ある学生視点から見た物語のプロローグ
今回の話から新章突入です。また、今回の話はいつもと違ってキャラクター視点です。
不幸というものは様々な事象と確率が重なりあって初めて生じるものであってそこには何らかしらの理屈や理由が必ずある。
何の理屈も理由もなく不幸を呼び寄せてしまう不幸体質なんて代物は所詮、三流ラブコメの主人公みたいなハーレム野郎にしか備わらないフィクションの中での設定だ。
だってそうだろ? 何も特別な行動を起こさない人間が何か特別な出来事に巻き込まれるなんて現実じゃそうそうない。
例えば、放課後に何となく街中のゲーセンを歩いていただけで目が合ったチンピラに因縁を付けられ、そのまま喧嘩に突入し、そいつらをボコボコに返り討ちした所をたまたま自分のクラスの担任に目撃され、理不尽なまでに一週間の停学を言い渡されたとしても、それはソイツが不幸を呼び寄せてしまったという訳ではなく、様々な事象の確率と理屈、そして理由が揃ったからこそ起きた現象であって、決して俺に不幸体質などとフィクション設定があったからではない。
そう、俺は不幸体質なんかじゃないんだ。
──なら、この状況はなんだ?
「……れ、恋斗が二人居る?」
唖然、いや驚愕といった方が正しいだろうか?
俺の目の前に居る二人の人物の内の一人、ゴスロリ系の服を着た金髪碧眼でショートヘアの可愛らしい女の子が口をパクパクさせながら自分の隣に立っている男と俺を見比べながらそう言った。 っていうか、外見明らかに外国人なのにえらく流暢な日本語だな。
あと、残念ながら俺の名は『レント』ではない。まぁ少し惜しいな。
「ハハッ、これは驚きましたね……」
嘘つけ。驚きましたね、って言う割にはニヤケてるじゃねぇか。
少女の言葉に釣られるように隣に居たもう一人の俺が苦笑のような表情を浮かばせてそんな言葉を口にしていた。
ふむ、こちらは俺と同い年くらいか。着てる服装は長袖の白いシャツにジーパンのような黒のズボン、そして肩から黒いローブを羽織った姿だ。髪は白髪、いや白というよりも灰色だな。で、顔の方だが隣の少女と比べると日本人に近い。っていうかそれ以前に……
「……俺と、同じ顔?」
驚いたことにこの男、顔付きが俺と全くと言っていい程、酷似している。違うと点を挙げるとすれば、こちらの方が"ほんの少しばかり"目付きの悪いのと黒髪くらいだ。
しかし何故だろうか、俺は目の前に居る自分と同じ顔付きをしたこの男に対しても余り驚嘆のような感情が浮かばなかった。
やはり、自分に置かれたこの状況が特殊過ぎた所為だろう。些か俺の感性が麻痺して正常に働いていないようだ。
もしこの状況が俺の普段の日常の中で起きた出来事なら俺もあの女の子と同じ反応を示していただろうが、残念なことに今はイレギュラーな非日常という状況でのイベントだ。
まっ、そんな事より今はとりあえずこう言っておこうか。
「……ここ、何処?」
気が付けばいつの間にか辺りは日の光が届かないような暗い路地。
そして何故か俺はゴミ捨て場のような場所に積もった廃棄物の山の上。
……っで、目の前には先程説明した外国人少女と自分そっくりの灰髪の少年。
……いかんな、突っ込む点が多すぎて焦る感情すら失せてしまう。
ここは一旦この状況に至るまでの回想をしてみよう。そうすれば俺がこの状況に巻き込まれた要因が見つかるかもしれないし、物事を思考することによってパニックせずに済む。
──ということで回想だ。
◇ ◇ ◇
いつも通り帰宅部の俺は放課後に訪れる暇をもてあましながら街中をぶらついていた。
生憎、友人達は皆揃って部活動に勤しんで今日は一人で学生らしくゲーセンなどで時間を潰していると、そこでたまたま頭と柄の悪そうなチンピラ達数名が一人の少女に集っている現場を目撃した。
少女の方は大体、十一か二くらいの小学生で、まぁ客観的に見れば将来が楽しみな顔付きだ。
恐らくチンピラ達の目的はカツアゲかナンパのどちらかであろう。流石に後者だと引くが……いや、どちらも小学生相手にする行為でない事は確かだ。
っで、俺はというと当然スルー。漫画や小説などの正義感溢れる主人公なら普通は助けに入る所だろうが生憎、俺は主人公ではなく精々一般市民Cくらいのポジションなのだ。
