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最弱の強者  作者: 夢火
13/18

救出と勧誘



「子供や女、老人達は先に行け! 男はその後だ!」


 敷地の東側に位置する恋斗が睦月と出会ったあの二階建ての大きな倉庫。

その一階内部の中心でセヴィラの張りのある声が響いた。


「皆さん、こちらです!

俺の後を二列になって付いてきて下さい!」


 次に倉庫で響いた声はソプラノボイスの恋斗の声だった。

彼はシャッターの上がった倉庫の入口付近で手招きをしながら、次々と流れ来る人々に指示をしていた。


 この倉庫の一階は廊下を挟んで向き合うように檻が並び、まるで牢獄のような構造をしていて大体一つの部屋に二、三人が収用されていた。

全ての檻の人数を会わせるとその総数は約八十人ほどだろうか。


 今はセヴィラの指示通り檻に入っていた人々の内、まずは女子供と老人が檻から出て廊下にやや混雑した状態で群がり、檻には男達だけが残っていた。


(あの小僧はまだ信用した訳じゃねェが、今は仕方がねェ)


 声を響かせて指示をしつつ、セヴィラは入口付近の恋斗を睨み付けながら胸の中で悪態をついた。



 セヴィラがこうして恋斗と共に無能力者達を動かしている理由はあの会話の後にあった。


 恋斗の言葉を聞いたセヴィラだが、彼の事を信用などしてはいなかった。だが、彼の言った言葉には一理あった。


確かに、ダムクライツファミリーのボスという地位を失ったセヴィラでは保護した無能力者達をこれ以上此処で匿うことは出来ない。

セヴィラを襲ったファミリーの連中も今は地に伏せているが死んでいる訳ではない、時間が立てば目覚めてしまう。

今までは手下に色々と口実を言って誤魔化せてきたが裏切りが起こった以上、セヴィラ無きファミリーは当然、無能力者達を商品として売られる……いや、下衆の考える事だ。彼女達を己の欲望の捌け口に使うかも知れない。


 そんな事になるくらいなら、あの胡散臭いランクEの言葉を信じて奴の提案を呑んだ方が遥かにマシ。それに、負傷した今の自分一人では限界がある。


 そう結論付けたセヴィラは恋斗の提案に応じ、こうして彼と一時的だが協同する事にしたのだ。




「ははっ、これは嬉しい誤算ですね……」


 余りにも素直に従ってくれる無能力者の人々を見ていた恋斗は思わずそんな言葉を漏らしていた。


 こうやって列を作って移動している今もそうたが、最初にセヴィラが寝ていた彼らを起こして事情を説明した時もざわめき一つなく最後まで聞いてくれた。


 能力者であるにも関わらず、彼らはセヴィラに厚い信頼を抱いていた。

そのお陰で、多少は彼らから反発や反感があると思い時間が掛かると践んでいた恋斗の予想は杞憂に終わった。


 因みに、恋斗がセヴィラに提案した考えというのはこうだった。


まず当初、任務で奴隷を解放した後に彼らを此処から運ぶつもりで恋斗がスタンバイさせていた馬車に彼らを乗せる。


 彼らの数が八十と、恋斗が予想していた以上の人数だったので馬車が足りないと思われたが、その八十の内に体の小さな子供や女性達が半分以上を占めていたお陰でなんとか馬車の数は足りそうである。


 そして彼らを乗せた馬車の目的地だが、それも恋斗が事前に用意しており、帝都から少し離れたスラクルという自然の豊かな小さな国だ。

 スラクルは帝都やその近郊と違って無能力者に対する差別がなく、能力者と無能力者が共に協力して共存する世間では珍しい国だ。


 こういった能力の有無を関係なく人々が共存する地域はスラクル以外にも希に見受けられるが、それら全ては決まって能力者至上主義の帝都から離れている。

 世間がこんなにも能力の有無で二極化している最大の原因としてはやはり、世界一の領土と文明を誇る帝都がその様な主義を掲げている所為だろう。



 そして、馬車を用意したのもそうだが恋斗がここまで用意周到に揃えていたのにはその帝都が主な理由にあたる。


 帝都は今回の任務で無能力者達の救出とあったが、救出した後は彼らに対して全くと言っていい程、その後の生活支援などは行われない。能力者達の集まりである帝都が無能力者達の為に国の金を使う筈がないのだ。

