あなたから遠く離れて
太陽がまだない夜明け前、暗闇を真っ直ぐ走る馬にアリソンは感心していた。
その馬を誘導しているのはジャバードなわけだが、道を闇雲に走っているわけではなさそうだ。
砂漠の夜は暗く、寒く、空には満天の星が広がっている。
人工的な明かりがなくとも、星々と月があれば導かれ、恐怖を感じなかった。
ただそれは、一人ではないからかもしれないが。
アリソンはジャバードの顔を盗み見る。
お互いに目元しかさらしていないので、表情は分かりづらいが、ジャバードがこちらを見ると、どきっとした。
「なんだ、アリソン。疲れたか」
「いいえ」
「じゃあ、俺に見惚れていた?」
「…自惚れです」
もうジャバードのからかいには慣れた。
冷たく流すと、くっくっと抑えた笑いが聞こえる。
「手強いな。王宮にいたときとは全然違うぜ。むしろ、そっちの方があんたらしい」
ジャバードの言い分にアリソンは驚く。
確かに王宮では自分を抑えてきた。
それは陛下の前でも……。
ばかね。陛下が恋しくなるなんて。
自分から離れたくせに――――。
アリソンが無意識にジャバードの胸元の服を握ると、アリソンの考えが分かったのか話題を替える。
「もうすぐ太陽も上がる。砂漠の朝明けはこの前、あんたと見たな。覚えているか」
「ええ」
「砂漠の朝は見る者を平伏させる。人でも動物でも、ありとあらゆる自然が目を奪われるんだ。圧倒的な存在を目の前にすると、人はちっぽけな存在になる。砂漠の朝を見ていない奴はもったいないな」
馬上で熱く話すジャバードに、砂漠を本当に愛しているのだと伝わってくる。
砂漠の民にとって、太陽とは神々しく崇めるものなのだと言われていた。
太陽と共に目覚め、月と共に眠る。
これが砂漠の民の生活であり、命の源なのだ。
アリソンはジャバードを羨ましく思う。
砂漠を愛し、生きたいように生きる。
私は…。
「アリソン、朝だ」
ジャバードが囁くと、アリソンは馬の走っている方向を見る。
砂漠の地平線に太陽の一部が出て、星空はいつの間にか薄まり、暁の空が彼方まで広がっている。
なんて神秘的な風景なのだろう…――――。
言葉がでなかった。圧巻して、"朝"に目を奪われていると、ジャバードは馬の速度を上げる。
「あっ」
「しっかり掴まってろよ。もうすぐだ」
身体がぐらっと傾くが、ジャバードに支えられそのままもたれる。
辺りは明るくなっていき、砂の一粒一粒が見える。
馬が砂を蹴ると、足音が残るがさあっと風が吹けば跡形もなく消えた。
まるで、私たちの行く先を知らせないように――――。
「ここが俺の故郷だ」
馬を歩かせ揺れがなくなると、辺りを見る余裕が出来た。
すると王宮とは違い、今まで見てきた砂漠とも違った。
今までは殺風景な砂漠だったが、ここは水が流れていた。
水は砂漠では貴重なオアシスで、重宝されている。
少量でも大切に保管され、決して無駄遣いをしてはいけないのだが、ここは井戸もあるし小さくはないが大きくもない川が流れている。
さらに、地面は砂なのに木が生えていた。
サボテンが主だが、それ以外にも背の高い植物や太い幹の木が何本もあり、ここは砂漠なのかと疑うほどだった。
呆然と辺りを見回していると、ジャバードが先に馬から降りてアリソンの腰を持って降ろす。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
ジャバードはにやっと不気味に笑うと、腰を持ったままの手がなぞる。
ビクっと身体が跳ね、顔を赤くしながらジャバードの手の甲をつねった。
いてっと涙する男を無視し、アリソンは前に進んでいった。
砂を蹴ると柔らかい感触が伝わってくる。
水が流れているせいか、さらさらというよりもぐっと重みを感じた。
アリソンは気分が高揚し、楽しさを感じてつい表情が緩んだ。
それを勘の良いジャバードが気づき、じっと見つめてくる。
どきっとし、「何ですか」と聞けば、「可愛いな」と言われ、真っ赤になった。
気まずいというよりもくすぐったい気分になり、ジャバードから顔をそらす。
ジャバードは馬の手綱を持って、アリソンについておいでとでも言うように手招きした。
アリソンは素直に従い、ジャバードについていった。
少しばかり歩くと、砂漠の森のようなところから抜け、テントがたくさん張ってある村につく。
アリソンが驚いていると、隣でジャバードが声を張り、「今、帰ったぞー」と言った。
すると、テントからぞろぞろと白い長衣を纏った老若男女が出てくる。
「ジャバードー!お帰りなさーい」
子供たちが元気よく駆け寄り、ジャバードの胸に飛び込む。
「おう、ただいま」
ジャバードも嬉しそうに笑い、子供を持ち上げ回る。
アリソンは微笑ましい光景に、目元を柔らげた。
すると、子供の一人がこちらを見上げて、「誰?」と言った。
「王妃だよ。王の奥さんさ」
ジャバードが苦笑いを浮かべ、複雑そうに言う。
アリソンは気づかないフリをし、子供たちと目線を合わした。
「こんにちは。アリソンです」
「アリソン?太陽の光?」
「…ええ、そうよ」
アリソンとは太陽の光という意味があり、子供に言われると素直に肯定してしまった。
ジャバードに言われた時は、否定したのに…――――。
「皆、王との交渉は成立した!これで俺たちを悩ますもんはない!今夜は飲み明かそうぜ!」
ジャバードが声を張り上げると、男性たちがおお!っと賛同する。
アリソンが驚いていると、ジャバードの大きな手が肩を掴み引き寄せる。
「皆、アリソンと仲良くしてくれよ、俺が惚れている女だからな」
「…!ちょっ!」
恥ずかしげもなく堂々と告白するジャバードに、アリソンはおろおろする。
だが、里の皆の反応は好意的だった。
アリソンは喜んで良いのか分からなかったが、とりあえず笑っていった。




