最弱と強者
帝都ラフラ・ローレ、その北部に位置するセレナ地区は主に民間人が住まう煉瓦造りの家が並ぶ洒落た雰囲気を放つ街だ。
このセレナ地区の大半の住民が一般家庭を持つ人間なので、市場や酒場、衣装店等の『衣食住』が整っており、貿易の方面も帝都内の他の地区と異なり積極的で遠く離れた国から仕入れた珍しい食材が市場でよく並ぶ事が多い。
その為、この能力者至上主義の帝都内では珍しくセレナ地区の市場では無能力者の人間も見かける事が出来る。
そんなセレナ地区のとある市場でとても一人では持てそうにない程の大量の食材が詰まっている大きな紙袋を抱き抱えた灰髪の少年が自分の前を手ぶらで優雅に歩く金髪のショートヘアの少女をみて疲れ気味の苦笑を浮かべながら歩いていた。
「ちょ……、ミナカさん、いくら何でも買いすぎですよ……ていうか少しくらい自分で持ったらどうです?」
少年、恋斗・タリナスは自分より頭一つ分くらい背の低い目の前の少女に訴えるように声をかけた。すると、少女は足を止めて大袈裟なくらい大きなため息を吐いた。
「ったく……ホント、アンタって使えないわね〜」
普通の人間なら簡単に堪忍袋の尾がプツンと逝くような返事を返した少女、ミナカ・イルピリスを見て恋斗はそれを馴れた様子で肩をすくめ、黙っていれば可愛いものを……、とミナカの整った顔を見ながら心の中で呟く。
「だいたいアンタ、ランクEの最弱とはいえ一応、能力者でしょ? それくらい一人で持てない筈ないでしょうが……」
紙袋を持った女性のような細い腕をぷるぷると震わせながら今にも限界が来そうな恋斗にミナカはうんざりとした口調で再びため息を吐いた。
「いやいや、仮に能力者だとしてもこの量は無理ですって! それに何度も言ってるじゃないですか、俺は『無能力者』だって!」
うそつけ、とミナカは思った。
そもそも能力者に優劣と階級を与える為にあるスキルランクに登録されている者はどんな雑魚でも必ず能力者なのだ。いくらランクEの最下位とはいえ、何かしらの能力は使える筈なのに、ミナカは約一年半も一緒に行動を共にしてきた目の前の腕をぷるぷると情けなく震わす男が能力を使っている所を一度も見たことがない。
「ああ!もうっ! ホンットに役に立たずね!」
先程からチワワのように震え続ける恋斗に痺れを効かせたミナカは恋斗の持つ紙袋に右手を向けて軽くヒョイと人差し指と中指を上に動かした。
すると、紙袋を覆い被さるように小さな竜巻が現れ、紙袋を宙に浮遊させた。
「いやぁ〜流石、ランクAの第四位! そんな芸当、ランクEの雑魚であるワタクシにはとても出来ませんよ〜〜グヘッ!」
挑発しているのか誉めているのか分からない誉め言葉を言ってパチパチ〜と拍手をしながらいつものニコニコスマイルを浮かべる恋斗にミナカは取り敢えず脇腹にスイカサイズの風の塊をぶつけて黙らした。
まったく……何で私はこんな使えない男と行動を共にしなければならないのだろうか
ミナカはそこでこの男と行動を共にする理由を再度、頭の中で確認する。
ミナカ・イルピリスは一年半前以降の記憶が一切ない。そして最初、目が覚めた時に崩壊した荒れ地の真ん中に居た自分とその場で最初に出会ったのが血塗れの格好をしたこの灰髪の少年だったのである。
恋斗はミナカについて何も知らないと話していたが、この男の言葉はどうも胡散臭いので、こうして少しでも記憶の手掛かりを探す為と恋斗の正体を掴む為に一年半行動を共にしてきたのだが………
ホントにただの使えない男なだけかも、という考えが最近になってミナカの中で思い浮かんできた。
「ミナカさん、どうかしましたか?」
