土産
「一兵たりとも逃すな!」
郭淮の檄が飛ぶ。
来た道を辿る様に、再び動き出した騎馬隊を押し潰さんと、歩兵が殺到した。
生きて、夏侯覇を包囲の外へ。各々の兵は、殺到する敵に向かって身を挺して壁となり、隊の行く手を守り抜く。
先頭は旗下の三百騎。まさに力押しで、無理やり道を切り開き、黒い鎧は己が血と敵の血で赤く染まっていた。
一枚一枚、衣が剥がれる様に、騎馬隊は数を減らす。
ただ、それでも止まらない。
たった千だ。それも、一度は勢いを失った千だ。
それでも、いくら郭淮が兵を叱咤したところで、獣の、息の根を止める事が出来ない。
そんな中、陳泰は、動きたくても動けずにいた。
再び前線に立てば、夏侯覇は恐らく、再戦を仕掛けてくる。
獣が、息を吹き返すに違いなかった。
その時、自分が死なない保証など、無い。その一手で全てが覆る事もあり得るのだ。
包囲殲滅に、賭けるしかなかった。
万全の準備を施したこの一戦で、夏侯覇を討ち漏らす様な事があってはならない。
千が八百に減り、五百、三百。徐々に剥がされ、中心を駆ける夏侯覇の姿も見えた。
ついに、包囲を突破。たったの五十騎。皆、旗下の者達であった。
先頭を駆けていた、あの側近の配下の姿は、無かった。
「将軍、お逃げくだされ。我々が、殿を務めまする」
包囲を突破されたことに焦ったのか、ついに陳泰自ら、追撃を開始。
それを見て、夏侯覇は静かに振り返る。
「夏侯将軍!?」
「付いて来い。お前らが俺と、夏侯覇と共に戦う、最後の戦だ。礼を言う」
追撃の為に突出した陳泰の部隊に、夏侯覇自ら躍り出た。
五十騎となってもなお、獣は死んでいなかった。
万を越える魏軍の全てが、夏侯覇一人の殺気に、思わず怯んだ瞬間だった。
「逃げたと言われるのは癪でなぁ! お前の首を貰うぞ、陳泰!」
「満身創痍で、何が出来る!」
一合目。
互い言振り上げた槍同士が、火花を散らして激突した。
しかし、新しく変えたはずの陳泰の槍は、持ち手半ばから砕け散ったのだ。
すかさず、剣を抜こうとする。
しかしそれを、夏侯覇は見逃さない。
「土産に腕を、貰っていくぞ」
剣の柄に手を掛けた陳泰の右腕は、肘の関節を境に、斬り落とされた。
「もう、会う事もあるまい」
夏侯覇はそのまま、鮮やかに逃げた。
五十騎が皆、命を捨てて喰らい付き、追撃を阻む。
全員を討ち殺した時には、既に夏侯覇の姿は消えていた。




