近づく距離
翌日の昼前には、アリソンを襲った犯人、またその首謀者ウルスラ、その他の関係者は国から追放された。
ウルスラの父親の大臣も直接な関係はなかったが、娘の行動は把握しており責任感から自ら、大臣の座を降りた。
これで一件落着と思われたが、ラビはハーベスのことが気にかかっていた。
てっきり、ハーベスが犯人と目星をつけていたのに、別人だったとは…。
もやもやしてすっきりしないが、とりあえず様子を見ることにした。
「アリソン様、お疲れ様です。お茶でもいかがですか」
「ありがとう、アリシア。頂くわ」
アリソンも犯人やウルスラの件が片付いたので、肩の荷がようやく降りた気がし、心の底からほっとした。
(結局ウルスラ様は王妃になって、権力を振りかざしたかっただけなのね。なのに、私は…、陛下を疑って……)
陛下に謝らなければ……。
「そういえば、アリソン様。昨夜はよく寝れましたか?」
アリソンが考えあぐねていると、アリシアが尋ねてくる。
「え」
「あら?」
アリソンは今朝のことを思いだし、真っ赤になる。
アリシアは主の珍しい反応に、笑みを抑えられないようだった。
今朝のこと――――……
アリソンは温もりに包まれながら、寝ぼけ眼をこすって起きると、ぎょっとした。
目の前に陛下の綺麗な寝顔があり、アリソンは抱き締められていた。
(え?え?ど、どうして…)
昨夜は離れて寝たはずだ。
なのに、どうして私は陛下に抱き締めれながら寝ているの!?
胸の音が早くなり真っ赤になりながら、どうにか陛下の腕から離れたが、背後から腕が伸びてきて再び抱き締められてしまった。
陛下のはだけた胸板から心音を感じ、アリソンは内心叫びそうになる。
「へ…、陛下……」
がっちりと前の肩とお腹周りに両腕が回され、もう逃げられない。
諦めて大人しくしようとした時―――…。
「アリソン」
耳元で低い声が響き、ぞくっとする。
「好きだ」
(―――――…え?)
空耳かと疑うほど信じられない言葉が聞こえたが、どうやら陛下の寝言のようだ。
すう、すうと規則正しい寝息が聞こえ、夢でも見ていたのかもしれない。
いや、夢に私が出てきているってこと!?
アリソンは別の意味で真っ赤になった。
「陛下、私も…」
(あなたが好きです)
素直に言葉に出せないアリソンは、陛下の腕に手を重ねるしか出来なかった。
心音は速かったが、心地よい安心感に包まれアリソンはまた眠くなって目を閉じていった。
次に起きた時は、陛下はいなかった――…。
「あら、あらあら!」
アリシアが興奮してアリソンの話を聞いていると、アリソンは恥ずかしくなる。
「一歩前進ですね!今日から同じ夫婦の寝室で寝ますか?」
「え?無理だよ、それは……、ハードルが高いよ」
「ええー」
アリソンが真っ赤になりながら否定すると、アリシアが面白くなさそうに口を尖らせる。
一方、ラビもニケと同じようなやり取りが行われていた―――…。
「無理だ」
「陛下の意気地無しですねー。今度こそ王妃様に直接言うために、同じ寝室で寝ればいいのに」
「絶対無理だ」
頑なに拒否する主に、ニケは面白そうにニヤニヤとする。
「ようやくお気持ちを自覚されたんですから、素直に告白すればいいじゃないですか。何も、王妃様が寝ておられる時に言わなくても。夫婦なんですから」
「……。とにかく妙な協力とかするなよ、王妃とは徐々に距離を詰めていくから」
ラビは嫌な予感がした。
面白そうににやけているニケは、何かしら良からぬことを企んでいる。
予感が当たらなければいいが…。
今、アリソンは夫婦の寝室にいた。
