変化
アリソンが、夫を信じられなくなった出来事から数ヵ月後…ー
アリソンは王妃としての公務をたくさんこなし、砂漠の民とも交流を持つようになった。
内向的なアリソンにとって、新たな一歩を踏み出すことができ、王妃としての責務も徐々にこなせるようになっていった。
夫との関係は相変わらずだが、少なくとも以前のように怯えながら暮らすことはない。
侍女たちの嫌がらせもなくなり、宮殿内の人々とも少しずつ関わっている。
王妃の変化に砂漠の民は喜び、アリソンを快く受け入れてくれるのだった。
理由は、王は砂漠の民にとって良き王であり、民を一番に考えてくださっているが、女ぐせは悪く女泣かせであるという。
しかし、これは悪までも噂であり、真実なのかは分からない。
その原因は王の父、前王にある。
今はご逝去されたが、生前は王よりも女ぐせが悪く、とっかえひっかえ女性をたぶらかしていたらしい。
現在は廃止されたが、後宮の妃以外にもたくさんの子をもうけていたとの噂もあり、当時の国は荒れ果て、他国からの侵入が絶えなかった。
前王は女に溺れ、公務も怠り、王は決して父王のようにはならないと、幼い心で決心したという――――
砂漠の民は、過去の過ちを繰り返さないために、真面目に公務に励み、民の生活を豊かにしてくれた王に好感を持つが、前王と同様に女ぐせが悪いとの噂はあるので、唯一の正妃、アリソンに王の心を改善してくれと望んでいるのだ。
アリソンも最初は王に好感を持っていたが、数ヵ月前の出来事で嫌いになったのだ。
民が思う王に関して聞いても、気持ちは変わることはなかった。 なぜなら、王の態度がそう思わせるからだった。
◇◇◇
今日は午前から、国王夫妻で砂漠を巡回する日だ。
民の生活や様子を見るために、町を巡回することが目的だが、アリソンの気分は憂うつだった。
いつも町に出るときはアリソンのみだったが、今日は王も一緒に、民の前へ出なければならない。
「はあ…」
「どうされましたか?王妃様」
アリソンが朝食の席でため息を吐くと、斜め後ろにいたアイシャが尋ねる。
「今日、嫌だな…陛下と一緒なんだもの」
「まあ。そんなことを言ってはいけません。一緒といっても、15日ぶりです」
「……はあ」
アリソンがもう一度ため息を吐くと、アイシャは困ったように眉尻を下げていく。
朝食を食べ終えると、のろのろと支度をして、重い足取りで陛下の執務室へと向かった。
コンコン…ー
「入れ」
「失礼致します」
アリソンが陛下の執務室を開けると、まだ準備ができていない陛下が、侍女に囲まれながら支度を手伝わせていた。
アリソンは何も見なかったようにして、陛下の準備が整うまで隅っこで大人しくしているのだった。
「なぜ、そんなところにいる?」
隅っこにいる王妃を、訝しげに見つめながら陛下は眉をひそめた。
「…お邪魔かなと思いまして」
「…何を言っているんだ?いいから、座れ。もう少しでできるから」
アリソンは仕方なくイスに腰掛け、陛下の側近が持ってきてくれたお茶を飲む。
自然と陛下の支度を手伝っている侍女たちに目がいき、観察した。
アリソンの服装は、顔をさらし体全体を隠す長衣の布で覆われている。
反対に、侍女は目だけさらす布で覆われていた。
「陛下、お召し物はこちらでよろしいですか?」
「ああ」
「陛下、お髪を覆う布はこちらでよろしいですか?」
「任せる」
陛下は淡々としているが、侍女たちの声は高めで色っぽく、視線は熱い。
正妃の前だというのに、彼女たちはお構いなしだ。
(まあ、いいけどね)
アリソンは腹立たしいというよりも、呆れた感情が強くなる。
陛下から顔を背けて、お茶を飲むことに専念したアリソンは、近くでアリソンを呼んでいる声に気づかなかった。
「おい…おい」
「ぶっ!」
陛下がアリソンの顔を間近で覗き込んでおり、お茶にむせる。
「ごほっごほっ」
アリソンが半泣きになりながらむせていると、陛下は顔を訝しげにしながら、見下ろす。
「なにむせているんだ?」
「っ申し訳ありません。…別になんでもありません」
「? …変な女だな」
陛下は少しだけふっと笑うと、ひらひらした服をなびかせながら、颯爽と扉へと向かう。
アリソンは先程の微笑みに、呆然としながら陛下の動きを目で追っていた。
「さっさと行くぞ」
(自分の支度が遅かったくせに)
アリソンは、むっとしながらも初めて見た夫の微笑みに、なぜか心が温かくなった。