切ない別れ
"明日の朝、あんたを拐っていく"
ジャバードの言った意味が分からず、アリソンは夜、私室で夫の訪れを待っていた。
(あれはどういう意味だったのだろう。私を拐うだなんて)
アリソンが葛藤していると、夫の訪れを報告するアリシアが顔を出す。
「陛下がお見えになります」
「分かったわ。ありがとう」
アリソンが椅子から立ち上がると、ちょうど夫が部屋に入ってくる。
執務室から直行してきたのか、髪を隠す布をしたままだった。
ああ、この人の姿を見ただけで胸が高鳴る。
力強い瞳でアリソンを見ると、夫はアリシアを下がらせた。
「こんな時間にすまないな。今、仕事が立て込んでいるから…」
「はい。大丈夫ですわ。お気になさらないでください」
申し訳なさそうに眉尻を下げる夫に、アリソンは微笑む。
夫はほっとし、アリソンの目の前にやって来た。
「君の今朝の様子が気になっていてな。もう大丈夫なのか?」
「………。はい」
アリソンは驚いたあと、おずおずと返事をした。
夫がアリソンを気にかけていたことにびっくりしたのだ。
「気になったことがあれば、何でも相談してほしい。力になるから」
夫の優しい言葉が、アリソンの胸を痛くさせる。
(じゃあ、何故昨夜ウルスラ様と庭に?)
口をつぐむアリソンに、夫は訝しげにする。
「どうしたんだ?王妃」
「っでは、何故昨夜、ウルスラ様と一緒に!?」
「え」
「庭園で二人で散歩していたのでしょう?」
アリソンの追及に夫は固まる。
何故それをとでも言いたげな表情だ。
「…誤解だ。俺が外の空気を吸いに行こうとしたら、ウルスラが付いてきたんだ」
「でもっ、腕を絡ませていたじゃないですか!」
「あれはウルスラが勝手に絡ませてきただけだ。俺からは指一本触れていない」
どんどん感情が高ぶるアリソンと反対に、夫は冷静で坦々としている。
それが反って、アリソンの感情を爆発させた。
「ご存じでしょう?陛下とウルスラ様が噂になっているの」
「……はあ。それも前から言っているが誤解だ。俺とウルスラの間には何もない」
「…でも、世間はそう思いません。ウルスラ様を陛下の第二の妃にとおっしゃる方もいます」
「何度も言うが、この国は一夫一婦制だ。ウルスラを妃になどはありえない。俺は君がいればいい」
夫の言葉にアリソンは思わず、涙を浮かべる。
嬉しいのか、悲しいのか分からない。
「王妃?」
俯いたアリソンに、夫は腰を屈めて目線を合わしてくる。
「一体何が不満なんだ?静かに泣くのはやめてくれ。困る」
ため息を吐かれ、アリソンの胸がズキンとする。
(困る…)
泣き虫な妻では困るということ―――?
益々涙が溜まり、ついにぽろっと一滴頬に伝う。
顔をそむけ、アリソンは夫から距離を置いた。
「も…、帰って、ください…」
ぼろぼろこぼれ続ける涙を両手で拭っていると、夫が正面に回ってきてゆっくりとアリソンを抱きしめた。
「泣くな。君に泣かれるとどうすればいいのか分からなくなる」
広く暖かい胸に顔を押し付け、肩と背中を力強く抱かれ、耳元で囁かれると何も考えられなくなる。
そのまま意識が遠くなって、夫のたくましい腕の感触だけが残っていった。
◇◇◇
翌日、ラビがアリソンの部屋に訪れると、もぬけの殻だった。
◇◇◇
太陽がまだ顔を出していない時間に、アリソンはジャバードにしがみつきながら一緒に馬に乗っていた。
太陽のない砂漠は暗く、寒く、空には満点の星が広がっている。
アリソンが目だけさらしている布から空を仰いでいると、上から楽しそうな低い声が聞こえた。
「おいおい。アリソン、ちゃんとしがみついていないと落ちるぞ」
「! わっ」
馬上の揺れは不安定で、バランスを崩せば落馬する。
今もぐらっと身体が傾いだ時、ジャバードが支えてくれた。
「ありがとう」
「ほら。ちゃんと掴まっとけ」
お互いの呼吸と胸の音が分かるほど、密着しているので恥ずかしかったが、馬の速度を上げたジャバードに、アリソンは恐怖の方が勝つ。
「ちょ、ちょっと。速い!」
「大丈夫だって。俺があんたを落とすわけないだろ」
さらに不安定になり、アリソンはジャバードの身体を強く抱き締め、胸に顔を埋める。
ジャバードの体温が熱くなってきた気がするが、アリソンにとっては落とされないように必死にしがみつくことだけだった。
次回からジャバードです…汗




