近くで見ていた者と遠くで見ていた者
二人の弾幕ごっこを、ただ観ることしか出来なかった雪菜に、早苗が話しかける。
「先程の話について、聞きたい事があるんですが……」
「……何?」
「もし彼がここに来たとしたら、彼が貴方を助ける理由って……」
「知らないよ、そんなの。」
なんて答えた雪菜だが、僅かな希望として1つ思っている。
しかしそれを話すつもりはない。
「行ってみませんか?」
突然、早苗がそう提案した。
「え?」
「こっそり……ね?正直、ここで彼を待つよりかはマシだと思います。」
マシかどうかわからないが、雪菜は少し心配していた。
(龍が未だ何もしていないのも怪しい……僕を確実に消滅させる為に何かをしている可能性もあるけど。)
暫くして雪菜は決心した。
「……行くなら急ごう。」
「うん。」
早苗は雪菜をおんぶして、こっそりと魔理沙が来た方向へ進んだ。
「……彼は、そこまでして僕を助ける理由があるのだろうか?」
背負られている雪菜が急にそんな事を呟く。
「いくら既に人間でなかったとしても、旧友を利用までしたのに……」
「……それでも、記憶を取り戻したあの人にとっては、あなたは大切な人だったんですよ。」
「大切、か。」
そう呟き、早苗の肩を強く掴んだ。
(それが異性として、恋愛対象としてだったら……本当に嬉しいんだけどな。)
切実に思う。
いつもは挑発的だったかもしれないが、冗談ではなかった。
雪菜は龍二の事が愛しく、彼の事が好きだった。
おそらく誰よりも強い、自身の元になった負の思いよりも強くなった愛の思い。
(……龍二は僕の事をどう思ってるんだろう?)
この期に及んでそんな疑問が浮かぶ。
いざというときに緊張感が無くなるのは、彼に似てしまったようだ。
「そろそろ自分で飛ぶよ。」
「…………でも、」
「大丈夫。」
心配する早苗の言葉を遮る。
「ここまでカッコつけていたのに……今更カッコ悪い所、見せたくないよ。」
「……そうですよね。」
早苗から降りる。
「でも、キツかったら早めに言ってくださいね?」
雪菜は頷く。
そして二人は更に前へと進んでいった。
文との戦闘はまだ続いていた。
「さ、そろそろ降参するつもりになりましたか……?」
余裕そうな表情の文。対して龍二はそこまでではなくとも息が荒くなりはじめていた。
「そろそろ教えて貰えると良いんですがねぇ……何をするつもりだとか。」
「……………………」
「私の予想としてはここが異変の黒幕がいる場所で、あなた方は異変を止めに来た……でもあの男性が結果のみを知るべきだっていうのがどうも…………」
「…………」
「そこら辺、詳しく教えていただけません?」
「……おい。」
「なんでしょう?」
「……尋問は、勝利を確信してからにしたらどうだ?」
刀を一振り。
後ろに魔方陣が現れる。魔方陣のスキマから光が現れ、そこから文の方向へと差す。
「おっと。」
その一言のリアクションのみ。
余裕の表情で弾幕を避けた。しかし気がつくと、目の前には魔方陣のみで他は何もない。
「まさか……逃げた?」
刹那にその考えは消えた。
後ろから気配を感じた文は振り返り、数歩下がる。
そのおかげでまた別の弾幕に当たらずにすんだ。
弾を避け振りかえるも、そこに龍二の気配はない。また別方向……それも、死角に潜り込まれる。
繰り返しの後、上からの攻撃を抑えたが、力が入りきらずに地面近くまで落とされる。
再び見上げると、刃の尖端をこちらに向けて降下する龍二がいた。
「ちょ!?危ないですよ!」
それでもギリギリで避けられた龍二は床に着いて、攻撃を続ける。
(うわぁ目が本気ですよこの人!)
