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最弱の強者  作者: 夢火
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猫が招くは奇妙な出会い



 今回ミナカと恋斗がここ、ターヘク地区に足を運んでいたのは任務の為であった。

任務、とはいっても前回のダムクライツのようなA級クラスの任務ではなく、とある貴婦人が飼っていた猫の捜索というE級の超低級難易度の任務だ。


内容を見ても分かるように今回の任務はミナカの記憶探しとは一切関係ない。と言うよりもこの任務はランクAのミナカが発注したものではなく、ランクEの最下位でありミナカのパートナー兼パシりの恋斗・タリナスがオーダーしたものだった。


 何故、このようなE級の、しかも記憶探しとは全く関係のない任務を発注したかというと、その理由はスキルランク制度におけるランカーに期せられたルールの一つである定期任務が原因だった。


 定期任務とは、簡単に言えばスキルランクの定期審査だ。その目的は任務をこなさずスキルランクの特権だけを振りかざすランカー等が現れないようにする防止と、帝都に大量に寄せられている任務遂行の効率化だ。

そして内容は至ってシンプルで帝都から指定された、その者のランクに応じた任務をこなすというものだ。

因みに定期任務は予報の理由がない限りこれを拒否すればランカーの資格を剥奪され、一度剥奪された者は二度とランカーを名乗る事が出来なくなる。


そして今日がランクEの定期任務の日であり、恋斗は指定された猫探しの任務を受けていた。

蛇足だが、ランクによって定期任務の日にちは異なっていてランクAのミナカは二週間ほど前にそれを終わらしていた。



 猫探し、と聞いてミナカはその余りにちんけ過ぎる任務の内容に最初、彼女は自分の耳を疑った。

 いくらランクEの最下位だからってそれはないでしょ、というのがミナカの感想だった。

そもそも、スキルランクとは"能力者でしか"解決出来ない事件を扱うのが本来の目的だ。だが、猫探し程度なら無能力者でも解決出来る。いや、それ以前にそんな下らない事をスキルランクに依頼する事態がお門違いというものである。


 そしてミナカが何より信じ難かったのは、そんなちんけな任務を定期任務に選ぶ帝都だった。

ランクAの自分の時はダムクライツ級のマフィアを制圧しろ、というのに対してランクEは猫探しというのは余りに理不尽ではないか、そう恋斗に愚痴を溢したら帰ってきた言葉は


「それは、俺が『無能力者』だからですよ」


だった。勿論、ミナカはそんな理屈に納得がいく筈もなかった。



 だが、実際に任務をやってみると確かにこれは無能力者がするには少し酷なものであった。何故かというと猫が目撃されたとされる場所が場所だったからだ。


 帝都ターヘク地区。通称、『スラム』


北のセリナ、東のターヘク、南のフリグナ、西のラルティーナ、そして中央のローレの五つの地区で分かれる帝都の中で最も貧民窟であるターヘクはスキルランクの資格を剥奪された者のような、ならず者達が蔓延る治安の悪い地区だ。


 何故こんな所に貴族の猫が迷い込んだのかは分からないが、日常茶飯事に能力者同士のトラブルが起こるターヘクに無能力者が出入りするのはさすがに無理がある。だから帝都もこの任務をランカーに任せたのであろう。


「……はぁ、ミナカさん、そんなに機嫌が悪くなるなら先に帰っててもいいんですよ? そもそも、定期任務は受けた本人が一人でしなきゃいけない訳ですし」


「な、何よ! 別に機嫌が悪い訳じゃないわよ!!

