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英雄の傍で

 思わず陳祇は疑問を口に出す。


「先帝の家臣では、無かったということでしょうか?」

「そうだ。旗揚げの頃から、友として、儂は玄徳の側に居た。あれほど見ていて面白い男も居らんからな」

「し、しかし、先帝は簡雍様を卑下にされるどころか、むしろ大いに重用されてたように思います。何か他にご不満が?」

「あ?お前は何を言っとる」


 陳祇と簡雍、互いに話のどこかが食い違い、首を傾げる。

 女は、くすくすと笑っていた。当然だった。簡雍が普通の人間と話をしようとすると必ずこうなる。

 それほどまでに、簡雍という人間は世間から大きく外れていたのだ。


「言っただろう、儂は玄徳の友人として側に居ただけだ。そこに上も下もない。それなのにアイツは偉そうに、儂に官爵だのなんだの、んなもんこっちから願い下げだ」

 二の句が継げない、とはまさにこの事である。

 まるで子供の様な腹の立て方だった。これが、簡雍という男か。二人は度肝を抜かれてしまっていた。

 簡雍にとってみれば、人間に上下なんてものは無いのだ。

 皇帝も乞食も、老人も赤子も、敵も味方も、全てが等しく人間である。

 剛毅な性格で知られる鄧芝ですら、簡雍という人間の底知れなさに、汗を滲ませていた。

 確かに、この男でないと、成都の無血開城は果たせなかったに違いない。


「官爵よりも、酒を飲みたかった。玄徳に一杯、酒を注がせ、儂が飲む。それ以外に儂の望むものなど、無かったのだ」

「簡雍殿は、この三十年、どちらに居られたのですかな」

「各地をあるいた。まずは、故郷の幽州に行ったな。そこで、雲長(関羽の字)と益徳(張飛の字)と、玄徳の死を聞いた。そして呉へ行き、荊州に移された劉璋と会い、病床にあった奴の最後を看取った。それからは、まぁ、行く当てもなくふらふらしてた。北方の烏桓族や、涼州の羌族とも会ってみた。最近は、陸遜に世話になったな」

「な、陸遜と」


 呉の稀代の名将にして、夷陵の戦いにおいて蜀軍を大いに破り、劉備の死の原因ともなった男の名である。

 現在は呉の国内において最高位にあり、国政を司っていた。

 蜀の人間からしてみれば、同盟国の者であっても、心の底では決して許すことの出来ない仇敵なのだ。

 ただ、敵も味方もない簡雍からしてみれば、陸遜もまた、自分と同じ人間に過ぎない。


「こいつは、その陸遜の下に居た。儂が妻に欲しいと言ったら、あっさりと寄越しおった。どうやら訳有りな女らしい」


 簡雍がケラケラと笑うと、つられて女も笑った。

 本当は触れにくい部分なんだろうが、何故かこの間の抜けた笑顔であれば心を許せてしまう。

 これが、英雄である劉備を、常に隣で見守ってきた男の顔か。

 姜維もまた、不思議と見入ってしまっていた。

 その後、ふと陳祇の方を見てみると、心ここに在らずな様子であった。




 近頃、姜維は軍議にもすっかりと参内する事が無くなっていた。

 その理由はというのが、近々どうやら子が生まれるらしい。

 姜維ぐらいの地位があれば、側室を持っていても当然であるし、むしろ大きな屋敷くらいは構えるべきだった。

 しかし、姜維は妻は柳氏の一人のみ。

 屋敷も小さく古いもので、政府から与えられている財のほとんどは、自らの兵や交流のある異民族に与えているらしかった。

 だからこそ、身重の妻を、姜維自身が面倒を見ているらしい。極めて珍しい関係だといえるだろう。

 陳祇は、そんな友が眩く、羨ましくて仕方がない。

 自分もあの様に真っすぐに生きれたらと、常々思っていた。


「なんだ、どうも最近は心ここに在らずだな」

「費褘様」


 陳祇の主であり、この国の大将軍、費褘であった。

 昼過ぎになると、費褘はいつもこうして部屋を訪れた。

 膨大な量の仕事を、費褘はいつも涼しげな顔のまま半日で片づけてしまう。

 すると、費褘は暇になるのだ。宴を開こうにも、皆は夜まで仕事がある。

 だからこうして日が落ちるまで、費褘はいつも陳祇の仕事場で時間を潰していた。


 これが大将軍の地位にある男の行動かと思うと、多少軽率すぎる部分もあるが、むしろこういう性格だからこそ、比較的若い年齢ながらも強固な政権基盤を維持できているともいえた。

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