それに下手にああいう輩に絡まれるのは御免だし、見ず知らずの小学生を助ける義務も持ち合わせちゃいない。
他の人間から見れば冷たい奴だと思われるだろうが、俺は面倒事には巻き込まれたくないんでね。
まっ、心配しなくても俺みたいなエキストラじゃなくて主人公クラスの人間が表れて直ぐあの娘を助けてくれるさ。
俺は心の中でそう吐き捨ててチンピラ達と少女から視線を外そうとした時だった。
「「………………」」
視線を逸らす前に少女と目が合ってしまった。
しかもその瞳からは今にも滴が溢れそうで、捨てられた仔犬のように俺をロックオンしている。
「…………げっ」
そして連鎖的に少女が向ける視線の先に居る俺をチンピラ達もロックオンする。その表情は吐き気がする程、下品な笑みだ。
チンピラ達が少女を囲いながら俺に近づいてくるのを確認したと同時に思わずため息が出てしまった。
「……オイオイ、マジですか」
だから面倒事に巻き込まれるのは嫌なんだよ
「あぁ、もう最悪っ!」
既に日は沈み、子供達の声が聞こえなくなった無人の公園でブランコに股がりながら俺は吠えた。
最悪、今日という一日程この言葉が似合う日はなかっただろう。
あの後、案の定チンピラ達は俺に何かと因縁を付け喰い掛かってきたが、俺はそれをなるべく"丁重に"撃退した。しかし、何故かあの小学生は俺に助けられたにも関わらず俺がチンピラ達を撃退中にまるで鬼か悪魔でも見たかの表情を浮かべ半泣き状態で逃げ去ってしまった。
全く、けしからん。成り行きとはいえ、普通は助けられたのら礼の一つくらいしていくものだろう。これだから近頃のガキは……
いや、礼をしなかったのは別にいい。
俺にとって一番の問題はあの喧嘩の現場を運悪く担任に見つかってしまったことだ。お陰でたっぷり絞られたのに加え一週間の停学処分までくらった。
勿論、俺も担任に経緯をちゃんと説明したが普段の学校での態度と、血塗れの木刀を振るいながら一方的にチンピラ達を痛めつけている所を見られてしまったので信じてもらえなかったのだ。
そして不貞腐れた俺はその足取りで近くの公園に行き、ブランコに乗りながら愚痴を溢す今に至る。
「はぁ……結局、一週間の停学くらって、残ったのはこれだけか」
俺は手にあるチンピラ達との戦利品である木刀を眺め、息を吐いた。因みにこれはチンピラBとの戦闘中に奪い去ったもので後のA、C、D、Eをこれで鎮圧させた。
「……そういえばこの公園、誰もいないな」
一通り愚痴と不満を吐き出し、少し気が落ち着いた時に俺は辺りを見回してそのことに気付いた。
この公園は普段から人気がない場所だが、やはり夕暮れ時ともなると誰もいなくなる。
「……誰もいない公園って不気味だな」
そんな独り言を口にしたのは、この無人の公園から漂う独特の雰囲気の所為だろう。誰も遊んでいない滑り台やブランコは何となく異質で、砂場の柵に施されている可愛らしい筈の動物の絵はまるで俺を睨み付けてるような気持ち悪い錯覚に陥りそうになる。
──早く此処から離れよう
直感的に思考がそう警告した。なんだか分からないが妙に嫌な予感がする。
こういう時はその直感に従った方が賢明だ。
俺はブランコから降り、手に持った血塗れの木刀の処分に迷いつつ、流石にこの辺で捨てる訳にもいかないし帰りにゴミ捨て場にでも捨てようと判断して、右手で木刀を持って無人の公園を後にしようと足を前に踏み出した。
今になって思うが、これが俺にとって日常から非日常へと移り変わる最後の警告だったのかもしれない。もっと早くこの公園から離れていれば……いや、そもそもあの小学生と目が合っていなければ俺は普段と変わらない日常を過ごせたと思う。
だが、そんなことを後から言っても既に遅い。
俺が公園の出口へと駆け出そうとしたその時にそれは起きた。
ドサッ……
突然の出来事だった。
『それ』は俺の進行を阻むような形で目の前に降ってきた。
「………………は?」
この余りにも唐突な出来事に対して俺が放った最初の言葉がそれだった。
俺の目の前で何かが降ってきた。まだ降ってきたものがハトやカラスのフンであればまだ許容範囲内だ。
だが、その降ってきたものはフンなんかじゃなく、人間だったら?
