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最弱の強者  作者: 夢火
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任務報告とピエロの嘲笑



 セレナ地区の路地の一角にひっそり佇むとある一つの喫茶店がある。

外見は周りの民家に合わせた赤い煉瓦作りの二階建ての建物で、内面の方はカウンター席と数ヵ所のテーブル席のあるオーソドックスな造りだ。


 そしてこの喫茶店の二階のある一つの小部屋。

某事情により半暴走状態にあった一人の少女とそれを宥める為に文字通り体を張った少年、そしてぐちゃぐちゃになった部屋を片付けるエプロンドレスを身に纏った少女が居た。



 ミナカの叫びが部屋に響いてから約十五分。

顔を真っ赤にした興奮状態のミナカを相手に恋斗と睦月の二人がかりでなんとか気を落ち着かせ、念のため少し間を開けようやく話しが出来るまでに冷静になった彼女に恋斗は今回の任務の報告をした。


「ふ〜ん、じゃあ結局、あの男は悪い奴じゃなかったってわけ?」


 先程まで興奮状態にであったミナカはぐちゃぐちゃになった金色の髪に櫛を通しながら報告を一通り終えた恋斗にそう尋ねた。

ちなみにぐちゃぐちゃなのは彼女の髪だけではなく、ベッドや机などこの部屋全体に被害出ている。


「いえ、まぁ、"悪い奴"という言葉で当てはめるなら一応、今までのダムクライツが起こした罪状もあるので"悪い奴"になるのですが、彼が睦月さん達をちゃんと保護していたのは事実ですよ」


 ぐちゃぐちゃにされた自分の部屋になんとも言えない虚しさを感じながらもミナカの問いに苦笑しながら答えた。


「そう」


 恋斗から返ってきた言葉に一言そう答えてミナカは櫛を通す手を止め、報告された今回の任務を頭の中で纏め始めた。



 今回の任務は奴隷売買を目的に捕われた無能力者の救出、及びその主犯組織であるダムクライツファミリーのボス、セヴィラ・ダムクライツの捕獲。


だが、その奴隷売買というのはセヴィラがファミリーを使って居場所のない流浪の無能力者を保護する際に使った口実で、実際には奴隷売買など行われていなかった。

恋斗の報告の中でセヴィラがなぜ無能力者たちを庇ったのか、詳しい理由は聞かされなかったが、過去になにやら事情があるらしいが、私がそれを知る必要はない。


 そしてセヴィラが保護していた無能力者達だが、彼らはスラクルという国が受け入れてくれたようだ。確かに、あの国はこの大陸の中で無能力者が暮らすには安全な部類に入る。これで彼らの事については一安心だろう。


 あとは、敷地に居たダムクライツファミリーについてだが、その殆んどが帝都の治安維持隊によって連行されたらしい。連行されたファミリーは今までの罪状から、然るべき処分が下されるだろう。因みに、治安維持隊が来た頃にはセヴィラの姿はなかった。


それと睦月から聞いた話しだと、彼女を襲おうとした男は現在も行方不明だそうだ。


「……ねぇ、恋斗」


 一通り頭の中で今回の件について纏め終えたミナカだが、未だに残る疑問点があった。


「なんですか?」


「まだ聞いてなかったんだけど、なんでここに睦月がいるの? しかもメイド服で」


 恋斗がミナカに任務の報告をしている時からずっと、ぐちゃぐちゃになった部屋を整理していた睦月にミナカは手に持っていた櫛で彼女を指した。


「え? 私ですか?」


「だってあなた達はみんな恋斗がスラクルって国に馬車で送ったんでしょ?」


 ミナカの言葉に手を止めて目をぱちくりさせる睦月に恋斗はすかさず口を開いた。


「あぁ、実は俺が彼女に頼んだんですよ。ほら、最近マスターが店の人手が足りないって嘆いていたじゃないですか」


 マスターというのはこの下の一階にある喫茶店の亭主の事だ。


この建物は元々そのマスターの所有しているものだが、恋斗はマスターと知り合いの馴染みとしてこの二階の空き部屋を使わせてもらっている。

 因みにミナカの部屋はこの恋斗の部屋の直ぐ隣にある。

彼女曰く『男子立ち入り禁止』だそうで、今回の事も恋斗はそれを律儀に守って仕方なく自分の部屋で寝かせたのだが、彼はそれをミナカ言った瞬間、何故か空気の塊で腹を殴られた。