これも普通の国なら暴挙が起きてもいい事柄だが、生憎と帝都はそんな普通の考えを持ち合わせていない。


 そういった理由から恋斗は事前に完璧な準備を整えた上で今回の任務を受けたのだ。


「さて、これで女子供や老人達は最後ですね」


 倉庫からぞろぞろと流れてくる列を馬車の所まで先導していた恋斗は後ろを向いて今、倉庫から出てきた列の最後尾にいる七、八歳くらいの女の子を見て取り敢えず一息吐いた。


「おや……?」


 やはり五十を越える列を一人で先導するのは少し疲れるな、と恋斗が思っていた時だった。

先程、倉庫から出てきた列の最後尾に居た女の子が突如、踵を返して倉庫の入口に居るセヴィラの方へ駆けて行った。


「ふふっ、随分と好かれているじゃないですか、セヴィラさん」


 ここからでは何を話しているのか聞こえないが、明るい笑顔を振り撒く女の子の様子を見る限り、恐らく女の子はお礼のような感謝の言葉を彼に言っているのであろう。

セヴィラも常に相手を威嚇するようなあの強面を今は出来るだけ緩め、視線を合わせる為に膝を地面に付いて女の子の頭を撫でていた。


「ホッホッ、あやつはワシらからすれば命の恩人じゃからの〜

皆からよぉ好かれとるわ」


 恋斗がセヴィラと女の子の方を微笑みながら眺めていると、列の先頭に居た背中が曲がった小柄で、年季の入った皺のある顔の翁がそう言って笑っていた。


「なんせ、この大陸で居場所が殆んどないワシらのような人間を、あの若者は救って下さった。

そのお陰でワシら今日まで生き延びることが出来んじゃ」


 感慨深い表情をしながら翁は話しを続けた。


「しかも、あやつはワシらをここに連れてきた時、『牢へ閉じ込めるような真似をしてすまない』と言って皆の前で頭を下げたのじゃよ。

寝る場所や食べる物を与えてくれとるだけで十分ワシらは感謝しておるというのに……」


 その翁の話しを聞き、恋斗は改めて列を構成する無能力者の人々を見回した。


 彼らが身に付けている服装こそは、睦月が着ていたような薄い布切れ一枚で作られた奴隷に着せるようなものだったが、よくよく見れば彼らの中で誰一人として暴力を受けたような後や、健康に異常が見られる人が居なかった。

 それはセヴィラが彼らの事をしっかりと考え、管理していた事が読み取れる。

睦月が襲われそうになったのも、侵入者が暴れ回っていた非常事態であったからであり、恐らく普段の状態ならば彼女が襲われる事などセヴィラが許さなかったであろう。


「しかし、あやつもそうじゃが、お前さん達のような能力者がもっといれば、世界も変わるかもしれんの……」


 翁がホッホッ、と笑いながら言ったその言葉に恋斗はニコニコだった表情を少しだけ強張らした。


 能力の有無など関係なしに人と人とが手を取り合えるような世界。

確かにそれは理想的とも言える素晴らしい光景だが、所詮は理想──いや、空想とも呼べる幻だ。現実はセヴィラやミナカのような考えを持つ能力者の方が異端で、大半の能力者が皆、帝都の掲げる主義と同じような考えだ。


 強者が正義で弱者が悪


 虚しいことだがそれがこの世界の理だ。


この翁はそれを分かっていながら、そんな夢幻の願望を口にしていた。


 恋斗はそんな翁の言葉を馬鹿にすることも、否定することもなく、ただ頷いて素直に受け止めた。


「ええ、全くそうですよね……」


 恋斗は視線を翁から外して空を見上げ、『けど』っと言葉を繋げた。


「セヴィラさんやミナカさんならともかく、俺みたいな奴が沢山いたら大変ですよ?」


「なぜじゃ?」


 翁は笑いを止めて、恋斗の言葉に疑問を感じで彼の顔を見上げた。


「だって俺は……彼らのような優しい人間なんかじゃありませんから」


 そこにあったのはニコニコを浮かべる少年の笑顔ではなく、夜空に浮かぶ月を遠い目で見つめた感情のない笑みだった。




「これで全員、か……」


 無能力者達を全て馬車に乗せ、先程行った最後の馬車の後ろ姿を眺めながらセヴィラはそう呟いた。


「……ハッ、変に情が移っちまったな」


 セヴィラはあの時、礼を言ってきた少女から貰った紙をポケットから取り出した。


「ありがとう、か……」


 そこに書かれていた文字と、自分と思われる絵を眺めるセヴィラは自分の頬が緩まっている事をどうやら自覚していないようだ。


 また、感謝の言葉を聞ける日が来るとはな……


 全てを失い復讐と憎悪に身を染めた自分が、誰かに感謝されるなんてあり得ない筈だった。


 そもそもセヴィラがダムクライツに入ったのは、無能力者の保護の為ではなく、祖国を壊滅に追い込んだ一人の能力者と、隣国への復讐の為だった。


 そしてファミリーに入って間もなく、仇の一つである隣国の重鎮を消した際、その重鎮が奴隷として雇っていた無能力者の姿が、全てを奪われた弱者であった過去の自分と重なって見えたのがきっかけだった。


 その日以来からだった。無能力者を保護する様になったのは


 自分の働きが評価され、組織のボスにまでなり詰めたセヴィラは奴隷売買と称して無能力者達を自分の傘下に配置し、そして奴隷を売るという口実で保護した彼らを差別のない安全な国へ送った。


 最初は重なる過去の自分を救おうとした、ただの自己満足だった。けど、それがいつの間にか自己満足ではなくなっていた。


 徐々にこの事が手下に不審に思われていると知りつつ、セヴィラはそれを止めようとしなかった。


 そして遂には手下に裏切られた。

組織の力を失った今では、もう片方の仇である、あの能力者の手掛かりもないに等しい状況になってしまった。


 だけど、少女から貰った絵を見ていると何故か心の中で後悔は生まれなかった。


「さて、取り敢えずこれで一段落着きましたね」


 声が聞こえた方向を振り向くとふぅ、と息を吐いて腕を頭上で伸ばしている恋斗の姿があった。


「あぁ……」


 セヴィラは振り向く際にポケットに少女から貰った紙を入れ、一言それだけ答えた。


「まぁ、それはいいとしてセヴィラさん、あなたはこれからどうするつもりですか……?」


 どうやらこの言葉を聞く限り、恋斗は本当にセヴィラを捕らえる気がないようだ。

セヴィラは恋斗に対する警戒を少しだけ解いてその質問に答えようとした。


だが、言葉が詰まった。まだ何も決めていなかったのだ。


 そんなセヴィラを察したのか恋斗は笑みを浮かべてこう言ってきた。


「ふふっ、まだ決まってない様なら俺から一つ提案がありますが、どうですか?」


「……提案?」


 恋斗のその言葉に怪訝な表情を浮かべてセヴィラは目の前のニコニコを睨み付けた。


すると、次にニコニコはセヴィラにこう言った。


「俺達と同じ、ランカーになりませんか?」





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