勇者様は魔術師
目を隠しているから目つぶしが効かないのか、それとも量が少ないから効かないのか。じっくり考えている暇はない。私は鞄の中から黄色い液体が入った小瓶を3つ取り出した。
大きな魔物がゆっくり動くと、ゆらりと長い毛も動く。敵が私の方へ向かってくる。距離が詰まってくるが、出来ればもう少し引き付けたい。ギリギリの距離まで待って、私は手に持っていた小瓶を投げた。命中すると魔物の動きが鈍くなり、痙攣するように体を震わせている。
そう…私が投げた黄色い液体入りの小瓶の正体は、麻痺の劇薬だ。状態異常系は一度使うと耐性が付くらしく同じものはしばらくは使えない。これでしばらく足止めできるはず。…だったのだが、魔物は麻痺しているにも関わらず少しずつこちらへ向かってくる。
「嘘ー…。」
慌てて鞄の中に目をやった。麻痺の劇薬を3つ食らっても動けるところを見ると、状態異常系はあまり効果がないのかもしれない。
じりじりと後ろへ下がりながら鞄の中身と睨めっこする。使えそうな物は…。探していると、ふとある瓶が目に留まった。その瓶には『混ぜるな!危険』と書かれている。私が書いたんだけどね。
「イチかバチかっ!」
私は『混ぜるな!危険』と書かれた火炎瓶と、同じく注意書きされている酸性ポーションを取り出す。火の魔石で火炎瓶に着火して2つの瓶を持って振りかぶる。
混ぜるな危険?知ったこっちゃないよ!こっちは必死なんだから。それに今混ぜなければ大丈夫!命中させた後は知らないけど。そんな事を考えながら思い切り投げる。
瓶は敵に当たると同時に割れ、連続して大きな爆発が起きた。肝心の魔物はというと攻撃が効いたのか、はたまた驚いたのかひっくり返っている。
…これ、意外といい攻撃かもしれない。足止めのつもりが麻痺と相まって、敵は動きを止めている。
「ティア。そこから出来るだけ離れるんだ!」
魔物の後ろからラトナが私に向かって叫ぶ。魔術の発動準備が完了したようだ。私は慌てて今までいた場所から離れる。すると魔物の足元に、青い光が巨大な魔法陣を描いていく。
「フローズンガスト!」
魔法陣の中に氷の結晶が無数に現れ、嵐のような風と共に氷が魔物を包んでいった。魔物が完全に氷に包まれると、ラトナは手を上へ掲げた。つられて上を見ると魔物のはるか頭上に紫色の魔法陣があった。
「サンダーブレード!」
その言葉と同時に手を振り下ろす。上空の魔法陣から氷漬けの魔物めがけて、稲妻をまとった巨大な光の剣が降ってくる。剣が氷に突き刺さった瞬間、轟音と光で何が起きたのかはっきりとは見えなかったが、魔物は跡形もなく消えていた。
「ふふ、ふはははっ。やはり僕の複合上級魔術論は完璧だった!」
ラトナはやけに嬉しそうに笑っている。
今まで魔物に追いかけまわされてばかりで、へっぽこ勇者とか言ってたけど凄い魔術も使えたのね。へっぽこは訂正しよう、ラトナはちゃんと勇者でした。
それにしても、かなり派手に魔術使ったら街から見えるんじゃ…。
「あんなに凄い魔術を使うなんて、きっと勇者様に違いない!」
「おぉぉ。勇者様が街道を塞いでいた、巨大化したラビッタを討伐してくださったぞ!!」
あ、やっぱり。街の入り口付近に人だかりができてる。
うん?巨大化した?……あ!もしかしてさっきの大きな毛玉、元々はラトナが追いかけっこしてた可愛い魔物位の大きさだったってこと?!そう言われればそんな気がしなくもない。
「勇者様ありがとうございます!」
「討伐要請を出して、こんなに早く、しかも勇者様に来ていただけるとは!本当に助かりました。」
そう言って何故か私の方に集まる。いやいや、勇者はあっちデス。そこで嬉々として魔術に関する独り言を垂れ流してる人デスヨ。…独り言のせいで近づきにくいのは分かるけど、私はただの倉庫番です!
ていうか、討伐の依頼してたなら倒さなくても良かったんじゃ…っていうか、倒しちゃって良かったんだろうか。
「討伐要請を出していたんですか?」
「昨日出しました。いやぁ、昨日の今日で、来ていただけるとは思ってもいませんでしたよ!」
「あー、私たちは要請に応じて来た者ではありません。たまたま、本当に偶然、ここを通りかかっただけなんです。」
「え!そうなんですか?!」
普通そんな都合の良い偶然あるわけないから、驚きもするよね。当の私もびっくりしてるし。
「これはきっと何かのご縁なのでしょう。宿を手配いたしますのでゆっくりとお休みください。後程こちらからお伺いいたします。」
「えっと…。」
「あぁ!これはとんだ失礼を致しました。私はこの街に駐在している騎士団の副隊長をしております、ロイスと申します。」
名乗ると同時にロイスさんは敬礼した。
「非常に申し上げにくいんですが、勇者様はあちらの魔術師様の方です。私は勇者様の倉庫番でして…。」
普通、見た目でわかりそうなものだけどね。私はアイテムが入っている鞄以外は、至ってシンプルな格好だ。白く大きな襟付きのダッフルコートをイメージして作った焦げ茶色のワンピースに、白を基調としたエプロン風の前掛けをしている。どっからどう見ても町娘って格好でしょ。
「そうでしたか!」
ロイスさんは納得した様子だったが、ラトナを見て私の方に向き直った。
「勇者様は何やら取り込み中のご様子なので、先程の件をお伝えください。」
「ですよね。分かりました、私から伝えておきます。」
「ありがとうございます。助かります。」
私の言葉に安堵の笑みを浮かべ、ロイスさんは一礼して街の中心部の方へと歩き出した。
「ラトナー。そろそろ街に行くよー?」
「時間的にあのタイミングが最善か?いや…もう少し後の魔術の発動を早められれば…。あぁ!でもそれだと最初の魔術に術式が食い込むことになる…。」
「ハイハイ。後でゆっくりやってくださいな。とりあえず宿に向かうよ?」
そう言って私は、まだ先程の魔術の事をぶつぶつ言っているラトナの後ろの襟元を掴んだ。そしてそのまま引きずって街の方へと歩きだす。
これ放っておくと自分で結論に至るまでずーっとやってるからね。時間がいくらあっても足りないので、待ちません。もちろん強制的に移動です。