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側に居る者

「あぁ、よくぞ受けて下さいました。心よりお礼申し上げます、張嶷殿」

「鄧芝殿が受けぬなら、仕方ないじゃろうて。ただし、条件はあるぞ。儂は、実権の無い名誉将軍なんぞになるつもりはない。兵を挙げることあらば、常に儂が先鋒じゃ。文句も言わせん」


 出迎えてくれた費褘に対して、張嶷は出合頭に条件を突き付けた。

 既に老い、足も病にて不自由な中、まだ戦線に立とうとするその気骨に、費褘も苦笑いを浮かべるしかない。


 ただ、それと同時に心強くもあった。

 数多の部族が存在し、この長い歴史の中で、決して誰の支配にも屈することの無かった、南蛮の民達。

 彼らの抵抗を全て受け止め、戦術だけでなく、心での戦でさえ負ける事が無かった常勝将軍が、この張嶷なのだ。


 張嶷が南蛮統治を行う前は、張翼将軍が兵を率いて駐屯していたことがある。

 確かに張翼将軍の戦術眼には抜きん出たところがあり、蛮族の反乱などは容易く蹴散らした。

 しかし、法に厳格で、武力をもって民心を押さえつけた為に、かえって大きな反発を招いたのだ。


 そこで代わりに派遣されたのが、馬忠と張嶷であった。

 馬忠は部族の一つ一つと粘り強く、腰を据えて、互いに理解し合おうという姿勢を見せ続けた。

 そして張嶷が、実際に抵抗をしてきた部族の頭首だけを討ち、時に苛烈に、時に博愛の精神でもって、皆を屈服させた。


 二人が行ったのは、心の戦である。

 常に敵の立場となって、物事を見聞きする。張嶷の戦は全てそこから始まるが故に、決して負ける事が無かった。


「それで、その方々は?」


 費褘は張嶷の乗っていた兵車を囲むように、御者を務めている奇怪な面々に目を向けた。


 全身が赤茶色の者、黒き塗料で顔中に文様を描いている者、虎の毛皮を頭から被っている者、動物の骨で作られた装飾品を数多全身に付けている者。

 男も女も入り混じった、三十名程の奇抜な戦士達。見るだけで、誰もが相当な手練れであることが伺えた。


「南蛮の各部族の頭首達だ。どうしてもついてくると言って聞かぬのでな、側近や御者として使っている」

「馬忠殿の時は、この様なことは御座いませんでしたが……」

「儂が接するのは各部族の戦士達、馬忠殿は長老や子供達、その違いであろうよ。流石に老人子供は土地から離れるわけにはいかんでな」


 まるで張嶷を王の様に想い、慕っている面々である。

 もし、この張嶷が南蛮で反旗を翻したなら。

 あり得ない妄想に、費褘はうっすらと冷や汗をかいた。


「彼女も、またどこかの部族長と、いうことでしょうか?」

「そうだな、今は儂の護衛だ。腕っぷしはここの誰よりも強いぞ? さらに、象をも乗りこなす」


 ケタケタと笑う張嶷の傍らに立つのは、浅黒い肌の女性である。

 全身が筋肉質で、動物の皮を用いて作られた軽装である。

 非常に勝気な顔付であり、整っている。何より、その人並外れた大きさの胸に、嫌でも目が行ってしまう。


「あまりジロジロ見ると、首を折られるぞ? 実際に何人も折られとる」

「気を付けましょう」


 張嶷を連れ、宮廷へと足を進める。

 今日は劉禅が張嶷と謁見を行う日であった。

 周囲の御者や側近を宮廷の外で待つ様に命じ、張嶷は杖をついて進む。



「費褘様、お呼びでしょうか」


 側近の一人であろうか。

 まるで女性の様に綺麗な顔立ちの者を、費褘は手招きして近くへと寄せた。


「陛下の他に、今日参内しておる主な者は居るか?」

「いえ。陛下が張嶷様と気兼ねなく話されたいとのことであり、費褘様以外の官僚は同席を許されておりません。陳祇様もです」

「そうか、分かった」


 従者は恭しく頭を下げ、さっと道を譲った。

 その身のこなしを見て、ただの従者では無いと、張嶷は訝しんだ。


「さっきの者は、どなたかな?」


「私の食客で、剣術の心得もあったので、最近は側近として取り立てております。名を郭循かくじゅんと申します」

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