再び連れて帰られて
ジャバードに連れて来られて、3日が経ったある日――――。
「アリソン、いい加減覚悟を決めろよ」
ジャバードがアリソンを木陰に追い詰め、強く見つめてきた。
「か、覚悟?」
「早く俺に乗り換えろって。もう3日も待ったんだ。言ったろ、俺は気の長い男じゃない」
辺りはもう夜が近付いてきていた。
二人の影が重なるように伸び、ジャバードの顔にも影が出来る。
全身真っ黒のジャバードに追い詰められると、アリソンは無意識に身体を縮こませた。
「……私がお慕いしているのは――」
「兄さんだろ。でもここにはいない。俺とあんただけだ」
ジャバードの無骨な長い指先が、アリソンの頬を撫でる。
アリソンはびくっとするが、ジャバードは構うことなく頬、顎の線を伝い、親指で唇に触れた。
「っ…」
「……」
ジャバードの指がアリソンの唇を撫でる。
真っ赤になるアリソンを、目を反らさずにじっと見下ろし、もう片手で腰を抱き寄せる。
「あ…」
「アリソン。俺のものになれ」
耳元で低い声で囁かれ、ぞくりとすると両手でジャバードの胸板を押す。
しかし、ジャバードはアリソンを離さない。
逆に、腕の中に抱きくるめられる。
「っジャバード!」
アリソンの抵抗など可愛いもので、ジャバードの腕の力は弱まらない。
ジャバードの息づかいが耳に触れると、じわっと涙が溜まる。
「やだ……」
「……アリソン―――」
強引に男性の力で押さえ込まれ、ジャバードなのに知らない男に抱きくるめられているようで、アリソンは怖くなる。
「はなして…」
「俺じゃだめなのか?」
ジャバードの声が微かに震える。
まるでアリソンの言葉を聞きたくないかのように。
「いいえ。あなたには感謝しているわ。けれど、だめ…」
「王宮でのあんたとこっちにいたあんたでは、こっちの方が素になれるだろ」
「そうだけど…、ごめんなさい」
「……はあ」
「ジャバード?」
「もうこれ以上振られるのはごめんだな」
最後にぎゅっと力を込めると、名残惜しそうにアリソンを離す。
アリソンが見上げると、ジャバードも伏し目がちに見下ろす。
「分かった」
そう一言呟くと、背を向け村の方へ戻っていく。
その後ろ姿は夜に溶け込み、あっという間に消えていく。
アリソンは申し訳なく思い、ゆっくりとジャバードの消えて行った方向へ歩いていった。
3日過ごしたテントの中で、明かりはランプ一つだった。
ジャバードがアリソンを例えたランプ…――――
ぼんやりとしつつも芯のある明かりに、アリソンは簡易ベッドの上で見つめる。
この3日間でどれだけ陛下を恋い焦がれているのか、ようやく自覚した。
村の人と過ごしていても、子供たちと遊んでいていても夫のことを思い出さなかった日はない。
夫がウルスラ様と過ごしていても大丈夫だと…そう心に決めたのに。
その光景を思い浮かべるだけで、胸が痛む。
私だけを見て…―――。
独り占めしたい想いが高まる。
ぼんやりとランプを見つめていると、 風の音が強くなった。
まるで砂嵐がきたかのような音だ。
アリソンがテントの出入りの所を見ると、さっきまではなかった暗い人影が見えた。
驚きに目を開き、ジャバードか誰かと思い、ゆっくりと近付いていく。
「…ジャバード?」
おそるおそる声を掛けるが、影は無言だった。
内心怖かったが、テントの布を開く。
「………へい…か」
白い長衣の布と、髪を隠す布で目以外はさらしていなかったが、一目で陛下だと分かった。
夜通し走ってきたのか、元は真っ白な布が砂ぼこりだらけだった。
漆黒の瞳は伏し目がちにアリソンを見下ろし、感情が見えない。
末端神経が機能しなくなったみたいに、力が入らない。
どくどくと心臓の重い音しか、聞こえない。
陛下が冷たい目でアリソンを見下ろしながら、一歩進んだ。
アリソンはびくっとし、陛下が一歩進むごとに一歩後退していった。
陛下はアリソンから目をそらさない。
アリソンも目を離せなかった。
やがて、アリソンの膝裏に簡易ベッドの縁が当たり、勢いよく後ろに倒れた。
「あっ…!」
痛みと脳が揺れる感覚に声を出し、ベッドの上で座った状態になると、陛下がゆっくりと屈みアリソンの左右に手を置く。
近づいた距離にアリソンの心臓は暴れる。
「もう逃がさない」
低く脅かすように言うと、陛下はアリソンを正面から抱き抱える。
「きゃ…」
鼻をくすぐる砂の匂いと、微かに汗と香水の香りがアリソンを包み込む。
「っ…、へ、陛下!はなし…」
「五月蝿い」
有無を言わさない行動と言動に、アリソンは口をつぐむ。
アリソンを抱き抱えて、テントの外に出ると真っ暗だった。
所々テントの中から明かりが漏れているが、こちらに気づく様子はない。
村から少し離れた所に馬が繋いであり、陛下はアリソンを抱えたまま軽々と乗る。
陛下の胸を押すも、力強い締め付けが返ってくるだけだ。
「っ…」
陛下が無言のまま馬の腹を蹴ると、馬は嘶き村の反対側へ走る。
その時、木の茂みに人影が見えたが顔は暗く誰か分からなかったが…。
(ジャバード―――?)
アリソンは何故かジャバードだと思った。
別れの挨拶をしていない―――!
アリソンは必死に陛下の胸を叩いて訴えるが、止まってくれる気配はない。
そのままアリソンを抱えたまま、村から遠ざかる。
何故、陛下はここが分かったの…?
ジャバードが言ったの…?
アリソンの頭の中で想いがぐるぐると巡るが、答えは得られなかった。




