女の戦いと男の修羅場
「グァァァァッ!?」
咄嗟に起きた出来事に反応しきれなかったセヴィラは剣での防御も出来ないまま、体に破片による無数の攻撃を受けて宙へ飛ばされた。無論、無差別に降り注いだ破片の雨はミナカにも襲い掛かったが彼女は自身の周りに展開された風の防壁によってそれらを防いでいた。
「グッ……がァ……!」
破片で身体中をボロボロに引き裂かれ、その威力でセヴィラは二、三メートル程、吹き飛ばされた後に近くにあったコンテナに勢い良く激闘した。
「その攻撃を無力化できなかったって事は……やっぱり、アンタの能力は無能力化、しかも武器に能力を宿させる事が出来るようね」
コンテナに背を預けながらも剣を放さなず、肩膝を地面に付けながら未だ戦意を失っていない鋭い眼光を放つセヴィラに対して一片の油断もなく、警戒しながらミナカはゆっくりと地面へ降り立つ。
その時、ふとミナカはセヴィラの握る両刃剣を見てセヴィラの戦い方を思い返して怪訝な表情をした。
無能力化
能力を無効にする無能力化系統は確かに稀有である事に変わりはないが、それでもランクAの能力を打ち消す事が出来る程の質を持ち、尚且つ、能力を武器に付加するという扱いの難しい戦いをするセヴィラは恐らく能力者の中でも異端の分類に入るだろう。
ミナカが特に疑問に感じたのはセヴィラの武器に能力を付加させるその"斑"のある戦い方だった。
さっき、隙を付いて風の刃を放ってセヴィラの頬に傷が付いたのを見る限りでは、セヴィラは武器に能力を付加させていても自身には能力を纏っていなかった。
普通、能力者ならわざわざ物に能力を付加させるよりもミナカが使った風を体に纏うといった自身の体に能力を纏わせる筈だ。
確かに武器の扱いに馴れている者なら能力を付加して武器の威力を増した方が効果的な場合もあるが、あくまでもそれは炎や雷といった攻撃に向いている能力であった場合の話であり、セヴィラのような明らかに防御向きの能力なら普通に考えても武器より自らの体に纏った方が防御力が断然高い。
(それなのにコイツは武器に能力を付加させた……?
確かに、これ程質の高い無能力化を付加させた武器ならランクSでも出てこない限り防御不可の最強の矛になるけど、これじゃまるで……)
「ゼェ……ハァ……流石に、気付いたか……」
ゆらりと静かに立ち上がったセヴィラは既に全身が傷だらけで破れた黒い衣装からは所々血が滲んでおり、足元に血の滴がポタポタと垂らしているにも拘らず、そんな状態で構えられた両刃剣の先はしっかりとミナカの喉元を捉えている。
「そうさ、俺の能力は無能力化。尤も、俺の場合は、剣に能力を付加し、防御を棄てた攻撃重視の対能力者戦特化型、つまり──」
肩で息をしながら血の垂れる唇から途切れ途切れに放たれるそれは普通なら弱々しく聞こえる筈の言葉だったが、ミナカはそれに異様な程の威圧感を感じ取っていた。
「テメェ等、能力者(クソ野郎)共を殺すのに打ってつけの能力って訳だ!!」
ダンッ、と地面を踏み込んでひたすら一直線に突っ込んで来るセヴィラの動きは単調であると同時に鮮烈された隙のない動きは、まるで先程受けたダメージ等、無き等しきものだと暗喩しているようだった。
「フンッ、何を偉そうに……アンタだって能力者じゃない!!」
セヴィラの気迫に怯むことなくミナカはそう言い返しながら、突っ込んで来るセヴィラに対して直ぐに迎撃の体制に入った。
(さっきよりも速い!? だけど……!)
地面を蹴りだし、勢いの付いたセヴィラの踏み込みによるたった一歩の行動範囲は刹那の間もない内にミナカとの距離を縮める。
「アンタの対処方はもう分かってんのよ!」
さっき行った戦法と同じようにミナカは自身の周りに風を展開し、宙へ浮き、再び石の散弾を浴びせんが如く、圧縮された風の球体を今度は十数個に渡って発射させる。
狙いは勿論、セヴィラの周りにある足元の地面!