アリシアにいつもより念入りに身体を綺麗にされ、髪をつやつやにし、寝巻きは胸元の空いたひらひらのドレスみたいなのを着せられた。
いくら初なアリソンでもこの状況は理解できる。
真っ赤になりながら、室内をうろうろするが一向に落ち着かず、とりあえず化粧台の椅子に座った。
鏡には白いドレスを着た頬を真っ赤にした女が映っていた。
アリソンは鏡に映る自分を見て、自分じゃない錯覚を覚える。
こんな恋をしている女の顔――…、陛下が見たらなんて思うか。
これまでたくさんの女性と付き合ってきた方だもの。私の気持ちなんかバレバレよね。
そうやって俊巡していると、扉がゆっくりと開く。
ぱっとそちらを見ると、オフモードの陛下がいた。
ストレートで長い黒髪は後ろに一つに束ね、白い寝巻きの胸元はゆったりとはだけており、厚い胸板が見える。
陛下の黒目がアリソンを捉えると、目元を細めゆっくりと近づいてきた。
しなやかに歩くその姿は豹のように見え、アリソンは思わず起立する。
両手を胸元で組んで、陛下が一歩近づいてくるたびに心音が大きくなっていった。
やがて目の前までやって来ると、おもむろに陛下の腕が伸ばされる。
(! なに!?)
アリソンが目を瞑ると、胸元にあった手を掴み下ろされ、胸元のボタンに手がかかる。
(やっ!)
外されると思い咄嗟に陛下の手首を掴んで見上げるが、陛下はアリソンを静かに見下ろしていた。
「ボタンをはめるだけだ」
その言葉通り、陛下はアリソンの胸元の空いたボタンを上まできっちりはめ、肌を見せないようにした。
「そんな格好をして寝ると風邪引くぞ」
何でもないように陛下はアリソンを横切り、ベッドに向かうと昨夜と同様に右側に寝転ぶ。
アリソンは半ば放心状態で陛下の行動を見ていると、陛下にベッドの上から「寝ないのか」と聞かれ、慌ててベッドの上に転ぶ。
「おやすみ」
「おやすみなさい…」
背中を向ける陛下に、アリソンは泣きたくなった。
やっぱり私に魅力がないから、陛下は何とも思わないのよ。
さっきのボタンをはめてくれたのだって、優しさで…。なのに、私は外されるなんて見当違いな勘違いを…。
(恥ずかしい……)
昨夜と同じような虚無感と寂しさを覚え、アリソンは広い背中にすがりつきたくなるのを我慢し、目を閉じていった。
(くっ……)
ニケめ…!
やはり企んでおったか。
いきなり本日から夫婦の寝室でお休みください。なんて言われても心の準備が出来てない。
ラビは小さくため息を吐き、背後で寝ている妻を感じようとした。
小さな寝息にラビは触れたくなるのをぐっと我慢する。
今、振り向いてしまったらきっと触れずにはいられなくなる。
ラビは必死に己に言い聞かせていた。
振り向くな…と。
だが、それは無理な話だった。
アリソンが背後に寄り添ってきたからだ。
ラビの背中の布を小さな手できゅっと掴み、「陛下…」と囁いた。
ラビはアリソンが起きているのかと考えるが、背後からは相変わらず小さな寝息が聞こえるだけだった。
ゆっくり振り向くと、少し離れた温もりを求めるかのようにアリソンはラビの胸元に潜り込む。
甘い香りに鼻をくすぐられ、ラビは起こして自分のものにしたいと考える。
けれど、安心しきって寝ているアリソンにラビは邪な思いを消し去る。
「あんまり安心しきるな…、俺も男だぞ。アリソン」
アリソンの柔らかな髪を後ろに撫で付け、耳元で囁けばくすぐったそうに身体をよじる。
柔らかい身体を感じ、ラビは今度は大きく息を吐いた。
そして、アリソンの身体をそっと抱き締めると、今夜も眠れそうにないな…と思いながら目を閉じていった。




