調査の為の準備
その後ロイスさんから聞いた話だと、数日後にはこの街に駐在している騎士団の団長さんが、討伐要請を受けた別動隊を率いて戻ってくるそうだ。すでに早馬で、討伐から原因の調査に依頼が変わったことは伝えたらしい。
大型の魔物の多くは国境辺りの森の中で目撃されるそうで、お隣のハルモーナ国にも協力を要請しているとの事。ハルモーナ国の方も国境近くに小さいが町があり、そこにいる騎士や猟師さんにも詳しく話を聞くのだと言っていた。
調査へ行くまで時間があるから、自分の装備も整えよう。自分の身位は自分で守らないとね。
「ラトナ。お願いがあるんだけど、いい?」
「なんだ?」
私の装備は作り変える必要はないんだけど、まだ魔石を付けていないのだ。魔術が使えないと作れないからと、後回しにしていた。
「私の装備に付ける魔石を作って欲しいんだけど、頼める?調査に行くとなると、何があるかわからないから。」
「どんなのが欲しいんだ?」
「出来れば自己防衛できそうなものかなー。バリア系とかダメージ軽減系とか。」
「…。」
私の言葉を聞いてラトナの動きが止まった。
あれ?なんでフリーズしてるのよ。私何か変なこと言った?
そしてラトナはこめかみに手をやると、頭が痛いとばかりに大袈裟にため息をつく。
「ティア。君は魔術が万能だと思ってるようだから、言っておくが…。そんな魔術、僕は使えない。」
「えーっ?!」
「確かに僕は火水地風の4属性が使えて、それらを組み合わせ色々な魔術が使える。でも、ティアの言うような魔術は聖属性が必要なんだ。」
聖属性の魔術を扱うのは神官くらいなものだと付け加えられた。
一緒に居る魔術師が勇者様だから忘れがちだけど、この世界の魔術師は基本的に1属性しか扱えないと前に説明してくれたのを思い出した。私が欲しい魔石は、よりにもよってラトナが扱えない属性だった。
「残念だわ…。私の魔石はもうしばらく空けておくことにするよ。」
仕方がないから次の準備に取り掛かろうとすると、ラトナに呼び止められる。
「自己防衛ならこれでも十分に役に立つ。」
そう言って彼は私に箱を手渡す。箱を開けると中には、細かい装飾が施された細身のカチューシャが入っていた。よく見ると水色の魔石が2つ埋め込まれている。
「え、何これ。どうしたの?」
「その…なんだ…。装備、作ってもらったお礼だっ。」
言いにくそうに言葉を絞り出すと、そのままそっぽを向いて本を読み始めた。
なんか意外な一面を見てしまった気がするんだけど。ラトナさんや、慣れないことするから耳が真っ赤ですよ。微笑ましいわー。
「あはは、ありがとう。じゃぁ、遠慮なく使わせてもらうよ。」
頭の装備を変え、私は次の準備に取り掛かる。
巨大化の原因を調査に行くのだから、必然的に魔物との戦闘は避けられないだろう。そうなればきっとまた、足止めするために必要な物がでてくる。状態異常系のポーションの改良もしておきたいし、回復系のポーションも余分目に持っていけば安心だ。
準備やら下調べやら色々と忙しくしていると、あっという間に数日がたっていた。団長さんと別動隊が街へ到着し、現在騎士団の会議室で調査ルートの確認をしている。
部隊を3つに分け、それぞれの部隊に地理に詳しい人を加えて行動する事になった。私たちはロイスさんと部下の騎士2人、それからハルモーナの国境付近の町から猟師さんが一人加わり、西側から森の中心へと向かっていく部隊だ。
ハルモーナ側から森へ入る部隊に作戦を伝えに行くという騎士さんを捕まえて、改良した特製の回復ポーションを渡してほしいと言うと、快く頼まれてくれた。そして、北側から向かう隊長さんの部隊の人たちにもポーションを渡す。
「効果は保証します。それからこの透明のポーションは、使った人の近くにいる人にも効果があるはずなので、多くの負傷者が出た時に使うのが最も効果的です。」
「なんと有り難い!」
負傷者が出ないのが一番いいんだけど、そうは言ってられないから保険をかけておくにこしたことはない。私は戦いであまり役に立たないのだから、せめてこの位のお節介はいいよね?
