ツンツン少女と任務開始
セレナ地区の市場等がある民間地から少し離れた海岸。その港の周辺を鉄格子で区切った膨大な敷地には貸倉庫のようなシャッターのある小さな建物が点々と幾つも並び、周りには赤や緑の色をしたコンテナが積み木のように何段も重ねられ外側から見える敷地の視野を狭めていた。
夜闇に浮かぶその港の敷地を区切る鉄格子から少し離れた木々のところに姿を隠しながらミナカと恋斗の二人は居た。
「成る程、ダムクライツの表向きは大陸外の国との貿易に使われる港、となっていますが……ミナカさん、これを見て下さい」
恋斗は敷地の方を見てそう言いながら自分の使っていた双眼鏡をミナカに渡す。
「……ええ、明らかに警備が厳重過ぎるわ。これじゃあ自分で何か隠していますって教えてると同じよ」
ミナカは恋斗から受け取った双眼鏡を覗いてみて、上から下まで全身黒で揃えた格好の屈強そうな数人の男が敷地の出入口や鉄格子の周りを囲むように警護している姿を確認して双眼鏡を恋斗に返した。
「まぁ、見たところ警備の方はミナカさんなら十分に突破できそうですね」
恋斗は相変わらずの笑みを浮かべたままミナカから返された双眼鏡を腰のポーチにしまって、そこから今度は折り畳まれた紙を取り出し、紙をミナカにも見えるように地面に置いて広げると紙には敷地の見取り図が書かれていた。
「作戦としましては今回のは二手に別れた方が得策かと俺は思います」
恋斗の言葉にミナカは素直に首を縦に降って肯定を示した。
依頼先の場所の見取り図や敵戦力、それに見合った戦術まで情報面のあらゆるスタンスは主に恋斗が請け負う役目でこれに関しては普段、彼をパシリにしているミナカでも余り口を出さない。恋斗の情報能力はランクAの彼女自身が不本意ながら舌を巻く程のレベルである。
恋斗はミナカが頷いたのを確認して説明を続ける。
「二手に別れる理由は今回の目的が二つある事からです。セヴィラ・ダムクライツの捕獲と売買目的で捕らえられた無能力者奴隷の解放。捕獲のみならば、ミナカさんが居るので派手にやっても問題ありませんし、奴隷解放のみの場合でも俺が作戦を立てて隠密行動でやれば問題のないものなのですが、二つ同時クリアとなると話しは別です」
「確かにそうね。派手に動けば捕えられている人達に危害が及ぶ可能性も出てくるし、だからといって隠密行動でゆっくり時間を掛けている内にターゲットに逃げられる可能性もある」
「賢いですね〜」と言いながら話しを理解している様子のミナカの頭を撫でようとした恋斗だったが、ミナカによって後頭部に空気の塊をもの凄い勢いで叩き込まれて撃沈した。
「イテテテ……冗談はさて置き、具体的に二手に別れる作戦ですが至極、簡単な内容です」
恋斗は頭を擦りながらやや涙目の状態で会話を戻した。
「簡単、ね……それで、その内容は?」
ミナカの方も先程の事でジト目で恋斗を見ていたが話しの内容が戻ったので気持ちを切り替えて会話に応じる。
恋斗は地面に広げた見取り図にペンを走らせ、図に二つの矢印を書いた。
「役割で言えば、ミナカさんが捕獲で俺が捕えられている人達の解放です。あと、内容と言いましても敢えて言うならミナカさんは出来るだけ『派手に』暴れて下さい」
その言葉に最初は頭に?を浮かべ疑問に思っていたミナカだったが常時よりもややニコニコ具合の高い意味ありげな恋斗の笑みにピンと答えが浮かんだ。
「ちょっとアンタ!! まさかこの私を囮に使う気!?」
囮と分かってから徐々に怒りのボルテージが上がりつつあるミナカに
「バレちゃいました?」とニコニコ笑顔を崩さない恋斗。
「勿論、ちゃんとした理由はあるわよね〜? もし単に自分が楽したいだけで私を囮に使うなんて言うなら……」
怒りゲージが満タンになる寸前のミナカは手のひらで竜巻を起こしながら恋斗に迫り、恋斗はそれを引き釣った笑みを浮かべながら後ろへたじろぐ。
「り、理由ならちゃんとあります。ですから先にその物騒なモノを手のひらで作るのは止めてくれませんか?」
