精鋭
「涼州から豪族らの人質を確保した後、兵や民を徴収。その後、漢中へ帰還する。その為にもこれより、軍を三つに分けようと思う」
首を傾げ、意見を述べるのは蒋斌である。
「迫る敵軍は三万であり、こちらの三倍です。力を分散させるよりも、集中させた方が良いのではないでしょうか?」
「今回は敵を討つ為の戦ではない。勝とうとは考えない事だ」
姜維の意図を組んでいるのは張翼ぐらいであり、蒋斌は回答を聞いても、言わんとしてることがぼんやりと理解できたまでに過ぎない。
廖化と傅僉はそもそも考えてもおらず、指示を受ければその通りに動くだけだという意思を見せている。
確かに、戦って勝とうとするなら、力の分散は避けるべきである。
既にここは敵地であり、ゲリラ戦が行えるほど地形を把握しているわけでなく、援軍を見込めるわけでもない。
ただ、今回は涼州の民を移住させることが狙いである。兵力を集中させる意味は特になかった。
「一つは、人質を確保し、退路と連絡線を維持する部隊。一つは、涼州の豪族らを徴兵する部隊。一つは、全体を自由に動く遊撃部隊だ。それぞれ順に、四千、五千、五百程の兵力を配置する」
四千を率いるのは、廖化。副将に傅僉とした。
この部隊は涼州と雍州を結ぶ「狄道」の地に近い「成重山」に拠り、集められる人質を確保していく。
また、漢中と戦場を結ぶ連絡線を維持する事も主目的となる。
敵は間違いなくこの部隊の撃破に向かうだろうが、山に拠っていることで、数倍の兵力であっても、廖化の統率力であれば耐えるのは容易だろう。
傅僉を攻撃用に付けることで、自由に繰り出し牽制を行う動きも可能である。
五千を率いるのは張翼。蒋斌はその傍に付ける。
こちらが軍を分ける事で、敵も軍を分けざるを得ない。
どうしても戦いを行わなければならない部隊であり、もし劣勢となれば、豪族らは蜀軍を見限る危険も孕んでいる。
となれば、全体を見て、巧みに用兵術を扱う張翼が適任である。
もしこちらが戦況を維持できれば、豪族は靡き、兵力も増すことが可能なのだ。
蒋斌が学ぶには、最も良い師となるだろう。
「五百の軽騎兵は私が率いる。こちらは兵力で圧倒的に劣る為に、すぐに両部隊へ援軍を走らせることの出来る遊撃部隊が必要だ」
「総大将が、五百ですか。それでは格好がつきますまい。私と姜維将軍の配置を変えた方がよろしいのでは?」
「張翼将軍の率いる五千よりも、恐らく、私の五百の騎兵の方が強い。試されますか?」
「いえ……確かにその通りでしょう。ただ、くれぐれも用心なされよ。総大将は、貴方なのだ」
「有難う御座います」
掛け声一つで、一万の軍はたちまち三つに分かれた。
よく訓練されている。
誰もが蜀軍の中核をなす精兵ばかりだ。
進軍の速度を上げた。
馬蹄が、足踏みが、やがて統一されて、冷えた荒野を震わせた。