北へ向かう部隊を見送りに私とラトナ、ロイスさんは街の入口へ移動した。予定では今日中に私たちの部隊に加わる猟師さんが来るはずなのだ。
すると森の方からこちらへ向かってくる人影を見つけた。北へ向かった部隊と入れ替わるように街へ入ってきた青年は、茶色く長い髪を一本に結っていて首元の深緑のマフラーが特徴的だ。背中には大ぶりの弓を背負っている。
「んぁ?ロイス?」
「リュートじゃないかっ!こんな時にどうしたんだ?」
どうやらロイスさんの知り合いのようだ。
「俺は用事があって来たんだよ。ロイスこそ、ここで何してんだ?」
「隊長の見送りとそっちからの人手待ち。」
「まじか。勇者サマが居るって聞いてたからちょっと期待してたのに、俺と一緒に行くのロイスかよ~。」
リュートと呼ばれた人物があからさまにがっかりしてみせた。
「じゃぁ、そっちから来る猟師ってリュートだったのか?!」
「そそ。」
話の流れから察するに、私たちの部隊に加わるのはこの青年のようだ。
立ち話もなんだから、と先ほどまでいた会議室へ移動することになった。その途中でロイスさんが、リュートは幼馴染みなんだと教えてくれる。だからあの会話なのね。
会議室に着くとロイスさんの部下の2人がおかえりなさいと声をかけてくれた。
「彼らは私の部下で今回の調査に同行する。そして、こちらが…。」
「魔術師のラトナです。」
「倉庫番のティアリトネです。」
じぃっと私たちを見ているリュートさんに向かって、軽く会釈をする。するとリュートさんは口元を少し上げて
「俺は国境の向こうにある町から道案内にきた、ハンターのカリュートっす。」
と言いながら、明るく笑って見せた。それを見たラトナは何故か不機嫌そうにぶすっとする。
『リュート』っていうのは愛称だったのね。
ぶすっとしているラトナは放っておいて、調査のためのルートをカリュートさんを交え、改めて確認する。
私たちは街を出てすぐのところから森へ入り、真っすぐハルモーナの方へ歩いて行くルート。森の中心辺りに小さな泉があるらしいので、そこで他の2部隊と合流する手はずになっている。道中で遭遇する大型の魔物は倒そうという事になった。少しでも魔物の数を減らして今後、討伐に割く人員を減らしたいそうだ。
その話を聞いたカリュートさんが少し難しい顔をした。
「んー…それなら少し早めに出発した方が良さそうっすね。」
「何故だ?」
「ハルモーナ側と北側はそんなに大型のやつはいなかったけど、こっち側…俺たちが通るルートは大型から中型位のヤツまで、そこそこ数がいたっす。」
そっか!カリュートさんはハルモーナの方から森を抜けてこの街まで来てるから、彼の話はどの情報よりも新しいんだ。
カリュートさんの話を聞いて、ロイスさんが考え込んでいる。数を減らせるならそれに越したことはない。でも、それで部隊の人たちを危険にさらし続けるのは得策とは言えないのだ。
少しして考えがまとまったのかロイスさんは口を開いた。
「では、出発は明日にしよう。」
「お!いいっすね、こちとらやる気十分っすよ!」
カリュートさんがニヤリと不敵に笑う。
「そういう事じゃなくてだな。明日森に入り、魔物と戦ってみてから最小限の戦闘で行くのか、出来る限り倒していくのかを判断しようと思う。」
その言葉にカリュートさん以外の人たちが頷き、ルート確認は終わった。
準備は万端にしてあるけど、明日出発かぁ…。心配してもしょうがないし、なるようになるよね!