それにアンタみたいなひ弱そうな奴はここに居る連中のカモにされやすいから、仕方なくランクAのこの私が付き添ってあげてるんじゃない!」


「いや、ミナカさんが俺を心配してくれるのは嬉しいですが、さっき一番街でナンパされてから随分と機嫌が悪いじゃないですか」

「別にアンタの心配なんてしてない!!」


 まだ昼間の時間帯にも関わらず夜のような薄暗い雰囲気を漂わす日の光が届かない路上。猫の目撃情報があったターヘク地区の二番街に通りがかった辺りで恋斗は苦笑しながら不機嫌そうに隣を歩くミナカとそんな会話をしていた。


 ミナカが不機嫌なのは恋斗が話した通りターヘク地区に入って早々、いきなりナンパにあったからだ。治安の悪いこの場所ではそんな事は当たり前のように起きるのだが、問題はそこじゃない。


 絡まれたのがミナカではなく恋斗だったのだ。つまり逆ナンだ。


ミナカ自身も彼女の性格を知らない者なら道行く人が何人も振り返るような可愛らしい整った顔立ちをした美少女だが、恋斗・タリナスはある意味それ以上の容姿だった。


 灰髪という非常に珍しい色をした短髪に、一見すれば美男子とも美少女とも見れる、おそろしいくらいに中性的で整った顔。一度見れば直ぐ様、脳裏に焼き付くほどのその姿は見ているだけで本当に自分と同じ人間かどうか疑ってしまうような、ある意味で特異な容姿だった。


 その所為か、ターヘク以外の場所でも恋斗は何度も逆ナンされた経験があり、その度に隣に居るミナカは恋斗に集る女共とそれに苦笑しながら照れる馬鹿見て怒りのボルテージがぐんぐんと上がっていく。

 さっきの逆ナンも場所が場所の所為か、いつもよりもしつこく絡んできた為、ミナカも耐えきれず能力を使って追い払ったのだが、それ以降の彼女の機嫌は時間が経つ度に悪くなっていったのだ。


「まぁでも、ミナカさんと二人だとああいう輩に絡まれる回数が一人の時と比べて一気に激減しますから助かりますよ」


「フンッ、何よそれ、まるで私が魔除けみたいな言い方じゃない」


 何を藪から棒に、と頬をポリポリと掻きながら言う恋斗にミナカは睨み付けるような視線と共に言葉を返した。すると、恋斗は『いえいえ』と首を振ってそれを否定し、ミナカの方を向いてニコッと笑みを浮かべた。


「ミナカさんが隣に居ると、俺達の関係が恋人同士か何かに見えたから絡まれる回数も減ったんだと思いますよ?」


 あまりにもあっさりとした様子で口にした恋斗の言葉を理解した時、ミナカ・イルピリスの時間が止まったかのように彼女の動きが停止した。


「……こ、こ、こ、恋人同士……? わ、私と…れ、れ、恋斗が……?」


 金魚のように口をパクパクさせながら言われた言葉の意味を繋いでいくミナカ。彼女にとって恋斗の言葉は想像以上の威力を秘めた兵器だった。その証拠に彼女の顔は一気に赤く染まり、今にもオーバーヒートしそうな勢いだ。


「あ〜、でも恋人同士とは限りませんね、ほら俺達って似てませんけど年齢差を考えれば兄妹に間違われるというのも有り得ますし……って、ミナカさん?」


「恋人同士………私と恋斗が……恋人同士……私と恋斗が……兄妹同士? それもいいかも」


 ぶつぶつと呟いているミナカの言葉を恋斗はちゃんと聞き取れなかったが、こんなにも顔が真っ赤だと熱でもあるのではないか、と原因を作った張本人は勘違いをし始め、その場で立ち止まっているミナカの正面に立った。


「ミナカさん、ちょっと失礼しますね」


「私と恋斗が……って、ひゃぁ!?」


 未だにぶつぶつと言っていたミナカにそう一声掛けると、恋斗は少し屈んでミナカと自分の身長を合わせ、そして優しくミナカの前髪を上げて彼女と自分の額をくっ付けた。


「う〜ん、熱はないみたいですね……って、さっきより赤くなってるじゃないですか!? 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫、だから……は、早く……」