「………ァッ、アァァ!!!」
降ってきたのは何故かパンツ一丁の禿が目立つオッサンだった。しかもなにやら奇声を上げて瞳は焦点の定まらないままキョロキョロと動き、何かにもがき苦しんでいるように見えた。
「おい、アンタ大丈夫か……!?」
普段ならスルーしていたかも知れなかったが、今回は別だ。明らかに様子がおかしい。いや、確かに秋にパンツ一丁でいるオッサンが降ってきたというのも十分おかしいが、そうじゃない。
「…………雪?」
オッサンの体には所々に雪のような粉が大量に付着していた。いや、正確には雪ではない。
遠目から見ればそれは灰色だった。しかも僅かにそれら全てが蛍のように淡い光を灯している。
「とりあえず、救急車を……」
あの雪のような粉の正体が気になるが、今はとりあえず救急車を呼ぶのが先決だ。俺はブレザーの内ポケットから携帯を取り出そうとした。
「ァ、アァ、ァァア!……オ、オマエは……!」
俺がポケットを探っていると焦点の定まっていなかったオッサンの両目が俺を捉え、それと同時に再び奇声を上げ、体は寒さを抑えようとするかのように震えだした。
「えっ、ちょっと、アンタ! どうしたんだ?!」
その異常とも云える行動に俺は思わず近付こうとしたが、オッサンは『ヒィィ』と鳴くような音を出して距離を取るように後退りした。
「オ、オマエが、まさか、アの……ダス……と、………」
その言葉を最後にオッサンが倒れた。
「おい、アンタ……!?」
倒れたオッサンに近付こうとした瞬間だった。オッサンに付着していた灰色粉がまるで動物の死骸に集る蟻のように動きだし、体がみるみる内に灰色に取り込まれていった。
「な、なんだよ……これ……」
灰色の粉が動きを止めた頃には既にオッサンの体はなくなっていた。代わりにそこにあったのは灰色の粉とは別の、骨灰のような白い塵が小さな山になって積もっていた。
「は、はは、なんだよこれ、夢か……?」
無意識に口から出たそんな単純な自問に、今の俺は答えられなかった。
あり得ない。こんな夢みたいな出来事はあってはいけない。
なんだよ一体全体、俺が何をしたって言うんだ?
いきなり人落ちてきたかと思えばそいつが灰色の粉に呑まれて塵になって……
「オイオイ、冗談きついって……」
灰色の粉は再び動きだした。どうやら今度は俺が獲物らしい。
逃げ出そうという考えはもちろんあったが、遅かった。気付いた頃には灰色の粉は俺の周囲360度を霧のように覆っていた。
「"ダスト"、埃か……はは、埃に殺されるのかよ、俺……」
あのオッサンが最期に言った言葉。多分、"ダスト"とはこの灰色の粉のことを指す名前だろう。
俺がこの王手の掛かった状況で出来るのは最早この出来事が全て夢だったというオチである事を願うくらいだ。
「クソッ……だから嫌なんだよ、面倒事に巻き込まれるのは」
その言葉を言った後に俺の視界は一気に灰色で塗り潰され、俺はそこで意識を手放した。