文も下に避けた。
しかしよく判断すると、龍二の攻撃は浮いていたときよりも速く強い。
剣を振り切ったあとすぐに持ち方を変え、すぐに剣を振る。
「突風天狗のマクロバースト!」
「!」
文の真下に異変を感じた龍二は後ろへ下がる。刹那、文の真下に竜巻が生じた。
「……いっそそのまま、これをくらって下されば楽になったのに……」
「そう簡単に行くと思うな。」
刀を持ち直す龍二。
「さ、続きだ。」
「……隠れチキンな龍二さんにしては随分と積極的ですね。」
(チキンはお前だろ……)
「まさかですが、今回の異変って雪菜さんが関連ですかね?」
「あぁ、そうだな……」
「それで、龍二さんは雪菜さんを倒しに?」
「いや、助けに来た。」
その言葉に驚きを隠せない。それもそうだ。
今まで敵対視してた相手を助ける事は、少なくとも暴走して以降はしていなかった。
「さっきの戦い方でももしやと思いましたが……」
「詮索は終わりにしよう。」
挑発するように刀を振り回し、文に告げた。
「あいつを助けに行くんだ……今度こそ。前みたいに失敗はしたくない。」
「……記憶の方は戻っているみたいですね。」
龍二は頷く。
「何故そこまでして彼女を?」
「……今回の異変もだが、あいつは俺のせいでこんなことになってる。だから俺はあいつを助けたい。この争いとは無関係な場所に……」
「……思い出しただけじゃないんですね。」
無言で頷く。そして構えなおした。
「だからとっととそこを通過したい。」
そして再び文に近づこうとし、文も龍二の方へ。が、そうも行かなかった。
大剣が二人の間に割りこんできた。
二人の間で刺さる一本の大剣。
「これは……椛の……」
「随分と話が進んでるみたいですね……」
空間内に響く声。二人は同時に一方へ目を向けた。
「とりあえず、戦闘は後にして話してくれませんか?」
「椛……!」
文達の場所へ未だに辿り着かない雪菜と早苗。
「……龍二は、」
沈黙が続いた二人の間を雪菜が破る。
「龍二は、僕の事をなんと言っていた……?」
「………さぁ?」
「さぁって……」
「だって雪菜ちゃんが私の中の龍二の記憶奪っちゃうし、そんなことしたから龍二どっか行っちゃうもん!」
ため息をつきかけた雪菜にそう言った。
それを聞いて雪菜は先程とは別の意味でため息をつく。
「……って“雪菜ちゃん”ってなにさ?」
「だって、雪菜ちゃんは私の思念みたいですし……見た感じ私の幼い時じゃないですか。」
「いや、でも……」
「だから私がお姉ちゃんね!」
この状況でよくそんなことがと雪菜は思った。思ったが、人の事言えないしそもそも早苗は雪菜の元でもあるので、ここで発言するのは何か負けそうだと思った。
もう負けてるかもしれないけど。
「……あ、そういえば龍二の事でなんだけど。」
「……なに?」
テンションの変わりようについていけなくなってきた雪菜は、少し投げやりで聞いた。
「私が思っていた龍二とは違うなぁって……なんか、新聞では英雄だのなんだの取り上げられていたような気がするけど。」
「けど?」
「本人はそれを否定するし、寧ろ英雄とかヒーローとか言うと不機嫌になっていたような……」
「不機嫌にか……」
「彼に何があったんですか?」
(うーん……説明が面倒くさいなぁ……)
長くなるだろうと予想した雪菜は、うまく早苗に伝わる説明がないものかと考える。
一から話すと長くなるのは確実だった。
「……そういえば、早苗は龍二と会ったことがあるの?」
早苗は頷く。
「何回か、でも本人と話したりしたのは1、2回ですが……」
「……そしたら、龍二の過去というか、龍二が昔なにしていたかはわかる……かな?」
早苗はまたも頷く。が、それは先程よりもやや強い頷き方だった。
「……龍は何故か、何度も龍二を戦いに巻き込んだ。龍二を仕留めそこねた僕の仲間の中で、龍の手によって消されたのがいるんだけど、」
「それが、龍二の目の前で行われた……とか?」
「そういう事……だね。それも龍二の仲間になろうとした人は消す前に、体を壊していたから……」
その者が、命を亡くすのは大前提。血は吹き出す。骨は砕かれる。臓器は潰される。
「一度彼が暴走した事がある。その時の被害者は覚えてないしいつのだったかも忘れたけど」
その時、龍は理解した。
彼を仕留めるのは決して楽ではないと。
「生半可な攻撃や挑発は却って彼を本能的に動かすというのがわかったようだ。」
「本能的に?……どこが問題なんでしょうか?動きが単純になるのでは……」
