調査開始
出発の時刻が近くなり、私とラトナは集合場所の街の入口へ向かう。そこにはすでにカリュートさんがいた。私たちの姿を見つけたのか、ブンブンと大きく手を振っている。
「お2人さん、早いっすね~。」
「おはようございます。カリュートさんも早いですね。」
「『さん』付けってなんかこそばゆいし、折角だからリュートって呼んでほしいっす!」
この人朝から元気だわ…。この緊張感の無い感じが今はありがたいんだけどね。ラトナは昨日から緊張しているのか、ずーっと難しい顔してる。私まで緊張しちゃって肩凝ったよ。
「ありがとうございます。ではリュートと呼ばせていただいますね。」
「あー、その馬鹿丁寧なしゃべりも無し無し!聞いてる俺も肩凝る。」
「あはは、そう言ってもらえると助かるよ。私の事もティアって呼んでね。」
なんだろう、すごく親近感を持てる!話しやすい人が居ると、少し気が楽だわ。
「で、早い時間から何をしていたんだ。」
むすっとしたままラトナがリュートに問いかけた。そんなラトナの不機嫌オーラなど気にせずにリュートはひょうひょうとしている。
「んぁ?軽く偵察をね~。」
「お前は相変わらず用心深いな。」
後ろからロイスさんの声が聞こえてきたので振り返ると、しっかりと鎧を着こなしたロイスさんと部下の人達が立っていた。
リュートがロイスさんの所まで行き、偵察で見てきたことを報告している。どうやら森に入ってすぐのところに大型の魔物がいるようだ。いきなり戦闘になるだろうけど、その後の行動方針を決めるには丁度いい。私としても皆がどう立ち回るのか早めに見ておきたかったので、とっかかりとして申し分ないだろう。
リュートを先頭に森の中へ入る。うっそうと生い茂った木々は、薄暗さも相まって不気味な雰囲気だ。なんだろう、この森の植物からは生気を感じられない。
少し進んだところで先頭を歩いていたリュートが足を止め、静かに前方を指さした。指された先には巨大化したネズミの様な魔物がいる。
騎士3人が武器を構え、ラトナは魔力の集束を始めた。私たちの気配に気づいた魔物が長い尻尾を振り動かすと、風圧で木がなぎ倒される。間一髪のところでリュートは、身を翻し攻撃を避けていた。
「あっぶねーっ。この尻尾地味に厄介だなぁ。」
ロイスさんが魔物の足に切りかかるが、硬い毛皮に覆われているのか鈍い金属音がして弾かれた。そこにリュートの矢が飛んでくる。あと数ミリずれていたらロイスさんの頭に刺さっていただろう。
「あっれー。おかしいな、もっと上を狙たはずなんだけど。」
「お前!相変わらず弓はノーコンなのかっ?!」
悪い悪いと言いつつ明後日方向を見ているリュート。
猟師なのに弓がノーコンてどういう事よ?!変な事故起きたらまずいから、いつでも回復ポーションは投げれるようにしておこう…。
その間にロイスさんが敵の背後に回り込み尻尾を狙って剣を振り下ろす。多少ダメージを与えられたものの、切断とまではいけなかったようだ。すると魔物は、ラトナの魔術に気づいたのかこちらへ向かって来ようとしている。護衛に騎士2人が付いているが、集束を中断されるとまた始めからやり直さなければならないので、出来ればこっちに来てほしくない。
私は鞄から改良を加えた目つぶしポーションを取り出し、魔物の顔めがけて思い切り投げた。ティアさん特製の劇毒入り目つぶしポーションを食らった魔物は、悲鳴に似た鳴き声を上げ立ち止まる。
「中々やるじゃん、ティア!」
敵が足を止めた隙に弓を短剣に持ち替えたリュートが、本格的に目をつぶしにかかった。目を攻撃された魔物は苦しむように尻尾を振ると、それに巻き込まれてロイスさんが地面に叩きつけられる。私はとっさに回復ポーションをロイスさんに投げた。傷を回復したロイスさんが瞬時にその場を離れると、魔物の尻尾が先ほどまで彼の居た場所めがけて何度も打ち付けている。
