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現か夢か

「──阿斗、おい、阿斗よ。何をそんなに呆けておる」


「なっ、こ、これは、父帝っ!?」


「陛下、私も居ります」


「相父殿まで……これはいったい」


 中華の歴史に燦然と輝く、二人の英雄の姿が、そこにはあった。

 それは、父である劉備と、丞相の諸葛亮。

 ふと、懐かしい匂いもした。ふわりと柔らかい、花の香り。


「……敬か?」


「いつまでもそのような、情けない顔をしてはなりませんよ、禅」


 劉備と諸葛亮だけなら、これは夢だと思えたが、張敬が居ると分かったとき、これが夢で無ければいいと思った。


 気づけば涙が溢れ出し、情けないと止めようとしても、心の内が決壊した様に全てがこぼれていく。

 身を張り裂かんばかりの、後悔、自責、苦悩、憤怒。

 それは、何が何だか分からなくなる程、全て自分の内に秘めていたものだった。


「私は、私は、この国の主として、恥を上塗りするばかりで……父帝や相父、死んでいった者達に、あまりに申し訳なく、不甲斐ないばかりなのです」


 それは、叫び声に似た、言葉だった。

 蜀漢の皇帝として、何一つ、成し得る事が出来ない自分を、常に責め続けてきた思いであった。


「阿斗よ」


 懐かしき、父の声である。

 戦場以外では間の抜けた顔をする、あの父らしい声だ。


「あのな、誰の為とか、別にそういうのは良い。やりたい事だけをやるんだよ。皇帝とはそれが許されてるんだ、気にすることは無い」


「陛下、玄徳様は極端です。あまり相手になさいますな」


「孔明! 儂は悩む息子の為に、先帝としての助言をだな」


「何が助言ですか。皆が皆、玄徳様の様に好き放題すれば、それこそ国が滅びます。どれだけ我々臣下が、貴方の尻ぬぐいをしたことか」


「こんの、言わせておけば」


 相変わらず仲の悪い二人である。

 でも、劉禅から言わせてもらえば、どっちもどっちだ。

 劉備は確かに自分勝手過ぎるし、諸葛亮は完璧主義が過ぎる。


 そして二人とも、いくら歳をとっても、心根が子供の様に無邪気だった。

 それがとても、羨ましくもあった。


「禅、英傑であらせられるこの方々ですらこうなのです。だから、貴方のまま生きて良い。正解など無いのですから」


「それでも悩むのが、皇帝の責務だと、思っている。私は父帝の様に強くなく、相父の様に賢くも無い。ならば、悩み抜いた答えで、民に向き合うしかない」


「そうですか。それが分かっているのなら、十分です。立派になられましたね」


 敬の言葉が胸に染みていく。

 もう涙は止まっていた。


「阿斗よ」


 思い出の中と変わらない、加減を知らぬ握力でもって、劉備は劉禅の肩を掴んだ。

 何度も何度も、その存在を確かめるかのように体を揺する。


 この力強さは、愛情の表れなのだ。この深き愛情があればこそ、臣下は劉備の為に惜しみなく命を差し出す。

 自分が死んだとき、この男に悲しんでもらえれば、これほど嬉しいことは無い。

 将兵は皆そう言って、戦地に身を投じていった。


「阿斗よ、よく聞け。父の、最後の言葉だ」


「父上」


「とにかく、生きよ。それだけで良い。人の上に立つ者は、例え何があろうと死んではならん。それだけは覚えておけ」


「玄徳様はそういえば、自分が助かる為に、陛下を戦場に置き去りにしたことも御座いましたなぁ」


「孔明!」


「陛下の美徳は、臣下を信じ、愛することです。それで良い。国とは、人です。なれば今度は、陛下御自身を信じてあげる事です」


「父上、孔明、その言葉、禅は決して忘れません」


 その言葉を聞き、劉備、諸葛亮、張敬の三人は微笑んだ。



「さらばだ、愛しき息子よ」

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