能力者と私利私欲
あらすじの方を変更しました。
ギフト──能力の名称にしては聞いたことがない、人物の名前なのだろうか……? 情報が少ないこの時点ではセヴィラはこの少年の口から出たその言葉が何を意味するのか分からなかった。
だが、少年の様子を見る限りその単語は彼にとって余程重要なものだと判断することができた。
「セヴィラさん、能力が発症する以前に金髪の……浴衣を着た娘に会いませんでしたか?」
セヴィラにそう聞き直しながら大きく一歩前に責め寄る恋斗の表情は先程と比べると一目で分かるほど異変があった。
中性的で整った顔からはいつも浮かべる笑みが消えて、黒掛かったブラウンの瞳は何か強い感情を灯していた。
「浴衣を着た娘──まさかあの時の夢が……?」
金髪という言葉には何も思い浮かばなかったが、"浴衣を着た娘"というワードがセヴィラの思考を強く刺激し、ふと浮かび上がったのが五年前のあの日。
ボロボロの体で朦朧とした意識の中で会話とも呼べない会話を交わしたあの少女。
顔は覚えていないが、漂わせる雰囲気は余りも異質で、その存在感が非現実的で、それでいて今でも記憶に強く残っているあの出来事をセヴィラは死を目前にした夢幻だと思っていた。
「! 成る程、やはり彼女があなたに……」
セヴィラの言葉に、恋斗は何かに納得したようでそう呟き、複雑そうな笑みをして反応した。何かを懐かしむような、そして自嘲するような複雑な笑みを。
「……小僧、そのギフトって娘が俺に力を与えたのか?」
会話を読む限り、この少年の言うギフトという人物と自分が出会ったあの少女が十中八九、同一人物だと考えていいだろう。
そして推測の域を出ない考えだが、能力の発症と少女との出会いには何か関係がある。そう結論付けたセヴィラは恋斗にそう問い掛けた。
「えぇ、そうです。この世界で他者に能力を発症させることが出来るのはランクSである彼女くらいですから……」
「……なッ!!?」
先程と同じ複雑な笑みのまま首を縦に振り肯定を示してそう答えた恋斗の言葉にセヴィラは驚きを隠せなかった。
ランクS、この世界で十人と居ないスキルランクの最高地位の称号と同時に、帝都ではその正確な人数と能力が国家機密レベルに指定されるなど、未だ謎の多い能力者たちだ。
ランクSという言葉自体は有名なものの世間では顔を殆んど表に出さず最早、伝説的な存在である。
噂では、彼らは既存するどの種類の能力にも当てはめる事が出来ない固有能力を扱い、その力はどれもが神に等しきものだという。
だが、セヴィラが驚いたのは少女がランクSだ、という事ではなかった。
(何故、こんなガキがランクSの能力を知っている……?)
能力を他者に与える能力。謂わば、己の意思で能力者を生み出す事の出来るその力は確かに驚いた。ランクSだと言っても過言ではない。が、問題はそこじゃない。
何故、自らをランクEと名乗ったこの少年ごときが国家機密クラスに値するランクSの能力について知っているのか、問題はそこにあったのだ。更に、この言葉の様子だと少年はあの少女と知り合いなのだと読み取れる。
最強のランクSと最弱のランクEが知り合い? そんな事が現実的に考えてあり得る事なのだろうか?