「ハッ!! そりゃ、こっちの台詞だ。もうソイツの対処方くらい──」
カシャ、とセヴィラの握っていた両刃剣の柄の先端に施されていた髑髏の装飾の口が開き、そこから鎖のような物が出てきてセヴィラの腕に巻き付いた。
「心得てンだよ!!」
ヒュン、と風を切るような音が連鎖した。
セヴィラは柄を離し、鎖だけで固定されたと両刃剣をまるで鎖鎌を振るうような勢いで振り回し、目にも見えない速さで十数個もの風の球体を切り刻んで消滅させていた。
「なッ……ギミック搭載型の剣!?」
「ハハッ、驚いてる暇なんてあるのかよッ!!」
予想外の攻撃に驚愕を隠せないミナカにセヴィラは更に追い打ちを掛ける。
セヴィラは振り回していた剣を一旦手に持ち直し、そこから両刃剣による投擲のモーションに入った。
「そらよッ!!」
ビュッ! と勢い良く投擲された剣は空気を裂きながらミナカに向かって一直線に飛ぶ。
(投擲は一度きりの攻撃、ならばこれさえやり過ごせば……!)
凶刃がミナカに襲い掛かる刹那の間、ミナカは必死に活路を見い出そうとするがその間にも煌めく刃はミナカの体へと一直線に向かう。
ザンッ!
次の瞬間、刃が何かに刺さるような音がした。
だが、その音は剣の刃が肉体に刺さったような音ではなく、"硬い何か"に無理矢理突き刺さったような音だった。
「チッ、破片を盾に……ッ!!」
刃が突き刺さったのはミナカの体ではなく、さっきセヴィラに喰らわせた際に出来たやや大きめのコンクリートの破片だった。
ミナカはあの一瞬で自分と剣との間に風を使い破片を移動させていたのだ。
「残念だったわね、今度はこっちの番よ!!」
ミナカは十倍返しと言わんばかりに周囲に転がっていたコンテナを手当たり次第に風で宙に浮かしてセヴィラに狙いを定めた。
「ク、ソ……ッ!!」
投擲を避けられた後も鎖で繋がれている剣を直ぐに回収して迎撃出来ると践んでいたセヴィラだったが、大きなコンクリートに刺さった剣を回収する羽目になるとは予想外だった。
その所為で腕を鎖で繋がれた剣が錘となり、思うように身動きが取れなくなっていた。
「アンタみたいな下衆野郎はいっぺん痛い目見てから反省しなさい!!」
ヒョイ、と腕を振るいそれと連動するように宙に浮いたコンテナが一斉にセヴィラへと向かった。
「ちょっと待った! ストップ! ストップですミナカさん!!」
コンテナをセヴィラに飛ばす最中、突如としてミナカの耳に聞き覚えのある少年の声がした。
「なッ……恋斗!?」
驚いた事に、いつの間にかコンテナとセヴィラの間に遮るかのようにして両手を広げながら、相変わらずの困ったような笑みを浮かべながら叫んでいた。何故か、ミナカが最後に少年を見た時には羽織っていた黒いローブがなくなっていた。
「ッ! 間に合え!!」
何故、恋斗がこんな所に急に現れて、しかもターゲットであるセヴィラを庇うような真似をしているのか分からないが、今はそんな事よりも飛ばしたコンテナが恋斗にぶつかる前に何とかしなくてはとミナカは全力でコンテナの着地点を風で逸らそうとした。
ズサァァァ……
コンテナが激闘した衝撃と音が響いた。衝撃で壊れたコンテナの中身は粉末系の物だったらしく、溢れたそれらが辺り一面を砂ぼこりのように覆い、ミナカの視界をぼやけさせた。
「恋斗!!」
ミナカは恋斗の名前を叫んで粉塵を風で追い払いながらコンテナの着地点へ走った。本人は自覚していないようだが、かなり不安で曇った表情をしている。
「アイタタタ……ミナカさーん! こっちは何とか無事でーす!」
煙の中から聞こえた恋斗の声に思わずほっと胸を撫で下ろしたミナカだったが、その行動に気付いて直ぐに頬を少し赤くしながらブンブンと首を振って声のした方へと向かった。
「ったく……恋斗! アンタ一体、何考えて……」
煙が薄くなって、恋斗のシルエットを見つけたミナカはプンプンしながら恋斗に文句を言おうとしたが、煙が完全になくなってシルエットでなくなった恋斗のを見た途端、言葉が止まった。
「あの、恋斗さん……大丈夫ですか?」
煙が晴れ、まずミナカの目に止まったのは恋斗と同い年くらいの黒髪をした美少女。何故か恋斗の身に付けていた黒いローブを着ていて、ローブから下は靴も履いていない白い綺麗な素足が露出している。
「いや〜大丈夫ですよ睦月さん! 俺、こう見えても結構タフな体をしてますから、あははは〜♪」
続いて目に入ったのはミナカの前では絶対に見せないようなデレデレの表情をした恋斗。
心配そうに恋斗の腕を抱き締める黒髪の少女に、恋斗は鼻の下を伸ばしながら自分の腕に密着している少女の膨らんだ体の一部をロックオンしている。
「あれ? ミナカ、さん……?」
ようやくミナカの視線に気付いた時、少年は固まった。