11 発展するハミルトン
ハミルトン領のある位置を王国西部へと変更します。
「うおっ、数か月前と全然違うじゃねえかよ」
「もはや別の街っすね~」
「寂れた辺境の街とは言えないですなぁ」
その男は数十人の部下を引き連れ、マレンディの街の門をくぐった。そこに広がっていたのは、魔物の討伐依頼のために数か月前に訪れた寂れた街ではなく、数えきれない人で賑わう都市とも言うべきものである。
職人姿の人々や遠方から来たと思われる商人、都市の住民が大通りには溢れ、その種族も様々だ。
マレンディがこれほどの発展を見せているのにはわけがある。それは、この街が他の街よりも住みやすいからに他ならない。
このマレンディは数か月前までは人口が千人に満たない寂れた街であったうえに、領主は極貧で街も貧乏とあって他所から訪れる者は少なかった。
しかし、領主が変わればそれは一転したのだ。新領主は有り余る財力で莫大な借金を利子も含めて完済した。そして、このハミルトン領の発展のためにと、以前より凶悪な魔物の跋扈するムーア大森林の開発の道を自ら開いた。
ムーア大森林は未開発で、巨木が生い茂り奥地には貴重な魔鉱石まで眠っていた。ムーア大森林産の木材と魔鉱石により、ハミルトン領は潤いを取り戻したのだ。
この英雄譚とも言える話は確かに称賛に値するが、普通の人であれば全く関係のない別世界の話だろう。男もその一人だったし、凄いなぁとは思ったものの、だからと言って何かをするつもりなどは全く無かった━━━━その話を聞くまでは。
ハミルトン領の発展はなにもマレンディに限ったことではない。ムーア大森林の魔鉱石の採掘場には鉱夫の街ドルベルデルクができているし、森のすぐ側にあるミンスル村も街と呼べる規模にまで発展した。
その他にも、ザクスフォード男爵家の移民は積極的に受け入れるという姿勢により、ハミルトン領各地に集落が生まれている。
マレンディとミンスル、そして大街道からハミルトン領に入って最初にある街であるビビッドの発展は特に著しい。
だが、そのザクスフォード男爵家は一つの問題を抱えていた。ザクスフォード家は先代の愚行によって信頼と家臣を失っており、急速な領地の発展によって深刻な人手不足に陥ったのだ。
そんなある日、マレンディの中央広場に一つの張り紙が貼られた。
『身分、種族、性別を問わず優秀な人材を求む。我こそは他者より秀でた一芸ありと言う者は、試験こそあれど中央街の新築別館の門を潜られたし。その能力に応じて給金も弾む』
新領主はマレンディを発展させるべく、商人を呼び寄せ、職人を厚待遇で招き、移民には家を格安で販売していたため、その頃には既に倍近くの人口を抱えていた。
その張り紙の噂はすぐにハミルトン領どころか王都にまで広まることとなる。
男もまた、その噂を聞きつけ、武官としての仕官のためにこのマレンディを訪れていたのだ。
彼は総勢九十七人の傭兵団の長だ。まだ軍隊と言うべき組織が出来上がっていないと聞き、自分等を高く売り込もうとこの街を訪れていたのだ。
さすがに百人近くの大所帯で押し掛けるのも迷惑であろうと考え、途中の酒場で部下と別れ、男は副団長と参謀を含めた三人で別館へと向かっていた。
道中、マレンディの街並みを観光しながら。
「すまない。一ついいだろうか」
「おっ、あんたも噂を聞き付けてきたのかい?」
男はたまたま通りすがった町人風の【森精種】の男に声をかけた。聞くところによると発展前からマレンディに住んでいたというエルフ男は、人懐っこい笑みを浮かべながら、何でも聞けよと胸を叩いた。
「試験をやってる別館の場所が知りたい。以前とはまるで景色が違って困ってる」
「そうだろ? これも全てはアリス様のおかげさ。商人が集まるようになったから街も賑わいを見せるようになったし、家やら武器やらを作る職人を厚待遇してるから物も溢れるようになった。人が集まるから店は儲けて給料も上がってる。もはやここは別の街と言っても間違いはないね。勿論、良い意味でだぜ。おっと、失礼。別館はそこの角を曲がって右にあるぜ。ま、行けばすぐにわかるさ」
機嫌が良いのか笹穂耳をパタパタと揺らすエルフ男の声音には領主への確かな尊敬があった。以前であれば領主と聞けば眉をひそめて当たり前だったことを考えると、マレンディはやはり大きく変わっている。