その言葉に納得する雪菜。
しかしそれを否定した。
「確かに単純かもしれないけど、元となっているのはあくまでも神様なんだ。暴走して本能的な動きになるのは、少なくとも能力の使い方をあまり知らない暴走前よりかは厄介じゃないかな?」
「それは……龍二がまだ自分の力を使いこなせてないってことなの?」
雪菜は頷いた。
「……逆に龍神様にとって龍二とはどんな存在だったんでしょうか……?」
それも雪菜はわからない。
しかし答えるものが突然前方に現れた。龍本人である。
身構える二人に龍は片手をあげた。
「……今は、手を出さない。答えてやるよ。俺にとっての彼がなにかを……」
「随分と優しいな……」
「冥土の土産さ。」
反抗するような雪菜にそう告げた龍。雪菜は彼女に対しての恐怖心が急に上がる。
「藤崎龍二……というのは私が愛したある男の苗字と、私の子という意をこめて名付けた名だ。」
「……ってことは龍二って龍神様の子供なの!?」
驚愕する早苗に龍は首を横に降った。
「いや、正確にはそうじゃない。」
そう答え、一息つく。
そして彼女は二人に答えた。
「彼は俺が俺自身のあらゆる力をわけ、造り上げた物……産んだのとはまた違う。あいつは正確には俺の種とは違うからな。」
「どういうことなんだ?」
聞いたのは雪菜。
何も躊躇わず龍は答える。
「まず、乳児型から創った。そこから人間のように育つようにした。そうする事で、俺が愛したあの人のようになると思ったんだ……。」
知らなかった事実に、言葉が返せなくなった雪菜はただ聞くことしか出来なかった。
「しかし人間のように脆い生き物にはなって欲しくなかったので、体の丈夫さや全体的な力は俺と同じようにした。」
「……」
「勿論、能力を覚醒させた後でそうなるようにしたんだが、そもそも俺と同じようにする必要はなかったな……」
「……愛したあの人は今は?」
早苗は聞いた。しかし、龍は答えない。
そこから早苗は、少なくとも今はいないと考え、大きなため息をついた。
「……わりと残念な理由なんですね。」
「……何?」
龍は睨んだが、早苗は動じず話を続ける。
「つまり貴女は今はいない愛したあの人とやらへの恋心を、いつまでもズルズル引きずっていたと?そういうの、凄いダサいしひきますよ?」
(……さりげなく僕の心にもくるなぁ。)
雪菜がそう思っているのも知らず早苗は言う。
「……別のものを似せようと仕向けるくらいなら、その人を追えば良かったんじゃないですか?」
「……あの人は故人となってしまった。それでもか……?」
「そんなときは、追うのは諦めます。ですが、他のものを似せようなんて思わない。」
龍は黙って話を聞く。
「その人への感情は、その人に向けられたものなんですから、決して何かで代用出来るものでは無いんですよ。」
「ああ、そうだな。だから俺は今、藤崎龍二を奪還しようとしている。」
思わず眉をひそめる早苗。
「彼には彼の人生があるんですよ?」
「そんなもの知らない。俺は思い出と共にこの世界を捨てる。その為には分け与えた力が必要だ。」
「……幻想郷は破壊されない。」
突然、雪菜がそう言う。
「お前が大好きな龍二がなんとかすると?今のお前を助けることが出来ないのにか……?」
「!」
雪菜は自分の体の異変に気がつく。
少しだけ、薄くなっているような気がした。
「無駄だろうな。術を知らないであろう彼が、お前をどう助けると?」
「…………」
「そういうわけで、今回は俺の勝ちだ。有難う、東條雪菜。元気でな。」
そう言い残し、その場から消え去った龍。届かないかもしれないが、雪菜は答える。
「……僕は助からなくてもいいんだ。彼ならきっと、他の誰かの為にも、幻想郷の為に戦うかもしれないから。」
呟き、しかし少しずつ消えようとする体を見て震えてくる。
(でも……やっぱり消えていくのは怖い……)
とうとうそこに座り込んでしまう。
「……雪菜ちゃん?」
(あぁ……やっぱり僕は弱いんだ。消えていくという事に強い恐怖を抱いている。)
「大丈夫?」
「……やっぱり、最期まで僕は変わらなかった。」
震えながら、雪菜は答える。
「僕は彼にこれ以上、迷惑をかけたくない。かけたくないんだ。なのに……」
「……彼はきっと、来ますよ。貴女を助けに……だから、ちょっとずつ行きましょう。そうすれば、彼とまた会えますから。」
早苗は薄々気づいていた。
龍二が誰のために暴走してまで助けようとしたのか。
(……羨ましいなぁ。)
そう思いながら、雪菜をおんぶして、早苗は進んだ。