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 童達があちこちと落ち葉を拾い集めては掃除をやっているようだ。

 椅子になる様に削られた丸太へ、並んで腰を下ろした。


「何故、北伐を望む。改めて、お前の口から理由を聞いてみたい」

「この国の存在する意味こそが、北伐であるからです。これを辞めた時、この天下から漢の脈歴は途絶えます」


 魏、呉、蜀。この三国の内、四百年続いた漢王室の正当性を継いでいるのが、蜀だけであった。

 蜀漢が建ったのも、漢室復興の志からである。


 その為にも、北伐は決して辞めてはならない責務である。

 先帝の劉備、諸葛亮、蒋琬、この国家を作り出して来た数多の英傑達の「夢」こそが、北伐に託されているのだ。


「そうか、夢、か」

「はい」

「しかし、私はこの蜀漢の国政を取り仕切る身だ。夢ばかりを見てはおれん、現実を見通さなければならない」


 その政治家としての才智は、恐らく諸葛亮と並ぶとまで評される費褘。

 しかし費褘は、諸葛亮ほど、その名は轟いていない。


 それは何故か。偏に、費褘は「夢」を語らないからであった。


「あれほどの天に愛された才智を誇った丞相ですら、中原を安んずることが出来なかった。魏は、あまりにも強大である」

「されど、丞相は仰いました『座して死を待つより、出でて活路を見出さん』と。攻める事だけが、我らが祖国を守る術でも御座います」

「攻めずとも守れる、この益州は天険に守られた地だ。その事実は、先の興勢の役にて誰もがよく分かっているはずだ」

「費褘様は、国政の方針をこう述べておられます。国を固く守り、逸材の出現を待つ、と。しかし、我が国に逸材が出現する確率と、魏に出現する確率、どちらが高いでしょうか。時が経てば経つほど、窮するのは我らです」


 蜀漢と、魏の国力差は、七倍以上も離れていると言って過言ではない。

 国土も、人口も、生産も、軍も、全てにおいて圧倒されているのだ。

 益州という地だからこそ、蜀漢は何とか生き長らえている。


 だからこそ、魏の統治が揺ぎ無いものになる前に、北伐を敢行しなければならない。

 座していては、差は開いていく一方なのだ。


 費褘もそれが分かっていない訳ではない。

 むしろ、誰よりも分かっていた。痛い程に、分かり切っていた。

 未来を見据えたうえで、費褘は寂しく笑う。


「北伐を諦め、蜀漢は、この益州にのみ根を張る。そういう道も、あるのではないだろうか。漢室の復興、それを願い戦った英雄達は、もう、居ないのだから」

「それは……」


 次の、言葉が出てこない。


 この国の存在意義を捨て、それでもなお、蜀漢が生き残る為の道。

 口に出すにはあまりにも恐れ多い、冷徹なまでに真っ当な現実的未来を、費褘は孤独に、一人で見据え続けてきたのだ。


 蜀が蜀として生きて行くだけなら、正しい。

 しかし、正しくとも、正義は無い。それでは国は、朽ち行くのみである。


「この国の未来を決めるのは、過去の英霊ではなく、今を生きる我らだ。未来を担う童に、枷を残したままにしておくわけにはいかない」

「……費褘様、貴方の考えは、正しい。正しすぎる程です。しかし、人は夢を捨てると、生きる事すら難しくなるばかりだと、私は勝手ながら思っています」


「お前も、漢王室の復興を、夢見る一人である、と?」

「いえ、私が見ている夢は、姜伯約、その人です。あの男に、この国の全ての夢を重ねております。彼を支える事こそが、私に課せられた使命です」

「将軍ならば、北伐を成せると?」

「伯約と、私ならば」


 これ以上の説得を諦め、費褘は立ち上がる。

 そしてどこか、憑き物が取れたような、清々しい顔で笑っていた。


「ならば、私を早く超えてみろ、陳祇。でなければ、いつまでもお前達の壁となり続けよう。私も、私の信じた道を行く」

「はい」


 あまりに、あまりにも高すぎる壁である。

 陳祇は、自分が姜維や費褘のような天才の類では無い事を、良く知っていた。

 しかし、才能が無いくらいの理由で諦められるような夢では無いのだ。


 ふと、歯の抜けた老人を、簡雍を思い出した。


 彼ならばこの国の未来に何と言うだろうか、と。

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