇◆




 それから暫く話し込んだ気がする。太陽もないし腹もすかない空間においては時間という概念がないため正確な時間はわからない。感覚としては二、三時間程度といったところか。


「さ、そろそろ帰りたいんだが。できるか?」

「勿論。じゃあ、また会おうね。あ、そうそう。加護を与えることはできないけど、何か困ったことがあったときはできる範囲でってことになるけど、僕も力になるよ。海を手に入れたら挨拶に来てね」

「王国西部に海はないからまた先になりそうだな」


 レインが指を鳴らすと俺の体が七色に包まれていく。それはこの空間から退出する証だ。

 視界が光に弾ける直前、ヴェルディがレインに飛びかかる姿が見えた気がしなくもなかったが、ここは敢えて気にすることではあるまいと意識の片隅に追いやる。


 いつの間にか礼拝堂の女神像の前に立っていた。周囲を見回したが伯爵の姿はない。

 神の世界で数時間ほど話し込んだし、もしかしたら執務室に戻ったのかもしれないと考えた俺は、戻ったことの挨拶にと彼の執務室へと向かった。


 絵画や彫刻の並ぶ長い回廊を抜け、中庭を通り、螺旋階段を登って廊下を進んだ所にある大きな扉。

 数時間前のことであるため忘れることはなく、間違いなくラーデルハルト伯爵の執務室だ。


 礼服を整え、扉をノックした。数秒待ったが返事はなく、俺が部屋を間違った可能性を考えたが特にそういったこともなさそうだ。


 はて、伯爵は何処に━━━━━


 念のためもう一度扉をノックしてみようかと思ったところで、勢い良く扉が開かれた。

 引き扉であるため危うく俺の顔面を襲うところだった衝撃をかろうじて回避し、抗議をしようと反射的に閉じた目を開き━━━━


「この愚か者め!」


 直後、俺の頬に衝撃が走り、渇いた音が廊下に木霊した。






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