夢幻とまくら
それは純白の世界で見た忘れ去られし幻想の日々──
温かくて、優しくて、眩しくて、そして何故か最後に決まって私の中で虚しさが残るそれは、今もこうして夢となり、虚構の姿として甦る
──ねぇ、聞いて!聞いて! 今日ね、□□トが初めて私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれたの!
何もない純白の世界で最初に移し出されたのは十一か二くらいの、フード付きのローブで顔を隠した小さな女の子だった。
この幻で彼女はいつも欠かさず登場する。
もしかしたら、彼女がこの物語の主人公なのかもしれない……
だけど、それはあくまでも私が勝手に思い付いた推測で、いつも第三者の視点からしか彼女の姿を見ることの出来ない私には、真実を知る術を持ち合わせていない。
──そう、それは良かったわね、□ナ□
次に登場したその人物も少女だった。最初の少女より年上で、大体十五前後。身に付けている服装は確か、東の国の民族衣装か何かだと思う。
その少女の顔には不自然に靄が掛かっていて、どんな顔をしているのか、こちらからでは伺えない。
その人物はしゃがみ込んで駆け寄ってきたフードの少女の頭を優しく撫でて少女に言葉を返した。
──うん! だって、□□トってば、私のことをいつも『妹さん』って呼ぶのよ? だから今日は『名前で呼んでよ』って泣いてるフリしたの! そしたら、□□トったら、焦りながら私のこと、□□カって呼んでくれたわ!
フードの少女は頭を撫でられているのが気持ちいい様で、少女の声には高揚した感情が乗せられていた。
──ふふっ、□ナ□ったら、彼を困らせちゃダメでしょ?
フードの少女に優しい声色で返した彼女は、少女の頭を撫でる手を止め、フードの中にある少女の頬に優しく触れた。
この人物が今言った言葉もそうだったが、こんな風に会話中の特定の単語がノイズ混じりになって聴こえなくなっている。多分、誰かの人物名だと思う。
──え〜だって、私も名前で呼んでもらえたかったもん!
フードの少女は少し拗ねたように彼女に言った。
そんな少女を温かい言葉で宥める彼女。
彼女達二人が私にはまるで仲の良い母と子のように思えた。
──全く、この娘ったら……本当、□ナ□は彼のことが好きなのね
──えっ!? そ、それは……
その言葉にたじろぎを隠せない様子の少女を見た彼女がさらにからかうように言葉を繋いだ。
──ふふっ、隠そうとしてもダメよ? だって顔にそう書いているもの
その彼女の言葉に少女は慌てて自分の顔を両手で隠そうとしたが、そうする前に彼女が少女を抱き締めた。
──私はミ□□のことなら何でも分かるわ
その時、彼女の顔に掛かっていた靄が一瞬だけ晴れたように見えた。
──だって、私はあなたの──
それは、ただ温かくて、とても優しくて、不思議なくらい眩しくて、涙が出そうなくらい儚くて………そして何故か懐かしいと感じた笑顔があった。
◇ ◇ ◇
鼻孔をくすぐる妙な香りが気になった。何故かそれは心地好く、安心させるような感じがした。
「うっ……んっ……」
その正体が無性に気になり初め、手探りでその輪郭をなぞり、それをぎゅっ、と抱き締めて深く沈んでいた意識を起こそうとした。
「…んぅ……、まく、ら……?」
少しだけ開けた重い瞼から入ってきたのは青いカバーの羽毛の枕。
ミナカ・イルピリスはその枕を胸元で抱いた状態で目を覚ました。
「………あれ? ここは……」
枕を抱き締めたまま取り敢えず上半身だけを起こし、やや眠気が残る頭を覚醒させながらミナカは辺りを見回した。
(おかしいな、いつ着替っけ?……それになんでこんな所で……)
部屋を見回すと清潔的な印象をもたらす白で覆われた光景が目に映った。
