反撃
何故王平が防衛の名手として、天下に名の知れるところとなったのか。
決して司馬懿の如く戦略家として非凡な訳でもなく、姜維の如く用兵術が鮮烈なまでに巧みな訳でもなく、迷当の如く勇猛無双な武人であるわけでもない。
ただひとつ、誰よりも秀でている点があるとすれば、王平の兵士は皆、よく声を出した。
調練では、陣形の組み方や、武器の扱い方を学ぶよりも前に、声を出す事を徹底させていた。
たとえ死ぬ間際でも、威勢の声を枯らすなと。
傷を負い、後方へ下がったとしても、声を出し続けさせることを体に叩き込ませた。
防衛の神髄とは「士気」である。
それが、長年戦場で戦い続けた末に至った答えであった。
王平の戦いは、如何に兵の士気を上げ、兵の士気を落とさないか。そこだけに集約されていると言って良い。
しかし、実際にそうであった。
士気が高い兵が守る城は、どれだけの小城であろうと、どれだけの大軍に囲まれようと、決して落ちないのだ。
しかし、兵の士気が下がりきった城は、例え難攻不落の巨城であろうと一日で落ちる。
だからこそ、何よりもまず兵に声を上げさせた。声の出る軍は、その盛んさでもって敵を呑む。
どのような戦であろうと、これに勝る万能の策は無い。
王平は小細工の様な策略を用いなかった。用いる必要も無かったのだ。
戦場の喧騒から離れた小さな野営地に、姜維は居た。
兵の数はおよそ五百。
馬は食事の際以外は常に板を噛ませて声を封じ、兵士も皆、私語を禁じられていた。
不気味なまでに、恐ろしく静かである。
姜維は側近の兵のみを連れて、小さな洞窟の中で火を焚きながら、ひたすらに時期を窺っていた。
「柳起で御座います」
小さな声である。姜維は昨晩、己が手で狩った鹿の肉を丁寧に焼いている最中だった。
油の焦げる匂いが微かに満ちており、柳起はその口内がたちまち湿り気を帯びていくのが分かった。
姜維は肉から目を離さず、小さく手招きをする。
「戦況を教えてくれ」
「王平将軍は自ら陣頭に立ち、各砦を自ら周られることで、劣勢であった戦況の中、兵の士気を盛り返されました。これが、決定打だったでしょう」
「曹爽は、最後まで煮え切らなかったか」
「傅僉将軍や、蒋斌殿の働きが大きいかと。おかげで背後に常に気を配っており、郭淮を後方に置いたままにしておりました。ついぞ、魏軍は突破口を見出せておりません」
「費褘殿は」
「八万を率い、漢中手前で一気に進軍を速めております。明日の昼には興勢山に達するかと。これに魏軍は意表を突かれ、慌てて退却の準備にかかりはじめました」
「作戦は」
「馬忠将軍、王平将軍の御両人に既に伝わっています。万事、抜かりありません」
「出立は明朝。外の兵にそう伝えよ」
「御意」




