プロローグ
「ぎゃぁぁぁっ!!」
すっとんきょうな声を上げ、目の前で敵から逃げ回る人物を目で追ってる。
ええ…体育座りでため息を吐きながら。何故かって?
……少し小振りで愛嬌のあるゼリー状のモンスターから全力で逃げ回っているのが、選ばれし者だからデスヨ。
そう…『 勇 者 様 』 だ か ら で す !
確かに、確かにね?冒険はこれが初めてだって言ってたし、初心者も同然…いや初心者だけど、仮にも勇者と名乗る以上一応は正面切って戦おうよ。
「はぁ……。」
本日何度目のため息だよ、と自分に突っ込み入れるのも飽きてきた。
それにしても今日はなんて天気がいいんだろう。
この緑の生い茂った草原は風を遮るものが何もない。どうせ暇だし、さっきむしってきたハーブでポーションでも作ろうかな。
「こっちにくるなーっ!!」
元気よく逃げ回っている勇者様の叫びをBGMに空を見上げてみる。
「今日も平和だわ。」
流れていく雲を眺めながらため息混じりにぼやいた。
そもそも何故私がこのへっぽこ勇者と一緒に旅をしなければならないのか。
この国の王様に命じられた。この一言に尽きる。王様には逆らえませんヨ。
魔王が復活してこの世界は滅亡の危機にさらされているらしいけど、現状平和そのもの。だから、危機だのなんだの言われてもピンとこない。
《異世界より召喚された勇者》とか《選ばれし者》とかそんな人物が魔王と戦って、勝利へ導いたとか。古くからある伝承で魔王が再び姿を現した時、うんたらかんたらとやたら長い話を聞かされたけど、現実味が無いのよね。
第一突然そんな事言われても理解は出来ないし、気持ちの整理だってできない。思い出しただけでため息が増えそう。
ホントにもう…。ため息と一緒に逃げていった、私の大事な幸せを返して欲しいくらいだ。
勇者様の様子を見ると魔物に追いつかれ、ぽよんっと突かれて転んでいるのが目に入る。見ていて物凄くじれったい。
「勇者様!折角魔術使えるんですから、敵に距離を詰められないように工夫して戦ってくださいよ。」
一つ前の戦闘でも同じ事言ったよ、私。
大した怪我でもないけれど、私は立ち上がり最下級の回復ポーションを勇者様に投げつける。
このくらいの敵からのダメージなんてたかが知れてるし、治ればなんでもいいでしょ。
「ティアリトネ様が言っている事を実践するのは…?!ああぁぁっ、だからなんで僕の方へ来るんだーっ!」
体制を立て直し私に抗議しようとしていた勇者様は、魔物のつぶらな瞳に見つめられている事に気づくとまた逃げ回り始めた。
魔術師なら逃げ撃ちくらいマスターしとけよ。と思った言葉は飲み込んだ。…そんなのゲームの中での話だしね。そんな風に思ってしまうのは、ゲーム内で名乗っていた名前をこの世界で名乗った所為もあるかな。
この世界で私は『ティアリトネ』なのである。色々怪しすぎて、咄嗟に出てきた名前がそれだった。
いきなり知らない場所になって、しかもそこで最初に目にしたのは、ローブの様な服を着た人の人だかり。なんのオカルト集団かと思ったわ。
そう言えば、勇者様も魔術師だからあの場に居たって言っていた気がする。
必死に魔物から逃げ回っている勇者様に目をやると、魔術を撃とうと魔術書を片手に何度かチャレンジしている様だった。
「魔術撃つ暇ないなら、せめて持ってる武器で殴るとか、そういう発想はないのかな。」
本の角とか中々の凶器だと思うんだけど。
本で倒せるほど魔術師のHPは高くないのか。…私の有り余るレベルとかHPを分けてあげたいくらいだ。
っていうか、レベルとかHPとか…自分のステータスを確認できちゃう辺り更にゲームっぽい。悲しい事にこのゲームみたいな世界が、今の私の現実なのだ。さらに悲しさを増すのが自分の残念すぎるステータス。
レベルは高いし、HPもMPも申し分ない。…だけど『村人』なんだよね。しかも、王様にやたら長い話を熱弁されたにも関わらず『勇者適性』も『魔術適性』も無し。
正直に話した時は、自分で申し訳なく思うくらいに場を凍り付つかせた。なんせ期待して召喚に挑んで、出てきたのが私。しかも《勇者》でも《選ばれし者》でもなく、ただの村人なんだもの。
それでも異世界の知識とやらが役に立つからと、引き留めて『倉庫番』に任命するなんて、余程困っているんだね。
気持ちの良い風が吹く草原で日差しを浴びながら、勇者様が魔物と鬼ごっこしているのをぼんやりと眺めていられる位平和なんだけど。
暇で眠くなるから、ポーションを作りながら待ってよう。うん、そうしよう。
主人公が聞き流していた伝承とは
『魔王が再び姿を現し開戦の咆哮が天を震わす時、異界の門が開くだろう。人々の祈り、願いが光となりて抗う力を与えられし者を遣わす。』
というもの。
旧「召喚は突然に」は小話へ移動します。