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董允

「どういうことだ」


「古来より天子とは、神に選ばれた存在で御座いました。それは何故か。

 人々に尊まれ、そして何より恐れられたからです。

 覇道にしても帝道にしても、皇帝とは神の如き存在であらねばならぬのです。

 寛容であることで政治に綻びが生じるより、残虐を用いて国を安定させた方が、時に良い場合もございます。

 君主とは、その選択が出来る者です」


 国を保つ為に、民を守る為に、人を殺す事さえ厭わない。例えそれが誰であろうと。

 だからこそ、君主とは人間であってはならないのだ。


「例え世間に非難されようと、国家を保つ為なら、親でも切り捨てる者こそが君主たる器です。もう一度お聞きします、陛下。この私を、斬る事が出来ますか?」

「……それでも、出来ぬ」

「無理を承知で、斬らねばいけません。人を殺して許されるのは、生殺与奪の権を持ち、人間非ざる陛下のみなのです。陛下は、あまりに人間過ぎます。此度の婚儀に関しても、これがこの国の為になると思うならば、反対する者に圧力をかけなされ。この国の為にならぬと思うなら、今すぐ取り止めになさいませ。陛下は、もう少し我がままを言った方がよろしい」



 その後、婚儀は再開され、蜀漢の内外にその報が駆け巡った。

 国内からの反発は、予想に反して少ないものだった。


 これは、今まで劉禅が真摯に臣下や民と交わってきたからこその結果である。

 あの陛下が望んでいるならと、誰もがその心中を推し量り、口を噤んで祝福した。


 しかし案の定、この婚儀に口を挟んできたのは、同盟国である呉の使者だった。

 わざと劉禅の気を逆撫でして、国内に綻びがあるかどうかを探りに来たのだろう。

 謀略を好む呉帝「孫権」らしい、陰湿で老獪なやり口であった。


 気が弱く人当たりが良いという評判の劉禅に対して、呉の使者は祝いの言葉も述べず、平気な顔で儒教の講釈を垂れ始めた。

 すると劉禅は話の途中で対応の全てを費褘に任せ、使者を無視して竹簡に目を通し、雑務を行いだした。

 使者は「礼を欠いているのではないか」となじったが、費褘は鼻で笑いながら「先に礼を欠いた行いをした者に礼を語る資格など無い」と言い捨てた。


 かつて費褘は蜀の使者として、孫権とも単身で直接言葉を交わし、毅然とした態度のまま役目を果たしている。

 あの孫権に手放しで感心された程に、弁舌にも秀でていたのだ。

 勿論、一介の使者如きに費褘を説き伏せられる訳もない。

 ましてや、その使者が帰国する折、劉禅はあえて寛大に持て成すことで、仇を恩で返すという皮肉まで演出した。


 この一件は国内外に関わらず、多少の驚きを与えた。

 諸葛亮や蒋琬に今まで政務を任せきりであり、あまり自分の意志を見せたことの無かった劉禅が、初めて無理を通したのだ。

 誰もが、今の劉禅に大きな影響力を持つのが、費褘と張彩だと見た。

 それは、勿論、間違いではない。その通りである。


 ただ、それ以上に大きかったのが、董允である。


 劉禅にとって、最後の、道を示してくれる存在。

 その董允は今、病に臥せっていた。

 驚くほどに痩せ、それでもその眼光は身を裂く程に鋭い。


 臓腑のほとんどに、腫瘍が転移している。助かる見込みは無い。医者はそう言って、首を横に振った。

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