装備は重要だよね
旅を始めて2日目。本日も晴天で気持ちのいい朝だ。
私が起きると、ラトナはすでに起きていて空の魔石に魔術を組み込んでいるところだった。
「へ~、そうやって魔石を完成させるんだね。」
ぶつぶつと呪文を唱えているので、後ろから覗き込むように見ていると
「気が散る!」
怒られました。仕方がないから朝食の準備をするか。
パンに切り込みを入れて野菜と魚の水煮を挟んで、特製マヨネーズを上からかける。果物とジャガイモのポタージュを添えて完成。ほとんどが作り置きした物を倉庫から出しただけ。いくら魔物除けをしてるとはいえ、外でのんびりご飯を作る時間は無い。レベル上げついでに色々作っておいて良かったわ。
先に食べ始めようかと思っていたら、作業が終わったのかラトナが食卓についた。
「……このパン片手で食べられるからすごくいいな。もっと早く知りたかった。」
感想はそこかっ!あっという間に食べ終わったところを見ると、口に合ったみたいだから良かった。そんなラトナに目をやると、私が作って置いておいた装備をしっかりと装備している。
うん。髪の色が明るいエメラルドグリーンだから、ローブの色を紺にして正解だったわ。
旅支度を済ませ、テントや魔除けなどを倉庫にしまう。街道沿いに戻り、国境近くの街を目指して歩き出す。私の足取りは軽い。
早く魔物でないかな~。試し撃ちしたいなー。私がやるわけじゃないけど。そんな事を考えていると、草むらの辺りから魔物が出てきた。
「よし!ラトナ、やっておしまい!」
「は?!」
「いいから、いいから。試し撃ち~♪」
「なんで僕よりティアの方が楽しそうなんだ。」
昨日のパターンだと一撃で魔物を倒せなくて、次の詠唱に入ったところで距離を詰められ追いかけっこが始まった。
ラトナが魔術の詠唱を始める。
「ファイアボルト!」
その言葉と同時に敵の頭上に無数の火の玉が出現し、次々と敵に降り注いだ。そのまま魔物は動かなくなる。
「………。」
うんうん。やっぱりそうだよね。装備の問題だったことが分かり、私は満足げにガッツポーズをとる。そんな私の横でラトナは唖然とした顔のままフリーズしている。と、思ったら物凄い形相で私を見た。
「ティア!君は一体何をしたんだ?!装備を変えただけで魔力の集束時間が縮まるわけがない!!」
「うん?なにそれ?詠唱じゃなくて?」
装備にちょっとしたステータス付与はしたよ?魔力の集束時間がなんだかわからないけど、詠唱時間短縮だったら身に覚えがある。魔術は使えないしよく分からないから、ゲームの知識だけで適当にイメージして付与しちゃったのは確かだ。
「魔術は魔力を形にして行使するものだ。その威力の大小は、魔力をどれだけ集束するかで決まる。その時に発する言葉は集中力を高める為のものや、イメージを具体的にするために、言葉にしているにしかすぎないんだ。」
「なるほどー。『詠唱時間短縮』で付与した物が『集束時間短縮』に変換されてるってことね。」
「…僕にも理解できるように説明してくれないか。」
歩きながらね?そう言ってラトナを促し、歩きながら話をする。説明するのは構わないけど、その所為で目的地に着けませんでしたとか洒落にならないから。
「私が魔術を使えないのは知ってるよね?」
「ああ。」
「私の知っている魔術って、術を発動させるために『詠唱』してるイメージなの。だから、」
「ティアの世界では言葉によって魔術が形を成すのか?!」
めっちゃ食いついてきた!魔術師だけに、魔術の話が好きなのか。しかも腕組みしてぶつぶつ言いながら考え込んでる。
「その発想はなかった…。いや、言葉に宿る力というべきか。言葉そのものが魔力を帯びていればあるいは…。」
「ハイハイ。続き勝手に話すからね?」
「あ、ああ。すまない。」