睦月が言うには『恋斗さんは乙女心に対する配慮が足りません』だそうだ。



「だから、睦月さんに俺の知人の喫茶店で働いてみませんかって誘ったんですよ

あっ、因みにその服についてはマスターの趣味だそうです」


 もしこれでこの服がマスターではなく、恋斗の趣味なら間違いなくミナカは彼に竜巻を放っていた事だろう。


「へぇ〜そうなの。睦月の方もそれで良かったの?」


「はい、私、料理が得意だったので一度でいいからそういった仕事をしてみたかったんです」


 自分よりも年上の睦月を早速、呼び捨てで話す辺りミナカらしいといえばそうだが、睦月の方も呼び捨ての事は気にする様子もなくミナカに答えた。


更に睦月は言葉を繋いだ。


「それに、恋斗さんに助けてもらったお礼をしたかったので……」


「あはは……お礼だなんて、俺は何もしてませんよ」


 頬をほんのり赤く染めながら恥ずかしそうに顔を俯かせる睦月に恋斗は困ったような笑みを浮かべ頬を掻いた。


「…………………」


「……えっと、ミナカさん、なんでそんな食い入るような目付きで俺の方を睨むんですか……?」


 睦月の先程の言葉を聞いてからミナカはものすごい形相で恋斗を睨み付けていた。もう、これでもかってくらいに


「アンタは黙ってなさい!」


 ついさっきも同じやり取りをしたが、ミナカは今度は風ではなく、手元の枕を恋斗の顔に目掛けて思い切り投げた。


「イテッ! ひ、ひどい……」


 俺が何をしたんですか、と頭にぶつかり地面に落ちた枕を拾いながら恋斗はミナカの方を見たが、相変わらず不機嫌そうである。


 理由は簡単だ。睦月のあの言葉と照れ隠しをするような仕種を見れば大抵の人間なら分かる。


まぁ、尤もあのニコニコが彼女の気持ちに気が付いているかは分からないが、十中八九ないだろう。


「ま、まぁ、とりあえず報告は以上です。じゃ、俺は下でちょっとマスターと話しがあるので睦月さん、ミナカさんの事を頼みますね」


 不機嫌そうなミナカの相手をするのは凶と判断したのか、それとも本当に話しがあるのか分からないが、恋斗はそんな台詞を残して部屋を出て行った。


「全くアイツは………あっ!!」


「どうかしましか、ミナカちゃん?」


 忙しない様子で部屋を出て行った恋斗に文句を垂れようとしが、その前にミナカはある重要な事を恋斗に聞くのを忘れていた。


(ダムクライツが一年半前の事について関わっていたかどうか恋斗に聞き忘れてた……)


 そもそも、この任務を受けた根の部分での理由は一年半前に失った自らの記憶について手掛かりを探す為だ。


「まぁいっか、後でアイツに聞けばいい事だから」


「………?」


 頭に疑問を浮かべる睦月に『なんでもないわ』っとだけ言って一旦話しを切った。







 ◇ ◇ ◇



 階段を一段ずつ降りていくと、まず最初に見えたのはカウンター席の向こうで煙草を吹す筋肉質の体をした中年の男だった。その頭にはバンダナが巻かれており、服装は上下が黒のラフな格好だ。


「あら、ミナカちゃんの方はもういいの?」


「ええ、あの様子を見る限り大丈夫ですよ」


 カウンターの隣にある階段から降りてきた恋斗を見て中年の男はそう尋ねた。

その口調は明らかに外見とは一致しないものだったが、恋斗はそれに馴れているのか全く気にした様子を見せずに言葉を返した。


「客がいないようですけど、今日は休みですか?」


 周りの席を見ても自分たち以外に誰もいないこの喫茶店に恋斗は疑問を抱いてそう聞くと、中年の男は直ぐに答えた。


「いんや、普通なら営業時間だけど、そうしたらミナカちゃんが落ち着いて寝れないじゃない。

あと、二人きりの時はその言葉使いをしなくていいわよ。四六時中そんなだとアンタも疲れるでしょ?」


 質問の答えと供に返ってきた言葉を耳にしながら恋斗は男の座るカウンター席の隣の椅子に腰を降ろした。



「……助かるよ、けどもう慣れたさ」



 そう言ったのはいつも笑みを浮かべるニコニコ少年ではなく、感情が希薄に見える表情に変わった恋斗・タリナスだった。


「それで、今回の『釣り』はどうだった?」


 隣に恋斗が座ったのを確認した男は厨房に行ってワインの瓶とワイングラスを二つ持ってきてそれを恋斗の前に置いた。


「まぁまぁ、と言ったところかな。

相変わらず本命は釣れてくれなかったけど、彼女に力を与えてもらった男と出会ったのは中々の収穫だよ。あと、可愛いメイドさんもね」


 恋斗は自分の前に置かれたワインを開け、二つのグラスに均等に入れた。


「流石マスターだね、睦月さんのメイド服は完璧に似通っていたよ」


「そりゃそうよ、なんてったって素材がいいからね、あの娘。礼儀は正しいしオマケに料理の腕もいい。

あんな娘が手伝ってくれるなら仕事も楽になるわ」


「フフッ、それはよかった」


 希薄な表情を浮かべていた恋斗は少しだけ頬を緩めながら、ワインの注がれたグラスの一つをマスターと呼んだ男のカウンターの前に置いた。


「で、その力を与えてもらったっていう男の方はどうだったの?」


マスターはそれを掴んで軽く一口ワインを口に含んでグラスの縁を指でなぞりながら恋斗に聞いた。


「彼も中々面白い男だったよ、『教団』についての知識も少しあったようだしね」


「! それって……」


「あぁ、大丈夫だよ。その男は『教団』の人間じゃない」


 驚いたような声を上げたマスターに恋斗は安心させるかのように苦笑を浮かべてそう言った。


「まぁ、仮に『教団』の人間だったらそれはそれで好都合だけどね」


 少しトーンを落とした声で放たれたその言葉には強い意思が籠められていた。




「………いつまで、アンタはそのピエロを演じるつもりなの?」


 マスターはそんな恋斗に哀しげな表情と瞳をしながらそう尋ねた。返ってくる返事が変わる事などあるはずがないと知っていながら──だが、それでも聞かずにはいられなかった。



「"いつまで"と聞かれたなら"死ぬまで"と答えるよ」


 この灰髪の少年が浮かべる虚しく、乾いた笑みが──




「誰を騙しても構わない、誰を傷付けても止まらない」




 酷く痛々しい見えるから──




「一年半前に交わしたあの二人との約束と、その時にできた目的の為なら──」




 恋斗はふと視界に入ったグラスに注がれたワインに映る今の自分に思わず嘲笑をしてしまった。






「僕はミナカを『餌』に使うことさえ躊躇わないさ」




 何故ならそこに映っていた人物があまりにも『恋斗・タリナス』らしくなかったから



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