 恋斗の大胆とも言えるその行動にミナカはもはや沸騰間近、いや既に沸騰しているんじゃね? というくらいに赤くなっていた。


「……早く? 早くどうすればいいんですか!?」


 自分が原因を深めているとも知らずにますます赤くなっていくミナカを前に焦りを増していく恋斗。

そんな彼にとうとうミナカはキレた。



「いいから早く離しなさいよ、この変態恋斗!!」



 バチンッ! と強烈な音が薄暗い路上に響いた。

ミナカの風を纏わせた平手打ちが恋斗の頬を打ち付けたのだ。


「ハァ、ハァ……何でアンタはいつもそうやって私を……」


 ミナカは肩で息をしながら呼吸を整え未だに赤い顔のままで、地面に涙目で横たわる恋斗(バカ)を睨み付けた、その時。


 みゃー


「! 今の鳴き声は……!」


 目の前にある石造りの建物の間から見える路上裏から今回の任務の標的らしき鳴き声が聞こえた。


「どうやらあっちから聞こえたようですね」


 さっきまで地面に転がっいたのがまるで嘘かのように平然とした立っていた恋斗は言い終わるのが先か、路上裏への道へ駆け出して行った。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、恋斗!」


 走り出した恋斗の背中を見てミナカも彼を追うように路上裏へと入り込んだ。


 ただでさえ薄暗いターヘクの路上裏となるとそこは完全に夜の世界が広がっていた。表通りから僅かに差し込む光を頼りに二人は汚い地面を蹴って闇へと潜ってゆく。

そしてようやく闇の世界を抜け、目標が居るであろう路上裏の先に着いた時、恋斗・タリナスは目の前の光景に思わず足を止めた。


「? なに突っ立ってんのよ、ターゲットは見つか───」


 路上裏の出入口で棒のように立ち止まる恋斗にミナカは疑問を抱き、そう言いながら彼の視線が釘付けになっているものを見た。そして言葉が途切れた。



 そこはゴミ捨て場のようなやや広い場所だった。広場の周囲の地面はガラクタ達が数えきれない程転がっており、真ん中には原型を留めていない鉄屑や壊れた家具等で積み上げられた瓦礫の山が聳え立っていた。


 そして二人の視線が釘付けになっていたのはその山の頂きに埋もれる一人の少年だった。


黒髪黒眼の東の国特有の姿をした彼の格好はミナカ達から見ればかなり異質なものだった。

着ている服装はまるで貴族がパーティーで着用するような礼服に似ている。だが、緩んだネクタイやボタンが全開になった上着、手に持つ血の付いた木刀を見る限り彼が貴族でない事が見てとれる。貴族が普通こんな格好をする筈がないのだ。


 だが、二人が釘付けになっているのはその奇妙な格好についてじゃない。彼の顔についてだ。


「……れ、恋斗が二人居る?」


 固まっていたミナカからやっと出た言葉だった。

さっきも説明した通り、恋斗・タリナスの容姿は特異である。その意味通り"他とは違う"のだ。

なら、何故目の前にその"他とは違う"顔と同じ少年が居るのか?

ミナカは目の前の少年と見比べるかのように隣に居る恋斗に視線を移した。


「ハハッ、これは驚きましたね……」


 そう苦笑を漏らす恋斗の表情は傍目からすればいつも通りの笑みに見えたかも知れない。だが一年半もの間、行動を共にしてきたミナカには彼の目が今までにないくらいに驚愕の色に染まっている事がわかった。

 どうやらこの様子を見る限り恋斗は目の前の少年と知り合いではないようだ、とミナカは判断して視線を再び山の上の少年へと戻すと少年の方も何やらこちらを見て呟いていたようだが、ここからでは聞き取れない。そしてその後に何か考え方をするかのように額に手を当て数秒後、少年は吠えた。


「だァ! クソッ! 回想しても何も分かんねぇじゃねぇか!!」


 バリバリという効果音が付きそうな勢いで頭を掻きむしる少年に恋斗とミナカは唖然とした様子で黙っているしか出来なかった。


だがそんな時、山の上に居る彼の足元で"みゃー"という鳴き声が聞こえた。


「…………ねこ?」


 怪訝な顔をしながら片手でそれをつまみ上げた少年を見て、恋斗はハッとして今回の任務のターゲットを思い出した。


「あの〜、すみません、その猫、こちらに渡してくれませんか?」


「…………はっ?」


 これが同じ顔をした二人の少年が交わした最初の言葉であり、奇妙な出会いの始まりだった。




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