いつの間にか復活していた恋斗は沈黙状態に入っていたミナカの顔を覗き込んでいた。
「ふんっ、何でもないわよ」
ミナカはそこで思考を中断し、自分の隣に竜巻で浮遊させた紙袋を移動させて再び歩き始めた。恋斗は置いていかれないように直ぐ様その後を追い掛ける。
「さてと……大方、買い物も済みましたし、そろそろ次の仕事、始めます?」
仕事、とはスキルランクの登録者、『ランカー』に依頼される任務の事である。スキルランクは帝都や帝都外で起きた『能力者でしか対応出来ない仕事』を解決する何でも屋のような役割も果す制度でもある。
任務はランカーの能力に添ったものが用意され、ランクSにもなると国家機密レベルの仕事も任される事があるらしい。
これにより、過激なランカー同士の喰うか喰われるかの泥沼化した今の現状であっても、このスキルランクによって能力者事件解決の均衡を保っている世間は安易に批判する事が出来ないのだ。
そしてミナカと恋斗は一年半前の当時の時期に起きた大きな事件等に少しでも関係のありそうな依頼を積極的に受けて記憶の手掛かりを探している。
「そうね、何か有力なモノはあるかしら?」
また仕事か、とやや落胆気味に心の中で愚痴を溢しながらミナカは後ろで何十枚もの資料に目を通している恋斗に尋ねた。
「う〜ん、当時の事件等に関係のありそうなものは特には………あ、ありました! これなんてどうです? ちょうど場所も近いようですし」
恋斗はそう声を上げ、何十枚もの資料の中から一枚を取り出して紙を宙に投げた。そのヒラヒラと落ちる紙を地面に付く前にミナカが風を操ってそれを自分の手元に持ってきてそれに目を通す。
「えーと、ダムクライツファミリーのボス、セヴィラ・ダムクライツの捕獲、及びファミリーが売買している無能力者奴隷の解放……」
資料を見つめるミナカに恋斗はいつものニコニコスマイルを浮かべながら補足説明を始めた。
「ダムクライツはちょうど一年半前くらいに頭角を表した新参の能力者主体のマフィア組織で資料に示されている奴隷売買等で短期間に傘下を拡大したところです。まぁ、この任務ではミナカさんの記憶の手掛かりは薄いと思いますが……一応、他の任務も──」
「これにするわ!」
再び資料の束に目を通そうとした恋斗の視線はその言葉で直ぐにミナカにやった。
するとミナカは自分を見て固まる恋斗にビシッと右手の人差し指を差し出し、金髪のショートヘアを風で靡かせながら高らかに言った。
「アンタ、私の性格知ってるでしょ? たいした能力もない雑魚が調子に乗って力を持たない人を傷付けるのが大嫌いなの! こんな外道ども、私が速攻で一人残らず地獄に送ってやるわ!」
こうなったミナカはもう止まらない。それを知っている恋斗は手元の資料を腰のポーチにしまい、やれやれとため息混じりの笑みを浮かべた。
「分かりました。では、次の仕事はそれに決定ですね。まぁ、俺も同じ無能力者としてその人達を助けたいと思いますし」
だからアンタは無能力者じゃないでしょうが、とツッコミを入れようとしたミナカだったが、恋斗がやけに真面目そうな笑みをしていたのでそれに呆気に取られてしまった。
まぁ、真面目そうな笑みなので基本的には笑みに変わりはないのだが、恋斗にとっては笑みはディフォルメなので案外、真面目なのかも知れない。
「さぁ、行くわよ恋斗!」
ミナカは鬼退治にさぁ行くぞとばかりに力強く前を歩き始め、それを後ろから眺める恋斗は
「はい」と返事をした後ミナカに聞こえない程度の声で呟いた。
「……まっ、アレがうまく『餌』に食い付いて来れれば一番いいんですが……」