セヴィラの思考の中で恋斗に対する警戒の鐘の音がどんどん大きくなっていく。
「……小僧、俺もお前に聞きたいことがある」
「……何ですか?」
セヴィラの言葉を察する限り、ギフトについての話題が終えたと判断した恋斗は表情をいつもの笑みに戻して返事をした。
「お前、何モンだ? 何故、一介のランクEごときが国家機密のランクSの能力を知っている?」
「ははっ、何故って、そりゃいくらランクEでも知り合いの能力くらいは普通知ってますよ」
(ハッ、この野郎……あくまで誤魔化すつもりかよ)
恋斗の返した言葉に心の中で舌打ちをしながらセヴィラは両刃剣を握る右手の力を強めた。
(だったら、あの言葉で小僧の反応を見ればいい)
セヴィラは眼光と表情を険しくし、威嚇するように言葉を続けた。
「"浄化されし魂を持つ者"……何故そのランクEが『教団』が用いるスラングを知っている?」
「………………」
『教団』──その言葉で恋斗から返ってきた反応は先程のような笑みを浮かべた誤魔化しの言葉ではなく、ただ口を開かないだけの沈黙だった。
(沈黙は肯定、か……
ハッ、『教団』だと? ふざけやがって。確かにそれならこの小僧がランクSの能力を知っていてもおかしくねェな……)
沈黙という回答。確かにその答えは今までバラバラだったワードの点と点とを結ぶ線になった。
だが、それらが一つになり出来上がった真実はセヴィラにとって最悪な内容だというのが彼の表情を見て取れる。
セヴィラは嘘でも肯定よりも否定の答えが欲しかった。何時、何が起きても直ぐに対応出来るように恋斗の姿をしっかりと瞳に映しながら、額に汗が滲み、自然と剣を握る手が先程より一層強まっている。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、先に動いたのは恋斗だった。
「……ふぅ、セヴィラさん。この話はこれくらいにしましょう」
動いた両手の手のひらを天に向け、恋斗が疲れたようなため息を吐いた。
余りにも気の抜けた態度に呆気にとられているセヴィラをお構い無しに恋斗はお気楽口調のニコニコスマイルで言葉を続けた。
「いや〜そろそろ俺も任務を終わらせて帰りたいし、ミナカさんの方もあんな硬い地面じゃなくて、早くふかふかのベッドに寝かせてやりたいですしね〜」
さっきまで自分がこの少年にあそこまで警戒をしていたのが馬鹿らしく思えてしまう恋斗の言葉だが、ここで話しを変えようとするのは、『これ以上話すことは何もない』という意味が籠められているようにも思える。
「ハッ、そうだな。お喋りはこれで終わりだ。
ならどうする? あの風娘の代わりに今度はお前が俺を捕まえるか?」
下手に追求するより、向こうがこれ以上の会話を望まないならこちらもそうするだけ。それに最初から自分たちは敵同士、暢気に会話をする時点で間違っているのだ。
セヴィラは任務を終わらす、と言った恋斗に反応し剣を構えようとしたが、恋斗はそれに首を横に振って制止した。
「俺達が今回受けた任務は捕らわれている無能力者奴隷の解放と、それの首謀者であるセヴィラさんの捕獲でしたが、奴隷が居ない時点でこの任務は白紙ですよ」
まぁでも、と恋斗は言葉を付け加え続けた。
「任務は無効となりましたが、やるべき事は残っていますけどね。
先程の戦闘の一件であなたは完全にダムクライツのボスではなくなった。
そうなれば、あなたが保護した人達も本当に奴隷売買の商品にされかねません。ですから、まずは彼らをここから逃がす必要がありますね」
さも、当然かのように言葉を並べていく恋斗にセヴィラは呆気にとられた。
恋斗が言う内容は彼の知る能力者という人種が言うようなものではなかったからだ。
「まぁ、彼らを逃がした後は無能力者主義の国にでも保護を要請すれば今度の彼らの生活は保証され──」
「ちょっと待て、小僧」
恋斗の余りにも能力者らしからぬ言動にセヴィラは思わず声を掛けた。
「あの風娘といい、俺はお前たちが理解でねェ……
任務は無効になった、なら何故そこまでする必要がある? 助けたところでお前たちには何の利益もない筈だ」
能力者の身でありながら何の見返りも求めず無能力者を救おうとする者が果たして世界でどれ程いるのだろうか?
能力者は自分の私利私欲の為にしか動かない。
セヴィラは今まで見てきた能力者は全てがそれに当てはまっていた。
だが、こんな変わった能力者はセヴィラは知らないし、見たこともない。
だからこそ、彼は己の知らない能力者のことに興味が湧いた。
恋斗はそんなセヴィラの問いに、笑みを浮かべつつ彼に視線を合わせながら口を開いた。
「彼らを助けるのは、別に任務の報酬の為でも、彼らの感謝の声を聞くためでもありませんよ」
富みの為でも、名声の為でもない。
「彼らが不幸になるのが気に入らなかったから、ですよ」
"気に入らないから"──あくまでもこの能力者は私利私欲の為だった。