恋しくて苦しい
「あっ―――!」
夜通し走り、朝明けに王宮に付くと、陛下はアリソンを抱えたまま寝室に直行し、乱暴にアリソンをベッドに降ろした。
その反動でアリソンの身体が跳ね、ベッドの上で寝転ぶ状態になる。
慌てて身体を起こすと、陛下はうっとおしそうに頭に巻いている布を取り、床に放り投げていた。
荒々しい動きに黒髪が乱れ、艶やかな前髪が目にかかり、男の色気が垣間見える。
どくどくと心臓が早くなるのを感じ、アリソンは直視できず目を泳がせた。
その間にも陛下は長衣の布の前をくつろげ、胸板をさらす。
男らしい筋肉が惜しげもなくさらされ、アリソンは益々動揺をする。
無意識に身体が陛下から離れようと、ベッドの反対側へ移動すると…。
「…どこへ行く」
感情の読めない低い声に、アリソンはびくっと身体を跳ねさせた。
「逃がさないと言ったはずだ」
しなやかな豹のような動きで、ベッドに近付いてくる陛下にアリソンは怖くなり、急いでベッドから降りた。
扉は一つだ。
捕まえられる前に逃げなければ。
しかし、いとも簡単に腕を掴まれ壁に追いやられた。
「っ、へい、か…」
陛下は強引に、アリソンの髪を隠す布を取り上げ、長い茶髪がフワッと流される。
「あいつはこの髪に触れたか」
「え…」
陛下の片手が、アリソンの緩やかにウェーブした髪に触れる。
(あいつって、ジャバード?)
アリソンがおずおずと陛下を見上げると、冷ややかな目が見下ろしてきた。
「あいつは…この身体に触れたのか」
少し熱を持った瞳に見下ろされながら、もう片手で腰のくびれを撫でられる。
「いやっ!」
びくんとして、咄嗟に陛下の手を振り払い、逃れようとするが腰に腕が巻き付かれた。
そして、髪を撫でていた手が頬を伝い顎を撫でると、くいっと上向かせられる。
「この唇で、ジャバードを誘惑したのか」
もう冷ややかな眼差しではなく、熱く見つめてくる陛下に、アリソンは怖くなり涙が滲む。
「……その涙でジャバードや他の奴等を、魅了したのか」
「そんな、ことっ…」
ひどい言われように、アリソンの頬に涙が伝う。
ぎゅうっと目を瞑ると、陛下の指が涙を拭う。
「泣くな。もう君が泣いても、心が動かされることはない」
信頼をなくした―――――。
アリソンは目を開いて、陛下を見上げる。
すると、冷たい眼差しで見下ろされ、心臓が低い音をたてる。
「へ…」
「君は王妃としての行動から背いた。この二日間公務を放棄し、俺から離れた。
民には公表していないが、もし緊急事態な出来事があったらどう責任を取るつもりだ」
陛下の正論に、アリソンは何も言えなかった。
自分は王妃だ。
王妃としての役割を放棄し、民に何かあったらなんて考えもしなかった。
羞恥心と申し訳なさで、アリソンは俯く。
「申し訳ございません…。今後、このようなことが二度とないように致します」
涙を堪え、謝罪すると陛下がすっと離れる。
「そうしてくれ。俺ももう疲れた」
その言葉にアリソンはショックを受ける。
ああ、もう私は夫の信頼を失ったのだ。
背を向け、寝室から出ていく広い背中を見つめ、陛下が出ていくとアリソンは壁伝いにずるずると下がっていく。
「っ…、ぐす」
堪えていた涙が次から次へと流れ落ち、絨毯にしみを作る。
「…ん、なさい」
嗚咽と共に、か細い声が広い寝室にこだまし、消えていった。
◇◇◇
ラビが執務室へ向かうと、まだ朝早いのに側近のニケが準備をしていた。
「おや、おはようございます。王妃様は無事に戻られましたか」
平然と言い放つニケを憎らしく思いつつも、声には出さなかった。
「ああ」
「それは良かったです。王妃様がいなくなった時の陛下なんて、面白いぐらい動揺していましたからね」
「五月蝿いぞ」
「もう一度、拝んでみたいくらいですね~」
「五月蝿いと言っている」
だんだん不機嫌になっていく主に、ニケはにんまりとする。
「それで?王妃様はどうされたのですか?まさか、きついこと言って、泣かせなかったでしょうね」
ニケの言葉に益々眉間にシワを寄せる主に、ニケは大きなため息を吐く。
「ったく、不器用なお人だ。無事で良かったの言葉も言わなかったのでしょう。また、王妃様に逃げられますよ」
「黙れ」
ラビがぎろりとニケを睨むと、ニケは物怖じせずに呆れた眼差しで見てきた。
「陛下。王妃様が何故、ジャバード殿下に付いていったのかもう一度、お考えなさい。王妃様だけを責めるなんて、検討違いもいいとこだ。あなたにも原因はある」
ニケが静かに諭すように言うと、ラビは鋭い目付きで睨んでいたが気まずそうにそらす。
「早く和解してくださいよ。王妃様は今までの女性の方々とは違う。繊細でお守りしなければならないお方だ」
ニケは言うだけ言って、執務室を出る。
分かっている――――‼
俺だって…。
彼女が今までの女とは違うことなど。
二日ぶりに会って嬉しいはずなのに、アリソンに辛く当たってしまったことに、ラビは激しく後悔していた。
ジャバードに付いていった彼女にたまらず、怒りの方が大きかったのだ。
何故俺には笑いかけず、ジャバードには笑いかけるのか。
分かっている。これが醜い嫉妬だということは。
だが…。
昨夜、夜遅くに伝書鳩が王宮に来て、アリソンの居場所を知らせた。
伝書鳩をやったのは、ジャバードだった。
二日間途方もなく、砂漠のあちこちを密かに探し回ったが、まさか砂漠の端にいるとは思わなかった。
しかも、ジャバードが小さいながらもしっかりとした村を建設していることに、少なからずも驚いた。
あいつはあいつで自分の故郷を見つけたようだ。
昔から自由で、欲しいものは何でも得ていた。
同じ女を好きになったのは兄弟だと思ったが、アリソンだけは譲れない。
今まで何でもくれてやったんだ。
だが、アリソンを拐ったくせに居場所を知らせるってことは振られたってことか―――?
アリソンに聞きたいが、今は止めておこう。
恋しい女を取り戻し、ラビは熱い息を吐きながら愛しい者を思い浮かべる。
すれ違いが始まります。




