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儚い願い

 自分の立場がどういうものか、自分が一番分かっている。その性格もだ。


 夏侯淵。


 それは、父の名であり、この魏の建国を成し遂げた功臣、名将として大きく名を馳せていた。

 幼い頃より、何よりの誇りであった。

 父に恥じぬように、戦場でも必死に命を賭けて来た。

 全ては、父を始めとした、多くの将兵たちが命を捨てて築きあげたこの国の、未来と繁栄の為に。


 しかし今、国政は司馬懿の手に落ちた。

 正面から戦いを挑まず、命を捨てる危険も冒さず、陰湿で狡猾な手段を用いて、政権を完全に掌握したのだ。


 これが、曹魏の建国時から重臣として仕えていた男のやる事か。忠義は、正義は、奴の胸に無いのか。

 曹爽の政治が悪かったなら、曹爽のみを罷免するだけにして、後を夏侯玄に任せればよかった。

 何も、曹爽とその一族、側近までの全員を処刑する必要は無い。

 夏侯玄も、罪はないのに軟禁している有様である。


 これは、皇族や曹氏の血筋を排除し、司馬の血脈で政権を固める事を宣言しているも同じである。

 現に、そうなっていた。


 陛下を救わなければならない。

 このままでは、ただの飾りに過ぎない存在に成り果てる。あまりにそれは痛ましく、この上ない屈辱であった。

 そして夏侯玄は従弟でもある。

 彼が罪を受ければ、間違いなく、その謀略の手は自分の身にも届く。


「また、難しい顔をされておいでです」

「振り上げた剣を、どこへ下ろせば良いのか分からない」

「私には、その心中を推し量ることが出来ません。されど、将軍には生きていて欲しいと、願わずにはいられないのです」

「俺は武人だ、戦場で絶対は無い。むしろ、生きようとした者から死ぬ」


「だからこそです。分不相応な事を申し上げていることは承知です。ですが、戦場に赴けない女は、愛する人に帰ってきて欲しいと常に願っております」

「愛する? 俺をか?」

「あの日お救い頂いた時より、ずっと」


 常に怯えて、気弱な性格であるのに、胸を貫かんばかりの強き眼差しであった。

 愛おしくて、たまらなくなった。

 いきなり、その小さな体を抱き上げる。


「苦しくはないか」

「え、えぇ、もう、大丈夫です」

「そうか。ならば今晩は、俺に付き合ってくれ」

「な、私なんかでは、ご迷惑をお掛けしてしまいます!」

「俺がお前を抱きたいのだ」


 まだ、女は困惑していた。

 その軽い体を抱えて奥の居室へと進みながら、従者へ、吐瀉の掃除を命じた。


「本当に、よろしいのですか?」

「これが最後だ」


 男の───夏侯覇の言葉で全てを察した女は、涙を堪えて、強くその首元へと抱き着いた。



 朝、目を覚ますと、女の姿は既に無かった。

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