ニコニコ少年と王道的ラブコメ展開
少女は眼を開けた後、驚いた様子で先程、自分の貞操の危機からまるで物語のヒーローのようにタイミングよく現れ、守ってくれた目の前に居る黒のローブを羽織った恋斗を眺めた。
(……この人からは恐さを感じない……それに、私を助けてくれた)
少女は最初と違って完全に目の前の恋斗への警戒心を解いていた。
どんな人か、と興味が沸いて顔を覗こうとするものの、ローブに付いているフードを深く被っている所為で少女は顔や表情をはっきりと確認出来なかった。だが、さっきの頭を撫でながら掛けられた優しい声は若い男性のものだと少女は判断出来た。
暫くの間、ずっと黒ローブを見詰めたままの少女だったが、さっきまで自分の隣に居た少女にとって忌々しいあの男が消えている事態にふと気が付いた。
「あ、あの……」
少女はやや緊張の籠った声色で黒ローブに話し掛けようとしたが、思ったように声が出ない。だが、そんな少女よりも先に黒ローブの方から会話を持ち出された。
「あぁ、あの男の人ならあなたが眼を閉じている間に何処かへ行ってしまいましたよ。トイレにでも行ったんじゃないですか? いくら秋とはいえ今日みたいに冷え込む夜にパンツ一丁では体が冷えてトイレに行きたくもなるでしょう。いや〜困ったオッサンですね〜アハハハ……」
黒ローブは手を後頭部に置きながらどこかふざけた口調でそう切り出した。明らかに怪しい。
「……………」
どうやら黒ローブは何かを誤魔化そうとしている。
詳しい意図は分からないが直ぐにそう感じとった少女は取り敢えず黒ローブをジト目で見る事にした。
「はははっ……流石に誤魔化せませんか……先に言っておきますけど、さっきの出来事を誰にも話さないでくれませんか? こちらにも色々と事情があるので」
少女のジト目に堪えきれなかった恋斗はやや疲れたような苦笑をして少女にそう言った。その言葉に少女は一瞬、首を傾げるものの直ぐにコクコクと首を縦に振って肯定を示した。
「……良かった、ならいいです。では本題に入りますが、その前に……」
そう言って恋斗は自分の羽織っていた黒のローブを面積の少ない一枚の布で出来た服しか身に付けていない裸に近い状態の少女の肩に被せた。
「まぁ、その……そんな格好では風邪を引きかねませんし……何より俺の目の行き場所に困るのでそれを着ていて下さい……」
ローブが無くなり、隠れていた灰色の髪、黒掛かった瞳を持った中性的で整った顔立ちが露になった恋斗が黒髪少女の姿を指摘しながら頬を赤く染めた。普段なら困った時でも苦笑を浮かべる彼だが、今回は本当に困ったような表情をしている。年下のミナカの前では余裕を見せる恋斗も、自分と同い年ぐらいの美少女が相手だとその余裕もなくなるようだ。
「!! あっ、えっと……ありがとう………」
少年の言葉に改めて自分のしていた格好を思いだし、恥ずかしさで少年と同じように頬を少し染め、さらにフードの下に隠れていた少年の顔を見て少女の顔はボンッと音が出そうなくらい真っ赤になった。赤くなった理由として後者の方は照れではなく、また別の意味合いのものだろう。
「それにしても酷い人達ですね、ダムクライツファミリーというのは……
あなたのような可憐な女性を襲おうとするなんて」
「……ふぇ?」
恋斗にしてみれば、ダムクライツの批判と少女に対する心配について口にしたつもりだっただろうが、本人が居る目の前でしかも御世辞ではなく、本心で『可憐』などという言葉を使ったのは少女にとっては、やや刺激の強いものになってしまった。
「あれ?……何だか顔から湯気が出てるようですけど大丈夫ですか?」
プシューと音を立てて湯気を顔から放出する少女に恋斗は心配そうに困った笑みを浮かべた。
「えっ!? だ、大丈夫です! 何でもないです……はい……」
少女は何とか顔の火照りを冷まして心配する恋斗にそう答えて俯いた。
「ならいいですが……では本題に──」
「あの!……その前にちょっと……」
何か言いたげな表情で少女は恋斗が言葉を言い切る前にそれを遮って恋斗の瞳を見ながら口を開いた。
「どうかしましたか?」
少女の様子に気付いた恋斗は紳士のような優しい口調でそう尋ねた。
「………まぇ」
「……?」
少女は俯きながらボソッと呟いたので恋斗はそれを聞き取れなかったようで、少し首を傾げた。
