旅の始まり
暇を持て余していたから、これまでの戦闘で使った分の最下級ポーションを作り鞄へ補充し終わった。
…やることなくなちゃったよ。他にやることもないし、どうしようかな。
勇者様はまだ、可愛い魔物と鬼ごっこ中だ。自分でサクサクと魔物を倒して進めないのが、本当にもどかしい。私が頭の中でイメージしている魔術の使い方も、勇者様にうまく伝わってないみたいだし。
何度も言うが私には『勇者適性』も『魔術適性』もない。よって攻撃に参加することは基本的にないのである。
旅に出るまでに準備期間があったので、自分に何ができるのか一応模索はしてみた。ただ倉庫番としてついて行くだけなんてつまらないからね。何の因果か分からないけど、ゲームみたいな世界が現実になったんだから色々試してみたい。
派手な魔術でドッカンドッカンできないのだけが、物凄く、とっても、非常に残念だけど。
そんな私にもできる事があった。作製系のスキルは取り放題だったのだ。
旅には欠かせないアイテム全般を作製したり、武器防具を作製したり、食べ物を作ったりと意外にも幅広く出来ることが分かった。…伊達に村人Lv99じゃない。
どうやら勇者様の使う特殊なスキルとか魔術が使えないって事なんだろうな、と自分の中で結論に至った。
旅に必要な物、作製レベルを上げるために作った物の数々は、倉庫番の能力をフル活用して倉庫に収納してある。
私にとって倉庫は、ゲームで言うところのアイテム欄みたいなものなのだ。だから物を取り出すのは割と簡単なんだけど、すぐに必要になりそうなものは手元の鞄に入れている。腰から下げたかなり大きめの鞄にはアイテムがびっしり入っているから地味に重い。もちろん重くしているのには理由がある。
ぼんやりと空を眺めるのを止め立ち上がり、鬼ごっこをしている勇者様に大きな声で呼びかける事にした。
「勇者様ー、そろそろ魔物倒して次に行きましょうよー!」
「そう思うなら協力してくださいーっ!!」
「しょうがないなぁ…。」
腰に下げた鞄を外し、ベルトの部分を持つと魔物の近くまで歩いて行く。そしておもむろに振りかぶる。
「どっせいっ。」
重力に逆らうことなく重い鞄が魔物の上に勢いよく落ちると、魔物は粉々になって地面へと融けていった。
そう、この鞄の重さはある意味凶器と言える。とはいえ、むやみやたらに振りまわすと中のポーションやら瓶が割れるから、出来ればこんな使い方はしたくない。あくまで最終手段。…のはずだったんだけど、さっきから私が鞄で敵を倒してたりする。しっかりしてよ、それでも勇者様ですか!
肩で息をしていた勇者様は地面に座り込んでしまった。
「あぁ、死ぬかと思った…。」
「大袈裟ですよ。これくらいの魔物で死ぬわけないでしょう、私がついているのに。」
私が攻撃に参加して敵を倒すから『私がついてる』ではなく、多少攻撃を食らったとしても即座に回復アイテムを投げてHPを強制的に回復させることができるから、という意味だ。
つまり『私がついているのに、勇者様が魔物につつかれたくらいで死ぬわけないでしょ?いいから、かじられてでも早く倒してよ。』という事。
「そ、それは分かってますけど、僕は魔術師なんです!近づかれたら攻撃できないんだから魔物を引き付けるくらいしてください!!」
「そんなこと言われましても、私はあくまでも『倉庫番』なので却下です。自力で頑張ってください。あ…HP、MPの回復アイテムだったらいくらでも投げますよ?」
「鬼だ…。」
ええ、なんとでもおっしゃってください。戦えないわけじゃないけど、所詮『村人』ですからね!『勇者様』に強くなってもらわねば困るんです、主に私が!
街を出て魔物に遭遇する度にこの遣り取りをしつつ、スパルタ教育で勇者を育てています。魔王討伐というよりも勇者育成をしている気分だよ…。
「少し距離とって魔術を撃てば十分間に合うのでは?」
「ティアリトネ様の言っている事が理論上、正しいのは分っていますよ!分かっているんですけど、実際にやるのは難しいんです!!」
これでも頑張ってるんだ、とぶつぶつ言いながら何かを考えるように腕組みをしている。そんな勇者様を先に進みましょうと促し旅路へ戻った。
ていうかね、前々から思ってたんだけどたかが『倉庫番』に様付けってどうなのよ。
私は少し前を歩く勇者様に声をかけた。
「勇者様。私は『様』付けで呼ばれるような者ではないので、呼び捨てで呼んでもらえませんか?ついでにその丁寧語もやめていただきたいのですが。」
「君も僕のこと『勇者様』って呼ぶのやめてくれますか?」
『勇者様』は『勇者様』でしょ。他の呼び方なんて思いつきません。
「それは却下で。」
「じゃぁ、僕も却下です。」
「……。」
意図的にやってたのかコイツ。
私が呆れ顔で黙ると、勇者様はぼそぼそと話し始めた。
「僕は『勇者様』ってガラじゃないし、なりたくてなったわけじゃない。だからそう呼ばれるのは嫌だ。それに、僕は君が『倉庫番』だから旅にでることを承諾したわけじゃない。君がたまたま『倉庫番』だっただけだ。」
「……はい?」
まったく意味が分からない。何が言いたいのかはっきり言ってくれた方が分かりやすいんだけど。
そんな思考が顔に出ていたのか、勇者様は少し慌てて言葉を続ける。
「あぁぁっ!僕は『倉庫番』と旅がしたいんじゃなくて、君と旅がしたい!だから『勇者様』とか『倉庫番』とか堅苦しいのは嫌なんだ!」
「あぁ、なるほど。」
やっと言いたいことが理解できた、と私はぽんっと手を打った。
顔が真っ赤になるほど声を張らないと伝わらない事なんだろうか。そんなに堅苦しいのが嫌なのかな。
仕方が無いから丁寧語と『勇者様』呼びを止めることにしよう。
「じゃ、改めて。よろしくね、ラトナ様。」
「『様』はいらない…。」
「えー…流石に天下の『勇者様』を『倉庫番』が呼び捨てにするってどうなのよ…。」
「だから、そういうのが嫌なんだと言ったばっかりだ!」
「ハイハイ。あんまり声張ると喉痛くなるよ、ラトナ。」
「ティアがそうさせてるんじゃないか…。」
不貞腐れてはいるが、ラトナの顔から緊張の色はなくなった。慣れない戦闘と旅、そして硬い空気にかなり緊張していたようだ。
私も知らない世界に突然放り込まれて、周りが知らない物や人だらけで…壁を作ってたよね、きっと。だからラトナが私に言ってくれた言葉はこの世界に『友達』が出来たような気がして嬉しかった。
そこからは次の街へ向かうため、他愛のない話をぽつぽつとしながら街道を歩く。
…当然のごとく魔物には遭遇するよね。
で、学習してるのかしてないのか、ラトナは魔物と睨めっこした末に鬼ごっこをするわけで。今度はウサギのような魔物にぴょんぴょん追いかけまわされているよ。ある意味微笑ましい。
私は再び地面に座って空を眺める。
「はぁ……。早いところ他の勇者様に合流してもらった方がよさそうだね。」
「呆れた顔して、明後日方向見ながらそんな事言う暇があるなら、少しは協力をっ…?!」
「追い付かれそうだよー?」
「だから、なんで僕の方へ来るんだー!!」
ああ、今日も一日平和です。
プロローグを改稿したため、冒頭の部分を変更しました。
倉庫の話を小話に移動するので省略、一部変更しました。