「だから、私は装備を作る時に装備のステータスをちょっといじって『詠唱時間短縮』の効果を付けようとしたの。でも実際はラトナが言う『集束時間短縮』になってたのよ。」
「それで何故、変換されているという結論になるんだ?」
イメージであって、魔術が実在しているわけじゃないから説明するのがやや難しい。そもそも作った本人ですら、なんで変換されてるのかなんて分からない。だから想像の域をでないのよね。
「魔術を発動するまでの過程は違うけど、発動させたい魔術は同じでしょ?この世界に『詠唱』が無いのだとすれば、『詠唱』の代わりにあるものは『魔力の集束』になるじゃない。存在しないステータスは付与出来ない。だから既存のステータスで置き換わったと考えるのが自然かなーって。」
「ふむ…。まったく異なる過程であっても最終的に起こす行動は同じだからか。なるほど…だとするとその過程の原理にはどこか共通点があると考えられる。つまり……。」
またぶつぶつ言いながらラトナは考え始めた。私にはこれ以上説明のしようがないから、自分で考えて結論に至ってくれればそれでもいいんだけどね。
ラトナの小難しい話を聞きながら、私たちは順調に目的地へと続く街道を進む。途中で魔物に遭遇しても昨日のように追いかけっこが始まることはなかった。草原を抜け、木々の生い茂る林を抜けると街が見えてくる。…見えてくるのだが。
「何アレ。」
目の前には道を塞ぐように立ちはだかる巨大な毛玉。3メートルはある、まん丸で白いふわっふわの毛玉だ。
「どう見ても魔物だろう。」
「そういう事が言いたいんじゃなくてね?」
冷静に事実を言われたけど、求めてた答えはそういう事ではない。魔物なのは見て分かる。問題はその大きさの方であって…。
できれば今は、こんな大きな魔物との戦闘は避けたいところ。いくらラトナの魔術の発動が早くなったといえども、一撃で魔物を倒せないと確実に反撃を食らうだろう。そうなると次の魔術を撃つのが厳しくなる。気づかれないように迂回すべきか。
「これだけ大きな魔物を倒すとなると……アレを試してみるか。」
「え、ちょっと?!戦う気なの?!」
「戦わなければ街へ行けないだろう?」
「いやいやいや、迂回していけばいいじゃない。」
「迂回している途中で気づかれる方が厄介だ。」
「でも、一撃で倒さないとヤバくない?流石にこんな大きいのと追いかけっことか無理でしょ。」
「理論上、倒すことは可能だ。ただ…。」
私とラトナがそんなやりとりをしていると、目の前の毛玉がもっそりと動いた。丸いのは体だったようで、ピョコっと2つの長めの耳を音をよく聞こうとこちらに向けているように見える。
これ、ヤバイやつだよね?
「……逃げる?」
「逃げられるのか?」
小声で提案する。逃げられる気はあんまりしないんだよね。
「魔術発動できれば倒せるの?」
「倒せるはずだ。ただ、大掛かりな魔術になる。発動までに時間が掛かるんだ。」
となると、私がその間時間稼ぎをしなければならないって事よね。頭では理解してるけど、実際に戦ったことはないからちょっと心配。戦闘スキルがないっていうのが余計に不安だ。
沢山のアイテムが詰まっている、腰から下げた鞄の中から使えそうな物を探す。まさか戦うなんて思ってもないから武器なんて当然持っていない。
「どのくらい掛かる?」
「分からない。」
「…分かった。始めちゃって。なんとかするから。」
ラトナが魔力の集束を始める。するとそれに反応するように魔物が動いた。こちらを向いたように見えたが魔物の目がふさふさの毛に隠れているためか、確認することができない。
「お~にさ~ん、こ~ちらっ!」
そう言うと同時にティアさん特製目つぶしポーションを魔物に向かって投げ、ラトナから離れるように走る。
うん、命中はしたけど効果なさそう。そもそも目がどこにあるか分からないから、そんな予感はしてたんだけどね。
さて、どうやって時間稼ごうかな…。