さらに、自分の身の回りも確認してみると、彼女が着ていたのは彼女が寝るときによく好んで身に付ける淡いピンク色をした可愛らしいネグリジェだった。
ミナカの下にあるシングルベッドの側にはこ洒落た装飾が施された木製の四角い机と二つの椅子が配置されてあった。
よく見ると、二つある椅子の片方に彼女が着ていた筈の白を基準に赤の柄が入った上の衣服と黒のミニスカートが綺麗に畳まれて置いてある。
「う〜ん……」
色々と疑問に思う点があるものの、寝惚けた彼女の思考ではこの状況に対して納得出来るような答えを導くことは出来なかった。
トントン、
そんなミナカが頭を悩ませている時だった。
ベッドに居る彼女から見て右にあるこの部屋の木でできたドアからノックの音が聞こえた。
ミナカは思考を中断し、そのドアの方へと視線を移した。すると、ノックから一息くらい置いた後でドアが開かれ、そこから入ってきたのは白のエプロンドレスを見に纏った見覚えのある少女だった。
「あっ、目が覚めましたか……?」
エプロンドレス、俗に言うメイド服の少女はミナカの様子を伺うように視線をこちらに向けた。彼女の手にはトレーがあり、その上には器に盛られたパンやスープ、サラダなどの食事があった。
「アンタは確か……」
ポニーテールで纏められた長い黒髪を腰の後ろで揺らしながら、少女はベッドの近くにあった服の置いていないもう一つの椅子に腰掛け、彼女は食事の乗ったトレーを机の上に置いてミナカに対してにっこりと笑みを向けた。
「えっと、ちゃんとした自己紹介はまだでしたね、
私、睦月と申します。よろしくお願いしますね、ミナカちゃん」
「え? えぇ……よろしく」
ぺこりと礼儀よく頭を下げる睦月に少し戸惑いながらもミナカはそう返事を返した。
「どうやらお目覚めのようですね」
「あっ、恋斗さん」
少女二人がソプラノ声が聞こえた方を向くと開いていた扉から恋斗がいつもの表情で顔を覗かせていた。
部屋に入ってきた恋斗に睦月は座ったまま軽く一礼をし、恋斗もやや照れたような笑みでそれを返した。
「ふんっ、なにデレデレしてんのよ」
「いてっ!」
そんな恋斗の反応に機嫌を損ねたミナカは軽く指を振るった。
すると恋斗の足下で風が吹き、足を掬われた恋斗は勢いよく地面へ体を伏した。
「いてて……ひどいですよミナカさん、俺が何をしたって──」
「うるさい!」
涙目で額をさする恋斗に有無を言わさず追撃を加えるミナカ。
睦月はそんな二人の光景を穏やかな笑みを浮かべて見守っている。
「ふふっ ──あれ? そういえばミナカちゃん。その枕、さっきからずっと抱いてるみたいですけど、そんなに気に入りました?」
「……? あぁ、この枕は……って、あれ?」
クスクスと笑っいた睦月がミナカの胸元で抱かれたそれを指差した。
ミナカは睦月に言われて無意識に抱き締めていた枕の存在を思いだし、それに視線を落とした。
改めて枕を見ると、何故かこの部屋を見た時と同じく、脳裏のどこかでこれについての記憶が埋もれているように感じた。
(青色の羽毛の枕、それに白を基準とした家具の少ない部屋……えっ?)
眠気も徐々に覚め、靄が掛かっていたような思考から浮かび上がってくる枕と部屋の正体。
そして何故だか真実が迫るに連れ、ミナカの顔も紅潮していく。
「えっ、ちょっと待って。この部屋ってまさか……」
そう、ミナカには絶対に見覚えがある筈なのだ。
自分と一年半前からずっと共に行動を一緒にしている、いつも笑みを浮かべるあの灰髪の少年が主であるこの部屋と、その彼が毎日使っている枕なのだから──
「な、な、なんで私が恋斗の部屋に居るのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
顔を林檎のように紅くした少女の叫びが木霊した。