ニコニコ少年と奴隷少女
「ハハッ、流石、ミナカさん。想像以上に派手にやってくれますね」
港に面した鉄格子で区切られた膨大な敷地を誇るダムクライツの敷地内に幾つかあるシャッターの付いた倉庫の一つ、フード付きの黒いローブを羽織った恋斗がその一角の影に身を潜めていた。
恋斗は先程から聞こえる激しい風の音と八つ当たりに近いとある少女の怒鳴り声に、思わずその少女の相手をしているダムクライツの連中に心の中で少しだけ憐れみを送りながら苦笑した。
「さて、俺もそろそろ自分の役割を果たさないとミナカさんに怒られるな……」
恋斗はそう呟きながらフードを被り直して、頭の中に入れてある敷地の地図を思い浮かべながら小走りで移動を開始する。
恋斗が向かったのは敷地の中心地よりやや東の辺りに位置する、他の二倍近くある大きさの二階建て倉庫。恋斗が仕入れた情報に寄れば其処に捕えられた無能力者の人々が監禁されているらしい。
その倉庫に向かって恋斗はコンテナの影を次々に渡りながら近付いて行く。
恋斗の羽織っているローブは黒色。普段、特徴的で目立つ彼の灰色掛かった髪も今はローブに付いたフードで隠されている為、今の恋斗の姿は完全に闇に溶け込んだ状態だ。それに加え、ミナカが派手に暴れてそちらにダムクライツの目が行っているお陰で恋斗は楽に移動が出来た。
だが、そうやって楽に移動が出来たのも倉庫の周辺までだった。
「流石に囮で手薄になったとは言え、倉庫周辺の警備は健在か……」
倉庫の正面のコンテナの裏に隠れながら恋斗は困ったような笑みを浮かべながら肩を竦める。どうしたものか、と言わんばかりに。
倉庫までの距離は歩幅にして約三十。ここから確認出来る警備の数は四。流石に気付かれずに中に入るのは難しいか……
「……ここにミナカさんは居ない。まぁ、それなら方法もない事はないですが……」
そう呟きを溢しながら恋斗は自分の右手に視線を落とす。
「いや、まだ別の方法もある筈です……」
首を振って右手に落としていた視線を元に戻して、思考に入る。
だが、恋斗がそうやって思考に入る前に警備をしている黒づくめの男達の方が先に動きがあった。
シャッターの前を警備していた男達四人が誰も喋っていない筈なのに急に誰かと話しをしているかのように相槌を打ち始めた。
(ダムクライツの情報伝達は能力者による思考伝達系統の能力か……)
恋斗は警備の男達が取った行動を見て直ぐにそう判断した。
能力者が使用する力は幾多もの種類があり、細かく内容を分ければその種類の数は能力者の数と同じものになるほどだ。
そして能力をかなり大まかに分けた中で五感、あるいはそれに属さない第六感で遠く離れた相手に情報を報せる種類の能力が思考伝達系統だ。
(あれは恐らく、任意の相手に自分の思考を直接、脳に報せるタイプ……かな?)
恋斗が疑問系なのも能力の種類が例外があるにしろ、ほぼ人それぞれだからだ。
男達は相槌が終わると同時に四人は集まって何か指示を出し合った後に敷地の中心方面、つまりミナカの居る方向へ走って行った。
走っていく際に男達が恋斗の隠れているコンテナの横を通ったが、その時に恋斗はちょうど男達が通った反対側のコンテナの側面に移動し、入れ替わるようにして倉庫に向かった。
「ホント、ミナカさんの働きは俺の想像以上ですね……これが終わったら今度、ご褒美に彼女の好きなスイーツを作ってあげましょうか」
倉庫のシャッター前まで来て、騒ぎ声の聞こえる敷地の中心を振り向きながら恋斗は今もなお、大暴れしているで在ろうランクAの少女を思い浮かべた。
「まっ、ご褒美なんて言葉を使えば、『子供扱いするな!』とでも言って怒るでしょうが……」
恋斗は怒りながら風で自分の体を吹き飛ばそうとしてくるミナカの姿を容易に想像出来き、そして思わず苦笑の笑み。
「さてと、冗談は置いといて捕えられた人達の救出といきますか……」
固くシャッターの閉ざされた倉庫の中に入る為、恋斗は正面ではなく、倉庫の側面の直ぐ側に三個くらい積み上げられていたコンテナに向かった。そしてその積み上げられていたコンテナの一番上まで上り、そこで初めて倉庫の二階にあるガラスと肩を並べるくらいの高さになる。
ガラスからは書斎らしき部屋が見え、ここから見た限りでは誰も人が居ないようだ。
「俺はミナカさんと違って派手にやるのは余り得意じゃないんですけどね……」
恋斗はコンテナの上でギリギリまでガラスまで距離を取って両腕を顔の前でクロスさせて構える。
ガラスとの距離は大体、助走を付ければ届く距離。
「せーの、と!!」
恋斗は掛け声と同時に脹ら脛に力を思い切り込めてコンテナを蹴って走る。
そしてコンテナの上で付けた勢いを保ったまま、ガラスに向かって飛び込む!
