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3.暁方

 ネスク暦315年。ノクスヴィア西砦。


 その日私は突然王国軍に呼び出され、馬車に乗ってノクスヴィア西砦を目指していた。

 嫌な予感はしていた。ここ数年、ライディアは姿を見せていない。西側の情勢が悪化しているという情報も耳にはしている。

 なにもないことを祈りながら、私はひたすら馬車に揺られた。


    ・・


「こちらです」


 出迎えてくれた兵士に連れられて、私は砦の中を歩く。

 石材が発する冷気と、これからなにが待ち受けているのかという緊張で鳥肌が立つ。


「ここです」


 兵士が扉の前で止まり、入るように促す。私は軽く扉をノックし、中へ足を踏み入れた。

 まず目に入ったのは、呆然とした様子の軍医。その背後に立ち尽くす兵士たち。

 そしてベッドの上、うつ伏せに横たわる線の細い男。


「……ライディア!」


 私は近づきながら、その血まみれの背中に釘づけになった。

 あの刺青が、まるで生物のようにライディアの皮膚を這い回ろうとしている。


「傷は縫合したが、その刺青が止まらない……どんどん広がっていく……」


 軍医の情けない声を聞き流しながら、私はライディアの顔を確認する。手をかざすと呼吸は浅く、激痛に呻く気力すらないようだった。


「すぐに綺麗なお湯の用意を。あなたはもう出てください」


 私の指示で兵士二人がすぐに動き、軍医も憔悴した様子で出ていった。

 それを確認して、私は医療道具の入った鞄を開く。中から細かい針を束ねたものと、黒い液体の入った小瓶を取り出し、近くにあった机に置いた。


「私を呼ぶように言ったのはあなたですね。……信頼してくれてありがとう、ライディア」


 私が頬に触れると、ライディアは少し微笑んだような気がした。

 少しして、お湯の入った桶を持って兵士たちが戻ってくる。


「あなたたちも、外にいてください」

「だが――」

「出なさい」


 私の有無を言わせない態度に、二人は大人しく部屋を出てくれた。

 部屋にあった布をお湯につけて絞り、慎重に背中の血を拭っていく。背に触れる度に刺青が蠢き、ライディアの口から声が漏れた。


「やはり……この刺青は生きている……」


 以前ライディアに刺青のことを相談されたあと、個人的な興味もあって文献を漁ってみた。その結果わかったのは、この刺青がネスク崩壊以前に造られた極小の生物兵器であるということ。

 この陣を形成する微細な生物が、使用者の魔法の出力を強制的に変換することで、すべての魔法に適正がある状態を実現するというものだった。

 私は黒い液体の瓶の蓋を開け、針を束にした器具を手に取る。それを液体に浸してから、深呼吸。陣が崩れているところを確認し、ライディアの皮膚にそれを刺し入れる。


「っあ……!」


 あまりの激痛に、ライディアが呻く。

 確かにこの魔法陣は強力だ。しかし代償もある。

 それは陣が崩れると、この陣を形成している兵器が暴走してしまうという点にある。

陣は石を垂直に積み上げたような危ういバランスの上に成り立っていて、少しでもそれが崩れればたちまちライディアの体はこの兵器に取って代わられる。

 可能であればこの兵器を再現することが望ましかったが、情報も技術もすでに失われたもので、それはできない。

 しかし私には疑問があった。そうであるならば、ライディアの祖父はどうやってライディアにこの刺青を継承したのか。

 そこで私は一つの可能性に賭けた。


「頼む、上手くいってくれ……」


 私は文献で見た陣を忠実に再現すべく、慎重に墨を入れていく。

 この墨が肝だった。

 生物兵器は生物である以上、墨として体内に侵入した後、自己保存のために繁殖しているはず。

 例えば、血液に紛れて。

 おそらくこの刺青は、ライディアの祖父の血によって描かれたもの。だからこそ、ロゼフィリア家の血にのみ適応し、ロゼフィリア家でのみ受け継がれてきた。

 そこで私は、天蓋ノ国で造られている医療用の人工血液に注目した。

 この血液は体内に侵入すると、自動的にその生物に適した性質に変化する。天蓋ノ国の技術を信用するのであれば、蛋白質でできているであろう生物兵器の性質も再現されるはず。


「あっ……く……」

「頑張れライディア……必ず助ける」


    ・・


「目が覚めたかい?」

「……ああ」


 夜になって、ようやくライディアの意識が戻った。ランプの灯に照らされてライディアの瞳が輝く。


「兵士になっていたんですね。それに、女性として生きることもやめたらしい」

「兄が死んだのをきっかけにね。……あなたなら、なんとかしてくれると思ってた」

「そう言っていただけるのは嬉しいですが、運が良かったとしか言えません」


 私は読んでいた本を閉じ、目元を揉みほぐす。


「……それに、次も上手くいくとは限りませんよ」

「……なぜ?」

「刺青を修復する際に、その刺青を構成するものがあなたの心を蝕んでいきます。もしあなたの心が完全に蝕まれてしまえば……あなたはあなたではなくなる」


 その言葉を聞いて、ライディアは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「まさしく、呪いだな」

「ええ。正直、もう戦地に行くことはおすすめできません。また同じような怪我をすれば……」

「そうもいかない」


 ライディアは痛みに顔をしかめながらも、体を起こす。


「……どうしてそこまでして」

「ブラッド。あなた、家族は?」

「いません。両親は幼い頃に死にました」

「そういう人をこれ以上生み出さないために、私は戦う。……西側に住む人々は、みんな私の家族だから」

「……私の両親は、戦地で死にましたよ」


 ライディアは言葉を失った。


「今日はもう寝てください。意識が戻ったことを確認しましたから、私も宿で寝ます」

「ああ……。ありがとう、ブラッド」


    ・・


 翌日。

 部屋に様子を見に来ると、ちょうどライディアが鎧を身につけているところだった。


「……行くんですか」

「ああ」


 そこにあの可憐なエルフの少女はいない。

 いるのは、鎧に身を包み、鋭い切っ先のレイピアを持つ一人の兵士、ライディアだった。


「一つ、あなたに持っていてほしいものがある」


 ライディアはそう言って振り返り、腰に下げていた一本の飾りナイフを差し出してきた。

 ロゼフィリア家の紋章と、伝説の七龍を表す装飾が施された小さなナイフ。


「今後、この世界がどうなっていくのか私にもわからない。だからいざという時、この刀が私の代わりにあなたを守ってくれるよう祈っている」


 私は少し考えて、それを受け取った。


「預かっておくことにしましょう。すべて終わったら、必ず返します」

「……ああ、約束しよう」


 この先の未来に、どんなに厚い雲が立ち込めていても。

 ライディアは太陽のように笑う。

最終話はライディア本編終了後に更新します。


Raydear;317 ~夜明けが散る頃に~ / 赤井夕

http://ncode.syosetu.com/n1942dx/

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