宿屋にて
ロイスさんが宿屋を手配してくれたので、スムーズに客室へ案内してもらえた。
わーい、ふかふかのベッド!思わずダイブしちゃうよねっ。
「子供じゃあるまいし。」
勢いよくベッドへダイブした私を、ラトナは何とも言えない顔で見ていた。
ある意味、条件反射なんだからほっといて。
ベッドを堪能した私は起き上がり荷物の整理を始める。主に使ったアイテムの補充を忘れないうちにしておくためだ。家に帰ってから明日の準備をしておくのと同じ要領である。
「はぁ…。状態異常の効かない敵がいるなんて聞いてないよ…。」
つい先ほどの戦闘を思い出しため息が出る。
状態異常の効かない敵はアンデットとボスが定石でしょ。誰が道端にいる魔物に状態異常が効かないって思うのよ。これからもあんなのが普通にいるなら何か対策を考えないといけないよね。もう少し効力上がらないか試してみようかなぁ。
「状態異常?」
「そうそう。目つぶしも麻痺も効かなくて焦ったわー。」
「…僕が魔術を発動させる前に敵がひっくり返ったが、ティアはどうやって足止めしたんだ?」
ラトナから注意を逸らすため、敵が背後を向けるように移動したから、ラトナには私が何をしたのか見えてなかったようだ。…やったことそのまま伝えればいいか。
「逃げ回りながら、目つぶしのポーション投げて麻痺のポーション投げて、火炎瓶と酸性ポーション投げてみたら足止め出来たよ。」
私が答えるとラトナは考えるように口元に手をやった。
「…そんなに色々出来るなら、何故今まで戦闘に参加しなかったんだ?僕が逃げ回って時間を消費するよりも、ティアが参加して効率的に敵を倒して進んだ方が良かったんじゃないか。」
あぁ、今の間は昨日の事とか考えてたのね。状態異常を付与するポーションは材料が手に入りにくいから、量産できないし金銭的にも現実的じゃない。直接ダメージ与える訳でもない、何より
「メンドクサイし。」
「僕の苦労を『メンドクサイ』の一言で片づけないでくれるかな?!」
そう言って食ってかかってくる。私が戦闘に参加していれば昨日には街についていただの、大型の魔物と戦わなくて良かったかもしれないだの、半分は愚痴に近いから耳から耳へ流しますよ。でもちょっと鬱陶しいから
「戦闘で消費した分のポーションや薬品類をくれるならやってもいいよ?ただし、完成品で高品質な物ね?材料くれても作るの私だから却下。」
と言うと少し考えて黙り込んだ。流石にそれらが、入手困難で高額な物だと知っているらしい。
そんな遣り取りをしていると外から部屋のドアをノックされた。
「お休み中に失礼します。先ほどお話をさせてもらったロイスです。」
「あ、はーい。どうぞー。」
ガチャリとドアが開いてロイスさんが部屋の中へ入ってくる。入口で立ち止まって話し始めようとしたので、椅子を指し座ってくださいと促した。そして軽く自己紹介をしてから話を始める。さっきするの忘れてたからね。
「それで、先ほどの魔物の件なのですが。」
ラトナと机を挟み向かい合わせで話を始めたのを確認して、私は倉庫からお茶と簡単なお茶請けを見繕う。それらを宿の食堂で借りてきた食器へと移し2人へ出した。その間に話は進んでいて、街の入口の魔物を倒した経緯の説明が終わり、別の話題を話し始めたところだ。
お茶も出し終わったので下がろうとしたら、ラトナに隣に座るように言われ私も話しを聞くことになった。
「そうですか。まだ王都の方では大型の魔物は確認されていないのですね。」
「はい。しかし時間の問題かもしれません。」
確かに王都付近では大きな魔物には出会わなかった。というか、魔物自体そんなにいなったからあんなに大きな魔物がいたら絶対に騒ぎになってるはず。
「と、言いますと?」
「最近は王都周辺でも魔物の数が増えてきている事が報告されています。魔物の大型化など今までにない現象ですが、ありえない話しではありません。」
私が2人のやり取りをぼんやり聞いていると、『ここは王都から距離があり、国境の近くだから魔物が多い事。魔物の数が多いということはそれだけ大型の魔物がいる確率が上がるという事。』をラトナが説明してくれた。なるほど納得。
「推測の域を出ませんが魔王の力が、何らかの形で影響を及ぼしているのではないかと。前兆は少し前にあったので。」
ちょっとラトナ!私を見ながら言わないでよ。それじゃぁまるで私が魔王みたいじゃない。そりゃ、タイミングよくこっちの世界に連れてこられてるから無関係とは言えないかもしれないけど。
「『開戦の咆哮』ですか…。?!」
そこまで言うとロイスさんが何かに気が付いたように私を見た。
え、何?なんでそんなに驚いた顔で見るの?!
「ラトナ様、もしやティアさんって…。」
ラトナは頷いた。状況が分からない私は2人を交互に見る。が、ラトナは何事も無かったかのように話を続けた。
「そうです。なので、魔王が力を付けてきていてもおかしくないでしょう。」
「なるほど…。ならばなおの事、早急に対策を立てねばなりませんね。」
「その方がいいでしょう。」
ロイスさんは少し考えながらお茶に手を伸ばす。一口飲んでまた驚いた顔をした。
…お茶、口に合わなかったかな?
「……。ラトナ様、ティアさん。」
お茶を見ていた顔を上げ、ロイスさんは改まってこちらに向き直った。
「お2人に原因調査の協力をお願いできませんか?」
その言葉にラトナは、どうする?と楽しそうな顔で私へ振り返る。
確信犯だな、この顔。調査する気満々で話を誘導したんでしょ…。ええ、ええ。私は勇者様の倉庫番ですとも。ラトナが行くところには行きますよ。
じと目でラトナを見てため息をつくと、それを了承と受け取ったのかラトナが満面の笑みを浮かべた。
「僕も魔物が巨大化する現象には興味があります。調査は協力させてください。」
「ありがとございます!」
詳しく話がまとまったらまた来ます、と言葉を残してロイスさんが部屋から退室した。
あーあ…興味だけで調査の協力を承諾しちゃったよ、この人。危険なところに行くんだって分かってるんだろうか?
楽しそうに何かを考えている魔術師の横で私は深くため息をついた。
……出来るだけ色々なアイテム準備しておこう。
『魔王』と『異世界から遣わされる者』の伝承はこの世界に住んでいるものなら誰しも知っている事なのです。国に仕える者ならなおのこと、関係する話や講義を聞いたり、文献を読む事も仕事の内だったりします。