宴の席
「久しいな、陳祇」
「多忙を極めておりました。董允様は、政務に加えて近衛兵の管轄まで行っていたというのですから、私も舌を巻くばかりです」
「何だ、自分ばかりが忙しいとでも言わんばかりの物言いだな?」
「違いますか? 費褘様は、相も変わらず宴会をよく開いてらっしゃると聞いておりますが」
「ふっ、あれも仕事の内だ」
今日は陳祇にとって、久々の休暇であった。
というのも、外交上は特に動きはなく、内政も穏やかであり、大きな問題はない日々が続いているのだ。
劉禅もこの朗らかな日に、皇太子の「劉セン」を連れて、庭園でささやかな宴を楽しんでいるらしい。
その劉センの友として最近よく共に遊んでいるのは、姜維の子である「姜毅」、そして諸葛亮の孫、諸葛瞻の子である「諸葛尚」とのこと。
勿論その子供達や、夫人らも伴っての宴会になっており、今回に限っては陳祇の出る幕は無かったのだ。
ならばということで、今は、費褘に招かれて久しぶりに二人で酒を飲んでいた。夜には、また宴だ。
「姜維もたまの息抜きで来ればよかったのだがなぁ」
「最前線の大将です、そう簡単な話ではありません。それに、張嶷将軍よりキツく叱られているらしく、気を抜けないのでしょう」
「鄧芝殿亡き今、姜維に臆することなく悪態を吐けるのは、張嶷殿くらいのものであろうな。張翼殿もまぁ、口煩い人だが、戦以外の事で他人に口出すことは無い」
涼州方面、隴西の地域を守るのは、鄧艾という非凡な将であった。
とにかく地形に明るい、というのが陳祇だけでなく、全員が抱いた印象だろう。
この複雑な西方の地形を、まるで何十年と住み歩いているかのように熟知しており、防衛の組み立て方も兵法に良く適っていた。
ここが地元であった姜維ですら、そんな鄧艾の防備に隙を見出す事が出来ずにいるらしい。
隴西地方は現在の北伐戦略上、決して無視はできない土地なのだ。
その事実だけを見ても、姜維の心労が伺る様であった。
「まぁ、姜維に無理なら、誰がやっても無理だろう。政変の波が雍州防衛軍にまで波及すればあるいは、だが夏侯覇が居なくなって、郭淮は軍を完全に掌握してしまったな」
「綻びを生み出す。それは、出来ない話ではないかもしれません」
そんな陳祇の呟きに、費褘は杯を煽る手を止めた。
「お前も、そんな顔をするのか」
「といいますと」
「悪い顔をしていた。暗く、狡猾で、燃えるような目だ」
そして、杯を煽る。
酒で僅かに頬を紅くしながら、費褘は心配そうに微笑んでいた。
「言うべきでは無いのだろうが、それはお前の性分ではない様に思う。あまり裏側に、そして遠くへ手を伸ばすな。何に噛まれるか分からないぞ」
「それでも、そうしなくては届かないものもありましょう。姜維が届かない場所へ、手をやるのが私の役目です」
「陛下が時々、ハッとする様な熱を放つ時がある。なるほど、お前を見て良く分かった気がするよ」
ただ、覚えておいて欲しい。
心の底では他人を信用出来ず、謀略ばかりに手を染めていた呉帝、孫権の最後を。
最後の最後で、誰にも信用されなくなった、あの寂しき名君の姿を。
酒の香りが、心地良く鼻を抜けた。




