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僅かな揺れ

 高平陵の変について、逸早く情報を握ったのは、陳祇であった。


 雪花を用いたその情報網は広く、そして深くまで根を張っている。

 洛陽における変事についてはほとんど陳祇の耳に入っていた。


 流石だと、舌を巻く程に迅速なクーデターであった。

 行動は以前から予見はしていたものの、立ち上がりから掌握に掛けてまでの一連の流れがあまりにも早い。

 ほとんど混乱することなく、主権は司馬懿の手に移ったのだ。

 これを主導した人間は、曹爽だけでなく、中華全土を手玉に取るような権謀を持っていると考えても良い。


「司馬師か」


 雪花は頷く。

 司馬懿の長子である師は、稀代の謀略家であると見ていた。

 父の陰に潜み、司馬派の人間を抱き込み、曹派の人間を徐々に削っていく。

 そうやって気づかぬうちに罠を張り、機を見て全てを処刑する。

 気づいた時には全てが終わっていた。完璧な手際である。


「確かに、司馬師の謀略は非凡です。しかし、司馬師と司馬昭、この二人の兄弟が手を組んでいるからこそ、恐ろしいのです」

「司馬昭、弟の方か」


 父によく似て、相当優れた軍才を持った将軍である。

 先の興成の役では、姜維率いる精鋭部隊の足止めをやってのけるほど、その用兵術も非凡なものがあった。

 恐らく今、魏において最も優れた軍略家は司馬昭であると言える。

 しかしその性格は兄の司馬師と似ておらず、明朗闊達な軍人であった。

 司馬師は、常に暗躍している不気味さ孕んでいると聞く。


「兄の司馬師が裏で糸を引き、国の権力を独占。ただ、裏の人間はとかく嫌われやすいものです。それ故、人望は司馬昭に靡きます」

「抜け目が無いな……これでは、魏は司馬兄弟のものとなるであろう」

「現に、そのようになっております」


 歳はさして自分と変わらないはずだ。

 それなのに、あの大国の魏を手中に収めてみせた。

 あまりにも完璧なのだ。自分がこう感じているというのなら、他にもそう思っている人間も居るだろう。

 そこに、大きな揺さぶりをかけて、その権力が揺るがないのかを見極めなければならない。


「カン丘険、諸葛誕、夏侯覇、この三人を揺さぶろう」


 それぞれ各方面で軍を任される優秀な将軍達の名だった。

 カン丘険は北方の異民族の討伐や鎮圧で多大な戦功を挙げている勇将である。

 諸葛誕は南方で呉方面の守備軍を率いており、現在の魏の軍部では、最も有力な将軍であると言える。

 そして夏侯覇は、言わずもがな、姜維に勝るとも劣らない騎馬隊を率いる猛将だ。


 いずれも、夏侯玄と近しい関係で、曹派の者達である。

 その夏侯玄は今、完全に司馬派によって幽閉されていると言っても良い状態だ。

 殺そうと思えば、いつでも殺せる。風前の灯火であった。


「反意を決意させずとも、揺さぶるだけでいい。こちらの北伐時に、動けるくらいの気持ちにしておきたい」

「ただ揺するだけなら問題ないですが、その決意の時期までは、難しいでしょう。皆、第一級の将軍達です。その辺りの戦機となる判断は、必ず自分で裁量します」

「ふむ、そういうものか……」

「一つ申し上げるとすれば」

「なんだ?」

「恐らく、夏侯覇将軍は、揺さぶりをかけるまでもない、かと。すぐに兵を挙げると思われます」


 辺りを見渡し、今の雪花の呟きが漏れていないことを確認する。

 陳祇は難しい顔をしていた。


「良いか、誰にも言うな。姜維にもだ」

「如何しましたか?」

「こんなに早く動くというなら、夏侯覇は相当真っすぐな男だ。そういう男は、謀略を最も忌み嫌う。ありのままで、姜維には会って貰った方が良い」

「夏侯覇将軍が、寝返ると?」


「彼が、死ななければな」

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