パリンッ!!
勢いよく飛び込み過ぎた所為で書斎と思われる部屋にあった机にぶつかり、その上に束ねられていた書類の山が一気に宙を舞って床に倒れ込んだ状態の恋斗に降り注ぐ。
「イタタタ……流石にちょっと無茶し過ぎましたか……って、あれ?」
突入の際に腰を机にぶつけたようで恋斗は腰に手を当てながら起き上がりながら周りを見渡した時にそれに気付いた。
「な、なんなんだお前は……!!」
どうやら、部屋は無人ではなかったらしく、ソファーにはまだ二人ほど人間が居た。
片方はなぜかパンツ一丁のむさ苦しいオッサン。先程、恋斗に言葉を放った方だ。
そしてもう一人は面積の小さい布一枚で作られた衣服と呼べるかどうか怪しい服装の裸に近い腰の辺りまで伸びた黒髪の少女。
「あ〜、その……」
「………ッ!」
取り敢えず、何か話題を振ろうとして少女の方に声を掛けようとした恋斗だったが、直ぐに目を逸らされてしまった。
その時、逸らされた少女を見て恋斗はその黒真珠のような瞳に涙が溜まっていることを知った。
改めて事態を確認する。
裸に近い少女。
その傍らにむさ苦しいオッサン。
そして此処には捕えられた無能力の人達が居る。
この男が少女に対して何をしようとしていたのか、という答えを導くのは直ぐだった。
「あ〜なんか、すいませんね……お楽しみ中の邪魔でしたか?」
恋斗の口調は軽いもので何時ものニコニコ笑顔だったが、何故かおぞましい雰囲気を漂わせているようにも見えた。
「く、来るな!!」
この男も能力者だったのだろう。男は目の前の突然、現れた正体不明の少年が生み出す違和感に堪えられず、右手を向けた。
「! ダメ、逃げて!!」
隣の男がどんな力を使うのか知っていた少女は恋斗に初めて言葉を出した。
だが………
「! な、何で力が使えねぇんだ!!?」
男は何度も手を向けて何かをしようとするが、何度やっても何も起こらない。
そしてその間にも恋斗は一歩ずつ、それであって確実に男に近付く。
「……全く、脆いものです」
果たしてその言葉は誰に対して、或は何に対して言った言葉だったのか、無能力者の少女と能力者の男には分からなかった。
そして腕を伸ばせば手が届く程の距離まで近付いた恋斗は男を無視して、こちらを震えながら涙の溜まった瞳で見つめる少女の頭をそっと撫でる。
「少しの間、眼を閉じていてください」
「……え?」
戸惑いを隠せない声を思わず出してしまった様子の少女だったが、優しさの籠った声を掛けられながら頭を撫でられる行為で恋斗に対する警戒心が無くなり、それどころか安心した心地好い気分にまでなって少女はゆっくり眼を閉じた。
「ヒィ……!?」
先程から何度も力を使おうとしても使えない。そんな状況が男をさらにパニックにし、直ぐ側まで近付いていた恋斗から逃げ出そうとしたが、男は腰が抜けてしまっているので上手く立ち上がれない。
「ホント、哀れですね……能力者という生き物は」
恋斗はニコニコの笑顔のまま、腰が抜けて床に垂れ込む男の額を軽くこずいた。
「……もう、開けてもいいですよ」
そう恋斗に言われて少女が眼を開けた時、部屋にあの男の姿はなかった。