「ありがとう。ところでさっきから気になっていたんだが、少し前に通りすぎた矢鱈と人が並んでいた建物は何だったのだろうか。飯屋や宿屋のようには見えなかったのだが‥‥‥」
男はマレンディの中心街の一角で見かけた奇妙な人の列がどうにも気になって仕方がなかったのだ。店にしては看板等がなく、昼時でもないのに人が並ぶのは不思議だった。
男の問いに、エルフ男は納得の表情を浮かべて数度頷き、領主邸の方を指差した。そして、訝しげな表情を浮かべる男を見て、まあそうなるよなと笑いながら疑問の問いを口にする。
「あれは新しい税さ」
「税?」
「そうそう。血税っていってな。十五歳から五十歳までの男女は一年に一回、自分の好きな時でいいが一定の量の血液を税として納めなくちゃならないのさ」
「血を納めるのか!?」
「あぁ。まあ、物騒に聞こえるが、酒のジョッキ一杯程度で健康を害する程じゃない。アリス様は【吸血族】で、血液は生きるためには必要だ。俺達領民は誰もがアリス様に感謝してる。礼だと思いこそすれ、文句を言うやつなんていやしないさ」
「へぇ‥‥‥そりゃまたすげえな」
年にジョッキ一杯のみで日にちも指定されていないなら大した負担ではないだろうが、それでも血液を提供する行為には忌避感を抱きそうなものだが‥‥‥確かに並んでいた者達は皆笑みすら浮かべていた。
この時点でアリスという新領主の人望が厚いことが確定された。金持ちだけでなく貧困層まで笑顔が見れる街は良い街である一つの基準となる━━━エルフ男も身なりが良いとは言い難い。
「ゾイット。どう思った?」
「団長こそどう思われたのですか?」
「俺は良い主になるんじゃねえかと思ったぜ」
「同感ですな。それに、前任者とのしがらみがないというのも素晴らしい。努力次第では千の兵を率いることも可能でしょうな」
「団長が千人長!? そりゃすげえな」
参謀のゾイットは傭兵団の参謀で軍略に明るいだけでなく、団長の相談役も兼任している傭兵団の頭脳というべき男だ。男は特に彼の人を見る目には一目おいている。
これからもし、領主への謁見が許されたならば、ゾイットの意見を重用するつもりでいた。なお、副団長は力だけは団員一なのだが、脳筋であるため彼の意見を聞くことはしなかった。
「まあいい。さて、ここか‥‥‥」
「間違いなさそうですね」
「うおっ、人が多いっすね」
「当たり前だ。己の力に自信がある内政屋、そして俺達のような流れを止める傭兵には願ってもない機会なんだ。それ以外にも、何としてもこの機会にと賭ける奴は少なくないだろう。賢い頭は落ちたとしても上手いからな」
そう、少なくとも先代のようにはなるまい━━━男は蒼い空を仰ぎ見て大きく息を吸い込むと、二人を連れて別館の門をくぐった。
◇◆◇◆◇◆
俺は別館のベッドで昼寝をしている。耐性があると言っても日光に当たって灰にならないというだけで、昼間はどうしようもなく眠い。
最近は内政官も増え、俺の仕事も大きく減った。やることと言えば賓客が来たときの対応と、試験場にめぼしい奴が来たらそいつを直に値踏みするくらいだ。
別館の大部屋では、<鑑定>を持つティナ、筆頭内政官のバレムントと彼の強面の部下四人の計六人による圧迫面接が現在進行形で行われており、六人の重圧に飲まれて失敗してすごすごと背を丸めて逃げ帰る者も後を絶たない。
「ご主人様」
「ん、んあっ?」
暫く現実と夢の世界の入り口を行ったり来たりし、丁度夢の世界に旅立とうとしていた頃、別館付きのメイドの一人の声によって強制的に現実へ引き戻された。
上体を起こし、再び閉じようとする瞼を擦りながらメイドを視界に捉える。
「何だ」
「パーレ筆頭内政官様がお呼びとのことです」
「あぁ‥‥‥わかった。すぐに行く」
どうやらティナとバレムントのお眼鏡に叶った者が現れたらしい。
名残惜しいベッドの温もりから離れ、腕を伸ばして大きく背伸びをし、上半身を左右に捻ってコキコキと腰骨を鳴らす。
「さて、試験場に行く前に‥‥‥」
「あっ、ご主人様、それはッ‥‥‥んあッ、んんんんッッ!!」
メイドを抱き寄せてその肩に食らいつき血を啜る。血税で集める血液も悪くはないが、やはり直接啜る美女の血液が最高だ。
元々の味も鮮度も比べ物にならない。
床に内股でへたりこみ、股の間に手を挟んで放心するメイドを置いて、腹を満たした俺は上機嫌で部屋を出て試験場の部屋へと向かった。