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滾り

 血が、滾っていた。

 それはどうしようもなく抑え難いもので、ふとした瞬間に、側に居る人間を切り殺しかねない勢いであった。

 それでも、感づかれるわけにはいかなかった。


 気晴らしに、よく狩りへ出かけた。

 出来るだけ残虐に、動物の急所を外すように矢を打って、苦しむ様を眺め続ける。

 怪しまれないよう、自分も年を取ったと、配下には出来るだけ笑顔を見せた。


 夜、一人になったとき、その熱は溢れ出す。

 悲しさと、怒り。

 とめどなく押し寄せて、この胸を突き刺した。


「将軍、また頭痛ですか?」


 肌の浅黒い、間の抜けた顔の女だった。まだ二十になっているかどうかという若さの、子供である。

 以前、各地域を巡察していた時、兵士が数人で彼女に乱暴を働いていた。

 普通なら見逃すところであった。こういう息抜きも兵には必要だからだ。

 そうでなくては兵は命を賭けて戦おうとはしない。


 しかし、どうしても人を殺したかった。

 だからその兵達を軍令違反として、自らの手で切り捨てた。久しぶりにすっきりしたのを覚えている。


 女は、異民族の出身らしく、身寄りもなく、村の雑用として虐げられていた。

 体に刻まれた複数の傷。顔も田舎育ちらしい野暮ったいもので、如何せん地味である。

 ただ、それでも不思議と目を惹いた。

 胸や腰回りは豊かに肉がついていて、泣きそうな表情はどうにも嗜虐心をそそるのだ。


 俺の言う事の全てに従っていれば、人並みの暮らしをさせる。それとも、ここで一生虐げられて生きるか。

 そう問うと、怯えとも感謝とも見える涙を流しながら、女は付いてくることを選んだ。

 それからは、こうして身の周りの事をよく任せていた。


「あぁ、すぐに止む、心配はするな。医者もいらん」

「私は居ない方がよろしいでしょうか」

「……いや、こっちに来い」


 別に、頭痛で苦しんでいたわけではない。

 無性に滾るこの怒りの行き場が、見当たらなかっただけなのだ。

 腕を伸ばすと、女はビクッと怯えて、目を閉じた。

 全てを受け入れる、そう言いたいのだろう。浅く両腕を広げ、無防備な姿になった。


 その首を、右手一本で握り締める。


 さほど力は込めていない、それでも女は苦し気にカヒュッという呼吸を繰り返し、涙をぼろぼろと流す。

 もう少し力を籠めたら、完全に締まる。そうでなくてもこのまま少し時間を掛ければ、死ぬだろう。

 それでも女はその首に手を伸ばすことなく、痙攣しながら、懸命に両腕を左右に広げていた。


「ガハァッ! ……ハッ、ハァーッ、ハァーッ!!」


 首から手を放すと、その場に崩れ落ちて、懸命に酸素を求めながら、嘔吐した。

 体の内にある熱は、とうに消えていた。一時的なものだと分かっていても、それでも十分であった。


「すまない」


 そう言って、激しく上下する背中が落ち着くまで撫でる。

 小さな体だった。自分の息子や娘達よりも、まだ若い。


「いけません……将軍に、そのような。汚れて、しまいます」

「それがなんだ。悪いのは俺だ、何故怒らない。どうして抵抗しなかった。死んでいたかもしれないのに」

「将軍が生きてさえいれば、それで構いません。将軍が望むのなら、どうぞ殺してくださいませ。それが、私の幸せです」


 ぐしゃぐしゃに汚れた顔で、女は笑った。

 首には痣が出来ている。手には、まだ柔らかで脆い感触が残っていた。


「俺には、分からん」

「それで良いのです。私の事なんて、その程度に思っていただいて構わないのです。ご迷惑をお掛けしたくはありません」

「迷惑なぞ、感じたことは無い。お前がこうして側に居てくれなければ、俺は、とっくに死んでいる」

「……どういうことですか?」

「気にするな」

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