「ティアさん、ありがとうございます!命拾いしましたっ。」
すると、目をやられて悶えている魔物の足元に、紅い魔方陣が2つ描かれていく。ラトナの魔力集束が終わったようだ。
「魔方陣から離れろ!」
そう叫ぶとラトナは両手を下へかざす。リュートとロイスさんが魔法陣の外に出たことを確認すると、下にかざしていた手を片方だけぐぐぐっと上へと上げていく。その動きに合わせるように魔法陣が1つだけ上へ上がり、魔物を挟む形になる。
「フレアストーム!」
下の魔法陣から上の魔法陣へ向けて、炎が爆発を伴い渦を巻いて昇っていく。たちまち魔物は業火の渦に飲み込まれ跡形もなく燃え尽きた。
「うひゃー、ラトナすげー!」
今まで魔物の居た場所には黒く焼け焦げた跡のみがあり、感心しながらリュートがまじまじと見ている。
ラトナの魔術はやはり強力だが、発動までの時間を稼いでくれる前衛のありがたみを痛感した。リュートとロイスさんが居たからこそ、私は援護に徹することが出来たからね。
「ふむ…。」
ロイスさんが顎に手を置き考える仕草をしている。今後の戦闘をどうするのか考えているのだろう。上手く連携が取れれば魔物を倒しながら進む方針でも行けそうな気がする。しかし、ここは魔物が生息する森の中。今回の様に敵が単体とは限らないだろう。1体ずつ倒せるならそれに越したことはないが、敵が複数の場合にどうするのかという事も考えなければならない。
「この調子なら結構イケそうだと思うけど?」
「敵が複数いた場合はどうするつもりだ?」
「そこは俺にいい考えがある!」
何故か得意げで、どこか楽しそうに『いい考え』と言い放ったリュート。それを見たロイスさんの顔が引きつっている。
「なぁ、なぁ!ラトナ!今みたいな魔術ってさ、どのぐらいの規模までならやれる?」
「魔力さえあればの話だが、今の2.5倍位までなら理論上は可能だ。試したことは無い。」
リュートがニヤリと笑ったのが見えたので、私は無言でラトナにMP回復ポーションを手渡した。
うん、リュートは多分やる気満々だから頑張れ!…って、なんだかラトナも不敵な笑みを浮かべててコワイんだけど。何か魔術を試す気でいるよ、この人。
「よし!ココに罠仕掛けるから、この罠を中心に魔術を撃ってほしい。」
と言って足元を指した。どうやら罠を使って魔物の動きを止める様だ。そのままリュートは説明を続けた。
「んで、あっちにも罠置くけど、巻き込まれたくなかったらどの罠も絶対触らないよーにな!」
先ほど罠を仕掛けると言った場所より先の方を指す。
「ならば、罠から罠を半径に魔術を発動させればいいんだな。」
「流石ラトナ!分かってるじゃん!」
リュートの言葉にラトナは、当然だと言わんばかりに笑って見せる。なんだか変に意気投合してる気がするよ、あの2人。
「ちなみに発動までにどのくらい時間がかかる?」
「規模が大きいからな……先ほどの2倍くらいは見積もった方がいいだろう。」
「りょーかい!」
そう言ってリュートは喜々として罠を仕掛け始めた。私はロイスさんに『止めなくていいんですか?』と目線を送る。するとため息交じりに『止めても無駄だよ。』と言う顔をされたのは言うまでもない。
中心部分の罠を仕掛け終えたリュートは、外側に当たる場所の罠に取り掛かる。それを見たラトナは後ろに下がり魔力の集束を始めた。残った私たちは必然的にラトナの護衛をする事になる。
「じゃ、行ってくる!」
リュートは躊躇することなく森の奥の方へと消えていく。私たちは出来るだけ他の魔物に気づかれないよう、静かにリュートを待つことにした。
作戦何も聞いてないけど、大丈夫かな…。