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戦の予感

 蒋琬、姜維による北伐は失敗に終わり、主力軍は後方基地であるフ城へと引き上げた。

 漢中へ主力軍を留めなかったのは、今回の撤退で蜀の治安に綻びが生じるかもしれないと懸念されたからである。

 フ城からであれば、国内のどこにでも迅速に出陣できる。

 この地は元々、ただの鉱石の発掘地帯であったが、蒋琬が地理的な優位性を見て、軍事拠点へと変貌させたのである。


 現在漢中にいるのは王平率いる守備兵が二万程。

 主力のおよそ五万は、蒋琬や姜維と共にフ城へと赴き、国内の警備を広く担当していた。


 その国内では、人事の大きな変革があったばかりである。

 蒋琬は病を理由に職を退き、その後を費褘が継いだ。

 また、武官の長であった呉班が病没した為、人望厚く、南蛮鎮圧での功績が目覚ましい馬忠がそれを継いだ。

 国策においても「例え国力が充実しようと、当面の北伐は控える」という方針へと大きく舵を切っていた。


 こういう時にこそ、敵は動く。王平の長年の予感がそう告げていた。

 しかしながら国境や、郭淮率いる雍州魏軍に、さほど大きな動きは無い。


「王平将軍、姜維将軍より早馬が来ております。使者は柳起殿です」

「通せ」


 野外で兵士の調練を行っていた為、現在、王平は幕舎の中に居た。

 敵襲も無いのに、その幕舎は兵士で幾重にも守られており、例え危急を伝える早馬であろうと、簡単に通る事が出来ない用心ぶりであった。

 数人の兵士に連れられ、使者である柳起は幕舎へと入る。よほど急いできたのか、息も荒い。


「如何した」

「洛陽に北方の兵が集結しており、総勢はおよそ十万に膨れる見込みで御座います。魏軍は間違いなく蜀へ攻め込んでくると、姜将軍からの言伝です」

「……私の他には」

「まだ、誰にも」

「分かった、防衛の準備を進めよう。もしその折には、そっちも援軍を動かせるように準備を急いでくれ。到着までは、持ちこたえる」

「御意」


 柳起はまたすぐに、颯爽と幕舎を出て行った。

 兵も去り、王平は一人で、静かに唸る。

 魏軍の挙兵は、正直なところ時を得ていない。例え十倍の兵力差があろうと、王平には勝てる自信があった。

 先の北伐にて、雍州及びに涼州の土地は荒れ、民心も不安定なのだ。

 また、呉も絶えず足をすくう機会を窺っている。


 したがって、今の魏が最も注力すべきは内政である。

 雍州、涼州が不安定な内は、何十万の兵を率いても漢中すら抜けないであろう。

 背後となる地を固めるのは、兵法の基本である。


 ただ、それを漢中の諸将が納得するかどうか、それが一番の懸念事項だった。

 根っからの軍人である王平は、守り抜けと命令を受ければ、例え一人でも戦いから逃げることは無い。

 しかし、誰しもがそんな人間では無い事を、王平はよく知っている。


 諸葛亮と共に戦ってきた将軍や兵士も、既に少ない。

 劉備以来の兵ともなれば、老齢で残っているのも僅かばかり。

 最も激しい戦を経験してきた兵が、蜀にはほとんどいないのが現状である。


 今の将軍達は、蒋琬が大将軍であった時代に登用された者が多く、小さな戦しか知らない。

 本気で「死」に直面したことのない者ばかりなのだ。

 十倍の兵力差という報を聞くだけで、逃げる事しか考えつかないだろう。

 いくら王平でも、逃げ腰の兵で漢中を防衛することは出来ない。


「調練は終わりだ。漢中へ戻るぞ」


 幕舎を出て、命令を告げる。

 主力軍の到着までは耐えなければならない。その為には手段を選ぶまい。


 既にその目は、先の戦を見据えていた。

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