「名前! あなたの名前を……その、教えて下さい……」
今度はちゃんと、はっきりそう言った少女は再び頬を染めて恋斗の瞳を真っ直ぐに見詰めた。先程からよく頬を赤く染めるこの少女を恋斗は『恥ずかしがりや』と考えている様だが、恋斗に対する少女の様子を鋭い人から見ればそれは違うと直ぐに判断できる。
「……恋斗、俺の名前は恋斗・タリナスです。
まぁ、"恋斗"なんてファーストネームは大陸内じゃ、ちょっと変わった名前ですが、あなたの国では然程、珍しくもない筈ですよ?」
恋斗は何時もの笑みで少女に自分の名前を告げながらそう付け足して返した。
「! どうして私が東の出身だと分かったんですか……?」
少女の方は返された返事に驚いた表情をして恋斗の顔を見たが、恋斗にそれを笑顔で見詰め返され顔を真っ赤にした。
「大陸の出身の人間は皆、髪色が派手ですからね。俺のは少し違いますが、あなたのような純粋な黒をしている人は殆んど東が出身なんですよ」
そう言って少女の腰まで伸びた黒い髪に手を伸ばして撫でられた事によってオーバーヒート状態に突入した少女の反応を楽しむ恋斗は自覚を持ってやっているのか、それとも無自覚でやっているのかは彼の常に浮かべる笑みの表情を見ても判断しにくいが、無自覚なら相当、罪作りな男である。
まぁ、自覚を持ってやっているにしてもタチが悪い事に変わりはないが。
「そ、そうなんですか……あっ! 申し遅れました。私は睦月と申します」
睦月と名乗った少女の顔は未だに赤いものの、その状態で恋斗にぺこりと擬音が付きそうなくらい行儀の良いお辞儀をした。
お辞儀をした際に垂れた東の国特有の黒髪の間から覗かせる、やや幼さが残った可愛いらしい顔。
前屈みになった体制では、睦月の大きめの胸の双丘が強調され、それに加えて睦月の格好は恋斗からローブを渡されているとはいえ、そのローブは肩から羽織っている程度なので前から見れば、あの面積の少ない布切れ一枚で強調された豊富な双丘の先端が辛うじで隠れているという非常に際どい格好であった。
そして恋斗は思わず、目の前に居る睦月と彼の知るとある少女を頭の中で比較してしまった。
(あぁ、なんという事でしょうか。どこかのランクAさんとは正反対ですね……主に礼儀の良さと性格、何より体のとある部分が……)
ちょっぴり鼻の下を伸ばしながら睦月の強調された体の一部をさりげなくロックオンしている辺りはこのランクEもやはり年相応の男の子なのだろう。
だが、そんな彼の間抜けた表情も突如、外から聞こえた『ドンッ!!』という大きな音で直ぐに消えた。
「ッ! 何だか外が騒がしいようでしたが……恋斗さん?」
音についても首を傾げた睦月だったが、さっきの音を聞いて黙り込んで何か考えて事をするような表情をする恋斗を見てそちらの方が疑問に感じた。
「……どうやら、早めに役目を果たした方がいいみたいですね」
突き破った硝子窓から次々入って来る先程のような大きな戦闘の音。恋斗は窓から音のする方向を眺めながら内心、少し焦っていた。
(さっきよりも大きな音……ターゲットが出てきたようですね。ミナカさんに限って心配は無用だとは思いますが……)
恋斗の仕入れた情報によればターゲットであるセヴィラ・ダムクライツの能力者としての実力は精々、ランクBの上位程度とのことだったので、ランクAのミナカで在れば大丈夫だと践んでいたのだが、どうにも胸の中にある不安が拭えない。
杞憂かもしれないが、それでも、もしもの事を考慮して恋斗は救出を早く終わらせてミナカの元へ向かう事に決めた。
「睦月さん。本題に入りますが、俺がここに居るのはダムクライツによって無能力者奴隷として捕えられたのあなた達を救出する為です。
今、仲間が連中の目を引き付けているので、その間にあなた達は全員逃げて下さい。退路は俺が確保してあります」
睦月にそう説明して、『さぁ、あなたもここから逃げましょう』と彼女に手を差し伸ばした恋斗だったが、説明を聞いた睦月は恋斗の手を取る前に口を開いた。
「あの、恋斗さんは何か勘違いなされていませんか……?」
「……勘違い?」
早くミナカの元へ向かおうと睦月に催促していた恋斗はその言葉に反応して眉を竦めた。
「私達はダムクライツの人達に……いえ、セヴィラさんに捕らえられたのではなく、保護されていたんですよ……?」
「………はい?」