その言葉を聞いて舌打ちをしながら仕方なく手のひらの竜巻を消したミナカだったが不機嫌な事に変わりはなく、次に何かヘマをすれば確実に風の刃で体をバラバラにさせると恋斗は目の前のランクAを見て感じ取った。
「まず囮の件ですが、二手に別れて行動する為には必ず必要です。それにランクEの俺よりもランクAのミナカさんの方が適任かと──」
「ランクEの『自称・無能力者』でも敵の的になるくらいはできるでしょ?」
恋斗の説明をミナカは不機嫌そうな声で遮る。
恋斗の冷や汗が脂汗に変わりそうなくらい今のミナカは危険だった。
「「…………」」
両者の間にやや沈黙が続いたものの堪えきれず先に声を発したのは恋斗だった。
「ハァ……本当の理由は正直、余りミナカさんに話したくなかったのですが……仕方ないですね」
その言葉にジト目で恋斗の顔を睨んで何か言おうとしたミナカだったがそれを言う前に恋斗が口を開いた。
「いいですか? ミナカさん。元々、無能力者というのは全般的に能力者を嫌っている、もしくは能力者を良く思っていない人が大半を占めています。
今回、捕られているのは能力者の手によって住んでいた世界を無理矢理奪われ奴隷にされた無能力者達は特に能力者を恨んでいる事でしょう。だから考えてもみてください。
そんな人達が能力者の……ましてや上位クラスのあなたに助けられたところで彼らにとっては何の救いにもならないんです。
だから、『無能力者』の俺が彼らを救出するんです。その為にも俺は囮になれないし、ランクEの最下位がターゲットの捕獲を成功させる事も不可能です」
そこまで説明したところで恋斗はミナカの顔に視線を向け、反応を待った。
「………分かったわよ」
張りのない返事が返されたがそれは先程までの不機嫌だからという理由ではない。ミナカは落ち込んでいたのだ。
そもそも、能力者至上主義の帝都の能力者は無能力者の為になる事など普通は行わない。
だが、ミナカはそんな帝都の掲げる主義を無視し、自らの意思で力なき人達を助けると決めたのに、自分ではそれを救う事が出来ないと言われたのは相当ショックだったようだ。
そんな落ち込む彼女を見て恋斗はそっとミナカの頭を撫でた。
普段は年下のミナカのパシリをしていてどっちが年上か分からないくらいだが、こういう時は彼が年上のお兄さんだと端から見ても感じ取れる。
「あなたが落ち込む理由なんて何処にもありません。それに、ランクEの俺には無理でも、ランクAのミナカさんになら出来る事があるでしょ? ミナカさんは俺の分までダムクライツの連中にしっかりと制裁を下してやって下さい」
余り見せない優しさの込められた笑みを浮かべる恋斗に頭を撫でられる行為がだんだん恥ずかしくなってミナカはプイッとそっぽを向いた。
「そ、そんな事、別にアンタにイチイチ言われなくても分かってるわよ……」
「フフッ、ならいいです」
ミナカの頭を撫でる手をそっと離して恋斗は広げていた敷地の見取り図を畳んでポーチの中に入れてチャックを閉めた。
「さてと、そろそろ行くとしましょうか。
さっき説明したように二手に別れての行動です。俺が別口から敷地に侵入、ミナカさんは正面突破で可能な限り敵の目を引き付けながらターゲットを捕獲して下さい。俺も救出が済み次第そちらに合流します。まぁ、俺が行ったところで足手まといになるのが関の山でしょうが……」
恋斗は冷えるからと言ってミナカの肩に被せていた黒いローブを返してもらい、それを羽織ってフードを顔が確認出来ない程度に深く被る。
「では、先に俺は別口に向かうのでミナカさんは俺の姿が確認できなくなったら正面突破を始めて下さい」
そう言って立ち上がり、恋斗は走りそうとミナカに背を向けたが、
「おっと、一つ言い忘れてた事がありました」と言って 振り返った。
「囮になれと言った俺が言うのも何ですが、無茶だけはしないで下さいね……」
それだけ言って恋斗は夜が生み出す闇の中へ走って姿を消して行った。
「……バカ」
一人だけになった草むらで先程まで自分に被せられていたローブの温もりが残る肩を抱きながら呟いた言葉はランクAの能力者ではなく、一人の少女としてのものだった。